【パワーの秘密】
いったい何がきっかけだったのかわからない。
きっかけはわからないが、とにかく奥多魔ダイアリア学園でそれまでほとんど誰にもその存在さえ知られることのなかったシリコダマギンガは発見したのだ。お尻の割れ目に何かを挟むと、ものによっては不思議な能力が自分の肉体に宿るということを。
ただし、なんでもかんでも挟めばいいってもんじゃない。たとえばネギを挟んでも能力は発動しない。浣腸や体温計を挟んでも発動しない。スーパーボールやピンポン玉を挟んでも同じだ。ひとつひとついい出すとキリがない。また、お金を挟んでもやっぱり能力は発動しなかった。たとえばお札を挟んでなんらかのパワーが得られるのであれば、一部のショーパブその他から超人がぞくぞく誕生することになるだろう。似た意味で割り箸でも同じだった。
ともあれ能力の発動如何、また発動する能力の種類は尻に挟むアイテムによって変化し、ギンガはありとあらゆるものを尻に挟んでいくことで、何を挟むとどのようなパワーを得られるかを綿密に研究したようだった。そこで行きついたのが、××××を挟むとふつうの人間の何百倍ものパワーが得られるという事実だった。
(それが焼いた塩鮭の切り身のことだったんだな)とツムリは思った。(でも、よくそんなものをお尻に挟む気になったもんだなあ)
塩鮭の切り身は焼いたものでなければ能力は発動されなかった。ただし天然養殖の差は問わず、天然のほうが数割パワー増しになるらしかった。
そして、ちょうどそのころ、三多魔エリアにて各高校の不良どもによる覇権争い、熾烈を極める学園抗争が泥沼化していたのだった。
西多魔エリアを制した奥多魔ダイアリア学園、南多魔エリアの鉢王子ヴォミティン学園、北多魔エリアの立皮フィーシーズ学園がそれぞれ勝ち残り、しばらくのあいだ力の均衡による三国時代が続いていたが、ある時とつぜんダイアリアが怒濤の進撃を開始し、あっというまに三多魔エリアのすべての高校を併呑し、学園抗争の雄となったのだった。
それもこれもすべてダイアリア学園の中にあって、急に頭角をあらわしたシリコダマギンガの活躍によるものだった。
「三多魔エリアで不良の頭目となったシリコダマギンガは」と、セリはミタラシオサムのことを見つめ「あなたたち各高校の不良の代表を引き続きそれぞれの高校の『牧』として治めさせたのよ。『牧』っていうのは学園においてある程度の実権を認めてかわりにそこを支配させる役職の名前よ」
「チッ、実権やなんて笑わせんのぉコラ」ギンガがペッと唾を吐いた。「ええように使われとっただけやないけコラ」
「支配の体系を強固なものにするためにギンガは『学園牧』に秘密の一部を教えた。そう、お尻の秘密ね。それぞれ異なったアイテムをお尻に挟ませることによって人知を超えたパワーを付与し、恐怖でそれぞれの高校を支配させたのよ。それであなたは恐怖のノドチンカーになったっていうわけ」
「ギンガはどうしてまわりにお尻の秘密を教えたの?」ツムリが口を出した。
それはもっともな疑問だった。圧倒的な力の差で支配するなら他人にお尻の秘密を教えることにメリットはない。
「ギンガにとって秘密を小出しにすることくらいなんでもないことなのよ。きっとやつは、お尻に挟む究極のアイテムを手に入れているのに違いないわ。全学園支配を強固なものにするためには『学園牧』たちにもそれなりの力を与えておかないとかえって統制が取れないからね」
「そうなんだ……」
そこまではわかった。でも、またしてもツムリの頭には新たな疑問が浮かんできたのだ。
「お尻にものを挟むだけですごいパワーが得られるなんて、そんな単純なことに今までどうして誰も気がつかなかったんだろう」
するとセリは、まるでツムリを蔑むかのような目で見てこういったのだ。
「そんなこと、人類の歴史上いろんな人間がとっくに気がついていたに決まってるじゃない」
「えっ?」
「みっともないから誰も口にしてこなかっただけよ」
「……」
そうか……そういうことなのか。ただそれだけのことだったのか……。
今まで教科書や歴史ドラマで見たような、世界の歴史を変えたあんな英雄こんな偉人が、実はお尻の割れ目にものを挟んでました、とカミングアウトするのも滑稽だなあ笑わしよるなあって話なのか。そんな理由だったのか。確かにマヌケなことこの上ないのは事実だ。それに、そんなことバカ正直にいった日には、調子に乗って尻にいろんなものを挟んだ「英雄」がそこかしこにボコボコ現れて元祖のカリスマ性やありがたみもなくなる可能性もある。
