【アザミ】


 そのようにいったセリに視線を向けられたツムリは思わず恥ずかしくなって視線をそらしてうつむいてしまった。

 顔を上げる時にチラとスズナの顔をうかがうと、ツムリの思ったとおり、まったく一言も発していなかったスズナスズナはひとりだけ完全に硬直していた。やっぱり彼女にこの話は刺激が強すぎたのだ。やっぱり彼女にこんな話を聞かせるべきではなかったのだ。でももう遅い。痛ましくて、ツムリはスズナに声をかけることができなかった。


 と、ツムリはふとあることに気がついた。


「セリ……」


「何?」


「きみはどうしてそんなにいろんなことに詳しいの?」


「それはどういうことかしら」


「だって、学園牧でもなんでもないきみが、お尻の秘密をどうして知ってたの?」


 すると、オサムがプッと吹き出した。


「なんやコラ、おまえなんも知らんかったんかコラ」


「えっ」


「私はもともと尾梅ジャンディス学園の牧をさせられていたのよ」セリがいった。


「……」


「ようするにこいつが一番最初にギンガを裏切ったんじゃコラ。たったひとりでのコラ」


「そうだったんだ……」


「そのあとは志を同じくする私の友だちからギンガの情報を随時仕入れてたの。ようするにその子が間諜になってくれてたというわけね」


「あ……、それがあの時名前の出てきたマリマリア……」


「そいつも正体がバレてつかまったみたいやけどのコラ」


「私にはマリアを助けに行かなきゃいけない義務があるの」


 かなり話がクリアになってきた。靄がかかったままなのはシリコダマギンガの実体だけだ。お尻にいろんなものを挟んでみるという研究熱心さは伝わってきたが……。


「ねえ」


 ツムリはこの場にいる全員の顔を見回した。


「だったら、あれだよ、ギンガがしたように、これからみんなでお尻にいろんなものを挟んでみない? 能力の発動するアイテムは限られてるんだろ。だからいろいろ試してみるんだよ。ギンガはじっさいに自分でいろいろ挟んでみたんだしさ。対抗するには僕たちも同じ努力をしないとダメなんだと思う。みんなでやればそのうちきっとギンガに対抗できるアイテムが見つかるよ。まずはここにいる四人でやってみようよ」


「なるほどやんけコラ、そらええわコラ」オサムが同調した。


「えっ、私も、ですか」スズナがちょっとびっくりした顔で突然会話に参加してきた。「私……」


「あなたバカじゃないの? それともヘンタイかしら?」


 セリが軽蔑のまなざしをツムリにおもいきり突き刺してきた。いい考えだと思ったが……。


「あっ、ゴメン。スズナちゃんはいいよ」


(そんなヘンな意味はなかったんだけどな……)


 思わずそれとは気づかずに、ついうっかりとスズナに対してセクハラまがいのことを口走ってしまったのかもしれない。


「おいおいおいおいコラ、今はそんなこというてる場合やないやろがコラ」オサムがツムリに加勢した。


「こいつのいうとおりやんけコラ。いろいろ尻に挟んで試してみんのはええアイディアやんけコラ。なんのアイテムがどんなパワーを発動するか今はひとつでも多く挟んで試さなアカン時じゃコラ」そうしてスズナを睨みつけた。「やからひとつでも多くの尻が必要なんじゃコラ。お上品ぶってる時とちゃうんじゃコラ」


「やめてよ。スズナちゃんを巻き込むつもりはないんだ」自分の提案によってスズナを窮地に陥れてしまったツムリは必死な声でスズナをかばった。これ以上いたいけなものを汚す行為や言動には耐えられなかった。よりにもよってスズナちゃんのお尻に何かを挟ませるだなんて……。


 と、唐突にツムリの頭には、スズナが陶器のような白いお尻を丸出しにして、次々にいろんなものを挟んでいくイメージが鮮明に浮かんできた。


「ツムリくん、鼻血が」セリがツムリを見ていった。


「!」


 思わず両手で鼻を覆うようにする。


「このボケコラ、おまえ今何か想像したなコラ!」


 ツムリの顔はカーッと赤くなった。ああもうダメだ、これで百パーケイベツされちゃったよスズナちゃんに。両手で鼻を押さえていたツムリは、その手で顔ぜんたいを覆うようにした。あまりのみっともなさに、自分だけ竜巻の風に吹き飛ばされてしまいたくなった。


