第7話 日常
三歳になってしばらく経った。
俺の、俺達の生活スタイルに大きな変化は無い。
相変わらずの自給自足。
たまに運び込まれる支援物資は……量はともかく頻度と質が減っていた。
あまり同じ人物が再訪すると、それだけ目について危険が増すというのはわかる。
それに、この場所を知る人間をできるだけ少人数にしたいという意図も理解できる。
あまり大がかりではないらしいが、流浪の王子――つまりは俺――を探す動きは無くなった訳ではないらしい。
そういった事情は分かるが、支援物資が届くのは数か月に一回ぐらい。
あとは
食生活がより一層質素で堅実になってしまったのは残念。
まあ、贅沢を言っても仕方ない。
量も栄養も十分足りている。ただ、華やかではない食卓風景というだけで。
貴族とか金持ちの家に生まれてたら毎日豪華な食事を食べられたんだろうな。
そんな家庭に生まれ育つ転生者がうらやましい。
もっとも、俺は王族の生まれだったんだけど。とか無いものねだりをしてみたり。
「ルート、ゆっくりでいいからな?」
「大丈夫だよ! じいちゃん!」
最近、ゴーダのことをじいちゃんと呼ぶようになっていた。
ゴーダ――ほんとの名前はゴダードだが、最近ではそう呼ぶものが居ない――もそれを喜んでくれているようだ。
いつの間にか自然にそうなっていた。この生活が二年も続き、俺の中でも、もちろんゴーダ達の中でもお互いの関係性が変わってきている。
俺を救った老騎士から信頼できる大人、信愛を寄せるべき家族へ。
忠誠を誓い見守るべき王子から、その成長を喜ぶべき家族、孫? へと。
「そうか? 疲れてきたら言いなさい」
「うん、まだ平気!」
歳のわりには元気なゴーダは、水のたっぷり入った大きな桶を二つ持って歩いていく。俺は小さな桶をひとつ、抱きかかえるようにしてついていく。
二日に一回ほど行っている水汲みの作業。
川から汲んできた水を、家の貯水槽に貯めておく。面倒だけど大事な仕事。
体力をつけるのにちょうどいい。
シンチャ――シンシュアの偽名――やゴーダに隠れて魔法の修行は続けているけど、かなり前から伸び悩んでいる。
どうやら、魔法というのはどんなに努力しても大した威力は出ないらしい。
かといって魔術を学ぶのは禁止されているし、情報はシャットアウト。
魔術書の一冊も手に入らない状態。これが王城住まいなら図書室に忍び込むという手が使えたんだが。
パルシもこっそりと魔術書の一冊でも置き忘れておいてくれたらよかったのに。というのも高望みだろう。
ならば、今できるのは体力をつけて身体能力を高めることぐらい。
ゴーダはまだ俺に剣術を教えてはくれない。
そろそろ教えたいと思ってくれているようだが、シンチャが猛烈に反対しているのだった。
シンチャ曰く、
「ルートには早すぎます! 今のうちから乱暴をする技術を磨いても仕方ないでしょう。 それに、パルシ様のお陰で、ここは安全なのですから。
とにかく反対です。隠れて剣術なんて練習してたら、ご飯を抜きにしますからね!」
だそうだ。
それは困る。何気にシンチャは一家の隠れた権力者であり、絶対支配者だったりする。
というわけで、畑仕事の真似事や、狩りに付いて行ったり、こうやって水汲みを手伝ったり。
仕事を覚えながらの基礎体力作りを心掛けている。
三歳児にできることなど知れており、ゴーダからすれば逆に手間がかかるのだろうけど、生活の術を覚えるのも勉強のうちと、暖かく見守ってくれている。
今だって、俺の足に合わせてゆっくりと歩いてくれている。
ゴーダ一人で水汲みをすればもっと早く終わるだろう。
俺の運んでいる水なんてほんの少しの量なんだから、実際のところ役には立っていない。
小さな桶一杯分。しかも家に着くころには半分くらいこぼれてしまっているし。
いずれ俺一人でこの水汲みをこなすのが当面の目標だ。
1年かかるか、2年かかるか今の段階では定かではないけども。
「疲れてないか? 無理はしなくていいんだぞ?」
少し過保護な保護者に俺は無言で応えた。軽く頷いただけで黙々と歩く。
「よし、このくらいでいいだろう。よく頑張ったな。偉いぞ、ルート」
と平静を装って俺を手放しで褒めてくれるゴーダだったが、歳のせいかさすがに息が上がっている。
早くゴーダの役に立てるようになりたいと気合を入れる俺だった。
明日はゴーダの誕生日。
シンチャと俺はこっそりイチゴを採りに出かけてきた。
魔物が出るから、家を離れる時はゴーダと一緒というのがお約束だったのだけれど、それだと何かと不便だった。
で、それを聞いた大魔道師パルシが一肌脱いでくれた。
家の周囲一帯に魔物の侵入を防ぐ結界を張ってくれたのだ。
それほど広くは無い結界なのだが、シンチャは大喜びだった。
気軽に川に洗濯に行けるようになったし、俺と二人で散歩もできる。
残念ながら、結界の中でイチゴの生えている場所は無かった。
そこで、少し前に三人でイチゴ採りに出かけた時に、こっそりとイチゴの株を持ち帰ってここに植えて置いたのだ。
ゴーダに内緒でイチゴの乗ったケーキを作って、びっくりさせる計画。
だけど……。