でも、多少歴史に興味のあるツムリは同時にちょっと誇らしい気持ちにもさせられた。お尻の秘密を知った今、ひょっとして将来自分も歴史を作る英雄の仲間入りをするかもしれないからだ。海をふたつに割ったり、風の向きを変えたり、火攻めにあった絶体絶命のところに雨を降らせたり、複数の人間の話を同時に聞けるっていうあの人たちの仲間入りを……。
(歴史のバラエティ番組で見たのかな。芯の詩皇帝が生涯をかけて不老不死の薬を探し求めていたって話。あれは薬じゃなくて、お尻の割れ目に挟むための最高のアイテムを探してたのかもしれないな)
西洋の腑蘭酢を救ったジャンヌ・陀留苦だって、確か今の僕らとそんなに歳は違わなかったよね。ツムリはさらに想像を馳せる。彼女が受けた神の啓示は、実は尻の割れ目にものを挟む教えのことだったのかもしれない。だから十代にして腑蘭酢を勝利に導いたんだ。後世腑蘭酢のナレオポンも含めて、きっと途中で痔になってものを挟めなくなったせいでガタガタとそのあと転落していったんだ。
そんなことを考えているとすべてが腑に落ちた。
歴史にはこのように人知を越えた能力を持った人間はたくさんいたのだが、きっとお尻の秘密を知る者、それを後世に伝える者がわりと早い段階でいなくなってしまったのだ。きっと昔はカリストテイレスがサレクアンドロス大王に秘儀を伝承したようなことがたくさんあったに違いない。
超人や超カリスマが主に古代に集中しているのはそのためだったのだ。後世たまにさまざまな国々で人知を越えた英雄や偉人がポコンポコンと出てくることはあるけれど、それは伝承が継承されたというよりは、たまたま何かのきっかけで尻にものを挟んだ結果そうなったんだ。アインショタインが中腰で躁耐性理論を書いたエピソードは有名だし、ウォルフガング・アマデウス・モザートなんて間違いなく尻に何かを挟みながら作曲してたはずだ。そしてとうとう現代日本にも、その効果を知らず尻にものを挟んで覚醒した者が現れたんだ。それがシリコダマギンガだったんだ。歴史好きのツムリのメガネがキラリと光った。
「おまえ、何ニヤニヤしとんねんコラ」
気がつくと、じとーっとした目でミタラシオサムが気持ち悪そうにツムリのことを見ている。
(そんなにニヤニヤしてたかな)
してたのかもしれない。だって、もうこの秘密を知った限り、ヘタレを卒業できるどころか、選ばれし勇者になったも同然だからだ。
(でも、暴力はイヤだな……)
「ほんで」オサムはツムリのことをイヤな目で見るのをやめなかった。「ほんでおまえはなんで尻の秘密を知っとんねんコラ」睨みつけてきた。
「だいたいおまえは何者やねんコラ。学園牧でもないし、絵戸川区の人間やから今んとこ抗争に巻き込まれてるわけでもあらへんのに、なんでおまえ、尻の秘密を知ってとんねんコラ」
「ツムリくんには私が教えたのよ」かわりにセリが即答した。「あの時は場合が場合だったし、やむをえない判断だったのよ」
「ほうコラ。おまえにしては軽はずみなことしたもんやのセリコラ。道理でこいつ、最初からなんか場違いやと思てたんじゃコラ」
オサムにそういわれるとツムリも恐縮するしかなかった。確かにシリコダマギンガや学園をめぐる一連の話を聞けば聞くほど、ほんらい自分がお尻の秘密を知る資格など一ミリもないことがはっきりと浮かび上がってきたからだ。自分は歴史に選ばれた人間でもなんでもないのだ。そうなると逆に今度はどうしてセリがこのような重大な秘密を自分に教えてくれたのかオサムに代わって聞きたいくらいだった。
すると、じっさいに口に出して聞く前にセリはこう答えた。
「ツムリくんの目を信じたのよ」
「あ? 目てなんじゃコラ」
「考えてもごらんなさい。ギンガのおかげでつまらない学園牧の連中どもはお尻にアイテムを挟んですっかり調子に乗ってるわ。逆に彼らひとりひとりにそんな資格があったと思うかしら」
「なんやとコラ。それはオレに対する皮肉かコラ」
「その点、ツムリくんの目からは邪心が感じられなかったわ。私はツムリくんの目を見て秘密を教えることに決めたのよ。それに」とセリはツムリに視線を向けると、
「あなたならギンガからスズシロさんのことを守る騎士になれると思ったのよ」
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