第3章
【無法地帯】
気がつくと、仰向けに地面に倒れている自分をツムリは見出した。
生きている。
かろうじてまだ無事だ。
どこまで飛ばされたんだろう。
夜はすでに明けている。
澄み渡った青空だ。
空がこんなにきれいだと心も晴れ晴れとしてくる。
まるで台風一過の快晴と同じだ。
あたりは妙に静かだ。
それに、なんともいえないいい匂いがずっとツムリの鼻先をくすぐっている。
スズナだ。スズナがほとんどツムリに密着せんばかりの位置にうつぶせに倒れている。その後頭部がツムリのちょうど目の前にあるのだった。ちょうどツムリがスズナをかばっているような格好だ。
少しずつ思い出してきた。
夕べは竜巻と戦っていたんだ。それでスズナちゃんの体をかばって一緒にここまで飛ばされて来たんだ。いったいここはどこだろう。僕たちはどこまで飛ばされたんだろう。スズナちゃん動かないけどまだ気を失ってんのかなあ。
「う……ん」
頭が少し動いた。よかった。生きてる。ホッとした。やっぱり自分と同じように失神していただけのようだった。
「ツムリ……さん」
目覚めたスズナが顔を上げる。
「……えっ」
間近からまともに目が合った。まるでキスせんばかりの距離だ。
「あ、あいや、その、無事でよかったね」
すっかり焦ったツムリは顔を赤くさせながら、照れ隠しのようにあたりをキョロキョロした。
本当にここはどこなんだ。
まったく知らない土地だった。
ひしゃげた鉄条網が目に入る。
ツムリとスズナは今、ちょうど鉄条網に囲まれた広い空き地の中にいた。
空き地の外はほとんど焦土のような廃墟だった。どうやらかつては郊外の閑静な住宅地だったみたいで、戸建ての区割りごとに瓦礫がそれぞれ山を作っており、小道がそのあいだを縫っていた。
イヤな予感がする。
急に不穏な空気があたりにただよいはじめた。
「よお、お客さんだぜ」
声がした。
「こんなところにふたりでなかよくおネンネなんて見せつけてくれるじゃねえか」
見ると、五人の不良高校生たちが空き地の外からこちらに近づいてくるところだった。
彼らは全員皮ジャンのような学制服を着ているが、太い腕を見せびらかすためか袖がない。上着の前をはだけ、わけのわからない銀色の光り物をジャラジャラ首から下げている。一様に肩幅が広く、耳ざわりな音をたてながらガムを噛んでいる。その唇には薄ら笑いが浮かんでいる。髪はそれぞれ金髪、モヒカン、スキン、パンチなど統一性のないかわりに威圧感の誇示という点で共通しており、中のひとりは頭じゅうが色とりどりのピアスで埋め尽くされていた。
そいつらがこわれた鉄条網を跨いで空き地に入ってきた。
危険を感じ取ったツムリとスズナは、体を寄せ合うようにふたりして立ち上がった。
スズナはすっかりおびえた顔をしている。
ツムリも自分の両足がガクガク震えているのがわかった。
(そうだ、僕には塩鮭の切り身っていう強い味方があったんだ)
とっさに自分の尻に手をやる。
ない!
塩鮭を挟んでいない。
これじゃ万が一のことが起きてもスズナちゃんを守れない!
飛ばされているあいだにお尻の割れ目から落としたんだろう。
こんなかんじんな時に。
いかつい不良どもがゆっくりこっちに近づいてくるとともに、ツムリの意識はふたたびブラックアウトしていきそうになった。
とうとう連中はツムリとスズナのまん前に立った。
「てめえら勝手に人ん家に入ってきて何乳繰り合ってんだよ」
モヒカンが凄んでくる。
(そうだ、確かこの制服は鉢王子ヴォミティン学園のだ。っていうことは僕たちはとうとう絵戸川区から一気に三多魔エリアまで飛ばされてしまったんだ)
かつての学園抗争地域がここまで荒廃した感じになっているとは思わなかった。戦禍の深い傷跡も痛ましい光景だった。
「あの……ここは、鉢王子ヴォミティン学園の近くなんですか?」
同じく制服から判断したスズナが大胆にも彼らに直接尋ねた。「私たちは無理やりここまで飛ばされてきたんです。縄張りを荒らす気はないんです。すぐここから出ていきますから」
相手は黙っている。
「あの……どうもすいませんでした。ツムリさん、行きましょう」
頬を紅潮させながらスズナはツムリの腕を取り、ヴォミティン学園の不良どもの脇を通りすぎて行こうとした。
「え? 待てよ行っちゃうの?」
ピアスだらけの男がスズナの腕をぐいと掴んで引き止めた。
「あっ……」
「そんなにつれなくすんなよせっかく来たのに」
中心にデンと構えている金髪の男がヘラヘラ笑っている。どうやらこの男がリーダーっぽく見える。
「い、痛い」
「あああゴメンよぉお嬢ちゃん。女の子にはやさしくしないとねぇ」
そういうとピアスヘッドは、大仰な仕草でスズナの腕を離した。
「……行こうよ」
ツムリはスズナのもう一方の手を引いて立ち去ろうとする。
と、不良どもはごつい体に似合わずきわめて敏捷な動きでふたりをサッと取り囲んだ。
どうやらただでは済みそうにないことが、これではっきりしたようにツムリには思われた。
「あの……何かご用でしょうか」
スズナがちょっと気色ばんだ声音で不良どもに聞いた。どうやら彼女の気の強い一面が表に出てきてしまったようだった。
「まあそんな怒らないでよお嬢ちゃん。久々の上玉に出会ってボクたち緊張しちゃってんだよ」金髪はそういうと挑発的に舌をレロレロレロと出してみせた。
「話に聞いたんだけど……」ツムリは語りかける。「三多魔エリアの女生徒は……みんなギンガに取られちゃったんだって?」
そういった途端、不良どもの顔がいっせいに変わった。
「……なんだと?」
それまでの裏がえり気味の声とは対照的な、地響きの起きそうなドスの聞いた声で、金髪はツムリを睨みつけてきた。
(しまった。よけいなこといっちゃった)ツムリは後悔したが、もう遅かった。不良一同はもう誰も笑っていない。
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