 ふと気配を感じ、顔を覆った指の隙間から外をチラリと見ると、ツムリの目の前に純白のハンカチが差し出されている。


「あ……」


 見ると、ハンカチを差し出していたのはスズナだった。


 スズナはツムリと目が合うと、力強くうなずいた。

 おそるおそるハンカチを受け取ったツムリだが、こんな光輝くような純白のハンカチをドロドロした自分の妄想まみれの血で汚すことはとてもできない。

 が、でもやっぱりしかたがないのでおもいきり鼻をぬぐった。


(ごめんよスズナちゃん、こんな汚れきった世界の色に染めてしまって)


 スズナはイヤな顔ひとつせずにハンカチを受け取ると、


「私、協力します」と、全員に向かってはっきりとした口調でいった。「こんなことが終わりにできるなら私……お尻になんでも挟みます」


 その瞬間、ツムリはふたたび鼻血を出した。


 スズナは天使のような微笑みを浮かべ、またツムリにハンカチを差し出した。


 ほかのふたりはすっかり軽蔑のまなざしでツムリのことを見ている。


「このお嬢ちゃん結構ええ根性しとるやんけコラ。気に入ったやんけコラ」オサムが一転絶賛する。


「ともあれ」セリが一同を見回した。「まずはこの竜巻から脱出することね」


「あそうか。僕らは今、竜巻の中にいたんだっけ。すっかり忘れてた」まだ顔を上気させているツムリが焦りをごまかすようにクイとメガネの位置をなおした。


 するとどこからか、


「そうはさせないと思っていてぇ!」


「えっ、誰?」


 ツムリはじめ皆が竜巻の中をキョロキョロしていると、はるか下方から竜巻の中心部分をスーッとせり上がってくるひとりの人物があった。


「コテマリアザミね」セリがその人物に声をかける。


 とうとう姿を現した竜巻使いのJK、コテマリアザミは確かに立皮フィーシーズ学園の制服に身を包んでいた。


 デザインは一見ふつうで平凡に見えるが、彼女の体型のせいもあるのか体の線がやけに強調されている。そのぶん挑発的で、それだけでむしろどこかしら悪意のようなものが感じられた。


 しかもコテマリアザミは小柄だがなかなかの美人だった。両目はやや吊り気味でキツめの性格を連想させたが、いかにもそれが竜巻を起こすぞ的な雰囲気を醸し出していた。


(彼女も学園牧ってことなのか……)


「用があるのはそこの子だけだと思っていてぇ」


 コテマリアザミはスズナを指さした。「ほかの連中には用はないと思っていてぇ」


 彼女はセリと違いミニスカート姿だった。あんな短いスカートでいったい彼女は何を尻に挟んでいるというのか、そんなことを考えるとまたツムリは鼻血が出そうになってきた。


「こっちに来いと思っていてぇ」アザミはスズナに呼びかけた。


「私、イヤです」スズナはきっぱりと拒絶した。


「おいアザミコラ」オサムが肩を怒らせるように、「おまえ、女を食いもんにするギンガの奴隷になっておんなじ女として恥ずかしないのんかコラ。おまえそれでええのんかコラ」


「うるさいと思っていてぇ。それよりミタラシオサム、おまえいつのまに裏切ったんだと思っていてぇ。あたしたちは絶対ギンガ様には逆らえないと思っていてぇ」


「あなたも不満なはずよ」セリも説得にかかった。「もう学園同士でいがみ合うのはやめて、そろそろみんなで団結してギンガに立ち向かう時だとは思わない? 力を合わせればきっとギンガの支配を終わらせる方法が見つかるわ」


「そんなの無理だと思っていてぇ、邪魔するようだとおまえらを先に排除しようと思っていてぇ!」


(ダメだ、きっと恐怖による支配が徹底してるんだ)ツムリは思った。

 

 アザミは突然高々と右手を差し上げ、それをくるくる回した。


 すると右手の動きに呼応するかのように竜巻の回転数が急激に上がり、ツムリ、スズナ、セリ、オサムは卓袱台とともに一気に突風に絡め取られて吹き飛ばされた。


 スズナの体がツムリにドンとぶつかった。この子を敵に渡しちゃいけない。ツムリはとっさにスズナを抱きかかえると力いっぱいギュッとして離さないようにした。それはよこしまな気持ちなど微塵も混じっていない純度百パーセントの騎士道精神から出たものだった。それでもすでに気を失ってしまったちいさなスズナの体はとても柔らかくて暖かかったので、夢見心地の気分だったのは否定できなかった。


 一同は竜巻にもて遊ばれ目を回し、大空高く放り出されたツムリはスズナと同じく失神した。


 しらじらと明けはじめた夜空の彼方に、彼らの姿は点のようにちいさくなっていき、そして消えた。




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