「イチゴないね……」
俺はシンチャに困った視線を向けた。
イチゴが四季生りだということは確認済み。花が枯れて実をつけ始めていたからちょうど良い頃合いだと思っていたのに……。
見事に野鳥か何かの餌食にされていた。
「しょうがないわね。ドライフルーツが幾つかあるから今回はそれにしましょうか?」
と俺と同じぐらい落胆しながらシンチャが言う。
うーん。悩みどころ。
「イチゴ無し~?」
と、俺は三歳児の可愛らしさを前面に押し出して、シンチャに尋ねる。
「びっくりはさせられないけど、今度おじいちゃんに相談して畑でちゃんとイチゴを育てるようにしましょう。
そしたら、次からはちゃんとしたケーキが作れるようになるわ。
今回は残念だけど……」
「ちょっと外に出たらイチゴ採れるよ」
俺はダメ元で言ってみた。シンチャは難しい顔をする。
「でもね、お約束でしょ? おじいちゃんの居ない時は結界の外に出ちゃダメだって」
そういわれると立つ瀬がないけど……、これはゴーダの、そのおじいちゃんのためなんだ。
「どうしても……だめ?」
俺は禁じ手である三歳児のいじらしさを全面に押し出した。
こういうとき、おてては胸の前で組み、目はうるうる。
自然に身に付いた懇願のための技術。ある意味必殺技。
だけどシンチャには効果を表さない。
「おじいちゃんに怒られるからね。それに、今回は特別プレゼントがあるじゃない。
お手紙書いたでしょう?
こっそり勉強して字も書けるようになったんだから」
確かに。今回のサプライズではそれが目玉といってもいい。
俺のお手製のイラスト付きの手紙。それがゴーダの手に渡ったときのこと考えると……。
胸が熱くなる。ひょっとすれば涙してくれるかもしれない。いやその確率は8割を軽く超える。
お年のせいか、涙脆くなっているのが今のゴーダだ。
仕方ないか……、と諦めかけた時に、手紙のイラストが思い起こされた。
「ダメだよ、シンチャ! お手紙に描いた絵のケーキにはイチゴが乗ってるよ。
それと違うケーキはダメだよ!」
妙なこだわりが出てきてしまった。無難な歩みをモットーとする俺としたことが。
原因ははっきりしている。
こっちの世界でも俺は孤児みたいなものだけど、実は元々いたあっちの世界でも孤児だった。
中学に上がるときに
小さい頃の俺は心を閉ざしていた。施設の職員は事務的な大人ばかりだった。
俺が、人を避け、距離を保っていたのも原因だけど。
結構寂しい少年時代を過ごした。
夢幻と出会ってからは、徐々に人を信頼することや、愛情というようなものを理解し始めたし、
それでもやはり鍵の守護者として、甘えの許されない世界を生きてきた。
実の父、暴君であった王様や、母――こちらは浪費と男漁りが日常だったと聞く――はどうしようもない人間だったらしいし、俺に愛情を注いでくれなかったけれど、ゴーダとシンチャは違う。
家族の一員として育ててくれている。
父親代わりである祖父と母親代わり。
本人たちはそれを認めず、俺を拾った親子(父娘)という設定を貫いているが、俺はほんとの家族だと思ってきている。
信頼しているし感謝している。
だから、誕生日とかの特別な日には、できる限りのことをして喜ばせたい。
「でもねえ、ルート……。
お手紙の絵がケーキと同じじゃなくてもいいじゃない?
イチゴが無かったとしてもおじいちゃんは悲しんだりしないわよ」
とシンチャは俺を慰めてくれる。
もっともなことだ。それで落胆するゴーダではないだろう。
だけど記憶に浮かぶのは数ヶ月前のゴーダとシンチャの会話。
俺の三歳の誕生日直前の事だった。
「困ったことにイチゴが手に入らんでな」
と切り出したゴーダにシンチャは、
「仕方ないですねえ。ドライフルーツで間に合わせるしか……」
と今と同じように答えていた。
寝たふりをしながら聞いていた会話だ。
ひどくショックを受けた。その時は。
だけど、俺の誕生日ケーキにはバッチリとイチゴが乗っていた。
俺は知っている。ゴーダが駆けずり回ってイチゴを探してくれたことを。
そのために、誕生日前の数日は食事がより一層質素になって、畑の野菜も元気を失くしかけてたけど……。
そのゴーダの苦労に報いずにいられようか? いやいられまい。
もうひと押しだ。
「だって、シンチャ? 道もわかってるでしょう? 僕だって覚えてるよ。
すぐそこじゃない? あそこに無かったら諦めるから」
と最後の訴えに出る。そうなのだ。自然のイチゴの群生地まではすぐそこなのだ。
あそこになら、きっとある。
結界を出るといっても、ほんの少しの距離なのだ。
「お願い!」
と俺は
「おじいちゃんにはここで採ったってことにすればいいよ!」
「仕方ないわねえ……」
とシンチャはしぶしぶと認めてくれた。
「さっと行って、さっと帰ってきましょう。あそこに無かったら諦めるのよ」
と言うシンチャの言葉を聞きながら、俺は早速結界の外へ向かって歩き出した。
慌てて後を追ってくるシンチャの気配を背中に感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます