【ミューカス学園へ】


 立体漢字が勢いよくヒロシの口から飛び出し、近くの廃ビルに激突した。

 衝撃音とともにビルの一角が粉砕され、激しい爆風と光と飛び散る瓦礫が打ち上げ花火のように踊った。


 さいわい誰もケガはしなかったが、そこには一同のポカンとした顔があった。

 ヒロシは一同にニッコリとほほえみかけた。


「……やるやんけコラ」オサムが目を見張っている。


「誰かさんのノドチンコびろ~んより戦力になると思っていてぇ」アザミも感心した様子だ。


「おまえやっぱりケンカ売っとんなコラ」


「厳然たる事実を述べたまでと思っていてぇ」


「やんのかコラ」


「やめんかボケ」熊が間に入った。「みっともない真似さらすなボケ。さっさと行こちゅうとんじゃボケ」


「決着はギンガを倒したあとでゆっくりつけることね」セリがクールにいい放つと、オサムとアザミは不承不承矛先を収めた。


「コテマリさん、お願いするわ」


「……わかった。と思っていてぇ」


 気を取り直すようにアザミが精神を集中させる。


「みんなで一緒に行くから、あなたももっとこっちに来なさい」セリがヒロシを誘うと、ヒロシはまたニッコリとほほえみ、


「スズナちゃん、ようやく距離が縮まったね。僕がきみのことを絶対ギンガから守ってあげるからね」


「……あ、はい。ありがとうございます。チヂワレヒロシさん」


 もうしっかりフルネームをおぼえている。さすがはスズナちゃん。でも……。

 でもツムリは気が気じゃなかった。


「じゃ、そろそろ檜腹ミューカス学園に行こうと思っていてぇ」


 アザミはそういうと、ツムリ、セリ、スズナ、オサム、熊、そして新しくメンバーになったヒロシを見回した。右手の人差し指を高々と空に向かって伸ばし、そいつをくるくる回すとアザミの周囲で風が円を描きはじめた。


 つむじ風は砂を舞い上げ、しだいに大きくなっていく。アザミの全身を包み込んだ状態で見上げるほどの巨大な竜巻が一同の眼前にあらわれた。


「行くわよ」


 セリがいうと最初に竜巻の中に頭から飛び込んでいった。

 次にオサムと熊が互いに見つめるとうなずき合い、手に手を取ってこっちのほうは足から飛び込んでいった。

 さすがにスズナは自分から竜巻の中に入っていくのを躊躇している。おびえた顔でツムリを見つめた。


「大丈夫だよスズナちゃん、僕と一緒に入ろう」


 スッと横から入ってきたヒロシがやさしくスズナに語りかけると肩を抱き、ゆっくり竜巻の前まで歩み寄ると、サッと竜巻の中に消えていった。


「えっ……」


 あとにひとり残されたツムリは、ヒロシの手際のいいエスコートぶりにすっかり呆気に取られてしまい、ぽつんとその場に棒立ちになってしまった。


「早くしろと思っていてぇ」竜巻の中からアザミの声が聞こえてくる。


「あ、ああ、ごめん」


 はっとわれに帰ったツムリは、くるくる回る縄跳びの中に入る寸前の子どもみたいに身を引いたり寄せたりを繰り返しはじめた。どうも今のふたりの光景を見せられたおかげですっかり調子が狂ってしまった。ツムリはどうやって竜巻の中に入ればいいのかわからなくなった。


「さっさとせえやコラ」オサムの声まで聞こえてきた。


「あ、うん。(もういいや)えい!」


 焦るのあまり、ツムリは両目を固く閉じて竜巻の中に適当に突っ込んでいった。


「うわあっ!」


 入りどころが悪かったのか、その瞬間ツムリはまるで忍者の罠にかかって縄で宙づりにされた間抜けのように、いきなりいっぺんに竜巻の上部までもっていかれた。


「ツムリさん!」スズナが大きな声をあげるのがツムリの耳に入った。


 ほかの連中はみなスムーズに竜巻の流れに乗ることができ、緩慢に渦の中で回っていた。スズナはバランスを失ったまま頭を下にしてくるくる回転しているツムリのことを心配そうに見上げている。


「……あいつ、アホやんけコラ」オサムが天を仰ぎつつバカにしたようにいった。


「先が思いやられるのぉボケ」熊も呆れ顔だ。


 セリは溜息をつくのみ。ヒロシはスズナの肩を抱きながらフンと鼻で笑っていた。

 ツムリの身を思いやっているのはスズナひとりだけだった。


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