第4話 魔法
俺の一歳の誕生日はしめやかに行われた。
シンシュアが焼いてくれたケーキはお世辞にも豪華とは言い難い。
クリームなんて欠片もない。チョコレートがこの世界にあるのか無いのか――少なくとも口にしたことは無い――知らないが、トッピングも無い。
それでも――多少のパサつき感はあったものの――、甘くておいしく、乗せられたイチゴと、生地に練り込まれて火を通されたイチゴのふたつの触感と甘酸っぱさがアクセントになっており、王城を離れてから食べたものの中では一番美味しいと感じた。
おもわず、「毎日これを焼いてくれ」と口走りそうになったほどだ。
二番目に美味いのは生のイチゴだ。ここまではパン粥を超えている。パン粥は異世界歴代三位。
あれ以来、事あるごとに「いっご、いっご」とイチゴ食べたいアピールをしている成果なのか、ゴダードは出かけて行った帰りにイチゴを摘んで帰ってきてくれることが多くなってきた。
食後のデザートには事欠かない。心配なのはイチゴのシーズンが終わった時だ。
この世界にも四季はあるのだろうか? そういえば。
王城に居た時は快適だった。寒くも暑くもない。
この家に来てからも、春っぽい気候が続いている。
常春の国だったらいいのに。年中イチゴが食べ放題だ。
それはともかくだ、ちょっと困ったことが続いている。
それは『おねしょ』だ。といってもほんとの『おねしょ』ではない。
まあ、ある時までは体の制御が聞かなくて恥ずかしながら、お漏らししては泣いておしめを変えて貰っていたのだが。
そこは元の世界では17歳という精神年齢を引きずったままの転生者。
歳相応ではないと不審に思われようが、どうだろうが、プライドが勝つ。
トイレトレーニングも無しで、「しっし」、「んっんっ」とアピールしてトイレへ連れて行ってもらうよう習慣になっている。終わった後にお尻を拭いてもらうという恥ずかしさだけは享受している。
朝起きた時、昼寝から目覚めた時。
腰の辺りだけじゃなく、体のどこかが濡れている。そういうことが続いた。
シンシュアは、
「あら、ルート。おしっこかしらねぇ」
と匂いを嗅ぐが、どうやらそういうものでもないらしい。俺も確認してみたが汗というわけでもない。
首を傾げながらも着替えを用意してくれる。
正体不明の俺の体を濡らす何か。
思い当る節があるから困った。
魔力……。
最近ふとした拍子に体中を魔力が駆け巡る感覚に襲われる。
元居た世界で呪文を唱えて、いざ発動! というあの瞬間にも似た魔力が弾ける感触。
かなり必死に押さえつけないと、暴発してしまいそうな勢い。
あっちの世界では魔法を使うのに、呪文の詠唱や準備などが必要だったが、こちらの世界での魔法と言うのはもっと身近なものらしい。
シンシュアが家事をしながら、鼻歌混じりに火を点けたりしている。こないだイチゴを洗ったのだってそうだ。
ゴダードも風呂を沸かすときなど、魔法で着火しているはずだ。この家にはマッチのような着火器具なんてないのだから。子供の手の届くところに置いていないのではなしに。
ただし、燃焼させ続けるのはそれ相応の魔力や呪文等が必要なのか、火をつけた後は
魔法が身近にある世界。誰でも魔法を使える世界。
ということは、まだ一歳になったばかりの俺にも魔力が備わっていて当然。
魔力が内在していることは感じていた。
だけど、試す機会に恵まれなかった。
俺の知る魔法は、こちらの世界の物とは異なり詠唱や準備が必要なもの。
そして、幸か不幸か、俺の周りにはいつもシンシュアが居る。
四六時中見張られているようなものだ。寝室も一緒。
魔法を使う、試してみるような隙は与えられなかった。
それなのに、魔力の高まりを感じてしまう。
念じれば炎が、水流が。風、土の操作ができてしまいそうな感覚。
起きているときは、静かに心を落ち着かせると自然に収まってくれる。
それが……、おそらく寝ている間に暴発? しているのだろう。
幸い水で済んでいるが、これが火属性だったら大ごとだ。
そもそも、この世界の魔法も『地・水・火・風・光・闇』の六属性に系統だてられているのだろうか?
いっそゴダードに全部ぶちまけて相談したい。だが、それでは無難な――王族の跡取りだったり、逃げ延びて隠棲したりと既に無難からは程遠いが――人生の道を外れてしまう。
そんな悩みをもんもんと抱きながら生活していたある日のこと。
久しぶりの来客があった。
ゴダードと同じぐらいか、少し若いくらいの老齢の紳士だ。
ゴダードのような元騎士とは雰囲気が異なる。
優男……というほどでもないが、物腰の柔らかな人物だった。
「これは、これはパルシ殿、よくおいでくださいました。
わざわざこんなところまで。
シンチャ、お茶を淹れてくれ」
とゴダードが出迎えた。ここのところ、ゴダードは自分のことをゴーダ、シンシュアのことをシンチャと呼ぶようになっていた。間違いなく俺の赤ちゃん言葉の影響だ。
が、正体を隠す意味でもあるのだろう。万一に備えての。身ばれが怖い身分なのだ。
「お気遣いなく。
大したものではありませんが……」
と客は、ゴダードに
俺は興味津々だ。新鮮なフルーツ、ミルク、バター。どれであっても嬉しい。
今晩の夕食が早速楽しみだ。
「かたじけない」
とゴダードは中身を確認もせずにそれをシンシュアの元へ持っていきながら、
「狭っ苦しいところですみませんが、どうぞおかけください」
と椅子を指した。
俺は部屋の片隅で遊んでいた。積木という文化はこの世界にもあるらしい。
ゴダードが一歳の誕生日に贈ってくれたものだ。
もちろん手作りの暖かい一品。
積み木を積んだり崩したり。はたから見ればほほえましい光景だろう。
幼児が無邪気に遊んでいるようにしか見えない。
だが、俺にとっては暇つぶし以外の何物でもない。
そして、耳は大人たちの会話を聞き漏らすまいと集中している。
そんなそぶりを気取られないように注意しながら。
客人――パルシ――と、ゴダードの会話は差しさわりのないものだった。
国の情勢、近況報告。
「そうですか、マクナスはそんなことを……」
「いたずらに兵を集めても、争いの種がまた沸き起こるだけですからね。
それならば、いっそギルドに集約してしまうのが一番よい。
めぼしい騎士や剣士、それに魔道師などは再びギルドの配下に収まりました」
「ではパルシ殿も?」
とゴダードが聞く。
尋ねられたパルシは、首を静かに振って、
「わたしはとうに隠居した身です」
と答えた。
「そんな、大魔道師と謳われたパルシ殿であれば……」
とゴダードは事実ともお世辞ともつかないことを言うが、
「それに……、民衆のことを考えたとはいえ、ギルドのやり方は気に入らない。
マクナスの理想、その振る舞いは立派です。
ギルド長として、いえ事実上の新しい王として、ハルバリデュス王国時代の悪政を是正していっている。
貧しき者には手を差し伸べて、富めるものから必要な分だけ徴収する。
簡単なことですが、自らの利を取らずに実行するのは難しい」
「だからこそ……、あのようなことをやってのけたのでしょうな。
賛同者を集めて、一夜にして王国を覆す……」
ゴダードは遠い目をしながら呟いた。
「事実上、ハルバリデュス王国は解体しました。
今はギルドが主導で民を導いていますが……。
その後は要塞都市国家群として、それぞれの都市がそれぞれの自治を営む形式へと移行していくようです。
あくまでギルドはそれを支援する、影ながら支える立場をとるようでして」
俺の知る限り、ハルバリデュス王国には王都であるグラゥディズの他にも幾つかの都市が存在していた。
未開の土地も多く、ほぼすべての人間はその都市のいずれかに住んでいる。
俺達が住んでいるこの場所だって、近隣の都市とそう離れていないはずだ。
そしてそれぞれの都市は強固な要塞によって囲われているらしい。
危険な生物の侵入を逃れるために。
俺達が人里離れた場所で暮らしているのはそれ相応のリスクを覚悟の上。比較的安全な土地を選んだらしいがどうやらそういう環境らしい。
パルシに向ってゴダードが尋ねる。
「マクナスは……、マクナスはグラゥディズの
いずれは、その要塞都市群を従えて、ひとつの国家として治め、自らはその頂点に君臨するつもりだと?」
「具体的な動きは未だ無いようですし、マクナス自身は自分以外の、政治力に長けた人物を選ぶようにと公言しています」
「そうですか。それは欲のない。しかし、ギルドが一定以上の力を持ってしまったことも確か」
「そうです。だからこそ、仮にギルドが暴走した時に、それを止める力が必要だと考えました。幸いにして内部から見張る人材には不足しておりません。
ですので、わたしはあくまでもギルドの外から、今後の行く末を見守ろうと思うのです」
とパルシが答えた時だった。
あれが襲ってきた。魔力の高まり。
しかも……、いつもより急激だ。抑えようとしても抑えきれない。
頭が勝手に業火の、急流の、突風の、土の壁の、熱烈な光の、暗黒の発露の……、イメージを描き始める。
感覚にゆだねてしまうとそれが実現してしまいそうな……、魔力を爆発させて魔法を使ってしまいそうな……予感、いや確信。
必死で抑える。だめだ、抑えきれない。
いっそ……、小出しにするか? 小さなそよ風でも起こせば少しは魔力が消費されて状況も変わるのだろうか?
いや、制御しきる自信が無い。
こっちの世界に来て一度も魔法なんて使ったことがないんだから。
もし、頭の中で巻き起こるイメージが現実のものとなれば、こんな小さな小屋なんて焼き尽くされる。粉々に吹き飛ぶ。
回復魔法? 高まる魔力を攻撃系ではなく、回復に充てれば……。
むやみな破壊は防げるかも知れない。
だが、回復魔法は苦手分野だった。
そもそも使い方、イメージの持ち方がわからない。
目の前に怪我人でもいるならまだしも……。
「ああ……うう……」
気が付くと俺はうめき声を漏らしていた。頭を抱えて座り込んでいた。
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