【異能の男】
(えっ、何?)
ツムリは目を見張った。さすがに意表をつかれた。この男いったい何者なんだ。人間なのか。どう考えたって人にできる特技じゃない。
と、オサムの口から飛び出してきた赤い触手がツムリの首に瞬時にして巻きついた。
「おお」寄与瀬スピュータム学園の連中からは感嘆の声が漏れる。
触手はグイッグイッとムチのようなしなやさでツムリの首にじわじわと食い込んでくる。
こちらも触手をつかんで首から外そうとするのだが、ウナギのようにツルツル滑ってうまく掴めない。
(これは舌なんだろうか? ミタラシオサムって長い舌を自在に操れる技の持ち主なんだろうか)
いや違う、これは舌じゃないぞ。ツムリは気づいた。
舌にしてはあきらかに細すぎる。
ミミズのように細くてしなやかだ。
(これは……ひょっとしてこれは……)
そうだ、そうに違いない。
ツムリは思い出す。北多魔エリアのある高校にノドチンコを何メートルもの長さに伸ばして敵を攻撃するとかいう「必殺のノドチンカー」がいるっていう噂話を。そんなバカなと思ってその話はすぐに忘れ去ったけれど、それが今、現実として目の前にある。僕の首を締めているこの男がそうなんだ。このミタラシオサムという男が必殺のノドチンカーだったんだ。この細くてツルツルしているのは舌じゃなくてノドチンコだったんだ。
口を大きく開けているミタラシオサムはノドチンコとは別に舌を出してゲロでも吐きそうな表情をしている。結構苦しそうだ。そりゃそうだ、だってノドチンコなんだもの。またこりゃよりにもよってややこしいものを武器にしたもんだなあ。
それにくらべてこっちのほうはといえば、さっきから首をぐいぐい締めつけられているのになぜだかちっとも苦しくない。これ、本当に必殺のノドチンカーなの? それとも加減でもしてくれてるの? ツムリがあまりにも無反応なので、ミタラシオサムは焦ってきたようだった。
「おまえコラ」
いったんノドチンコをシュルシュルと掃除機のコードのように口の中に収納すると、
「なかなかやるやないけコラ」
「いや、僕は何もしてないけど」ツムリはそういいかけてやめた。正直にそんなこというとミタラシオサムのやつはよけいに怒り出しそうだ。
「これならどうじゃコラ!」
オサムはふたたび長い長いノドチンコをびろ~んと出してムチのようにしならせると、今度はピシッピシッとツムリの体を打ちはじめた。
はたから見るとこれはたいした威力だった。
服が裂け、皮膚が裂け、赤い腫れが瞬時にしておびただしくツムリの体じゅうを彩った。そこから鮮血がほとばしり、まわりで見ている子分どもでさえ引くほどだった。
ところが当の本人であるツムリじしんはなぜかまったく痛みを感じなかった。痛覚だけがすっかり麻痺しているかの気分だった。
(やっぱりナズナセリのいったことはホントだった)
塩鮭を尻に挟むと攻撃力だけでなく耐性能力もアップするみたいだ。セリがあれだけ強かったのもうなずける。
(じゃあ僕もきっと、ナズナセリ並みに強くなったのに違いない)
されるがままになっていると服が完全にボロボロになって二度と着れなくなってしまう。それはちょっと困る。ためしにツムリはミタラシオサムのノドチンコムチをさえぎるように手を伸ばし、自分の体をかばうようにした。
そこに降りおろされたノドチンコがシュルシュルとツムリの腕に巻きついた。ツムリはその腕をぐいっと引いた。
「はんがはんがはんが」
ノドチンコを引っ張られるかたちになったオサムはこちら側につんのめってきた。近寄ってきた顔面に一発パンチでも食らわせると相当なダメージを与えられるのは確実だった。
完全に勝負が見えた。
しかしツムリはそうしなかった。勢いあまってドスンとぶつかってきたオサムを抱き止め、ゆっくりと腕に巻きついたノドチンコをほどくと、釣った魚を川に返すかのようにゆっくりとそれを手から離した。
オサムは辛いものを食べたみたいに口からだらんと舌を出し、苦悶に涙を流し、世にも情けない顔をしていた。こんな哀れを誘う男に誰が暴力をふるえようか。平和主義者の家庭に育ったツムリにはとうていできない相談だった。
「……もう、やめようよ」
むしろツムリのほうが敗者であるかのようにオサムに懇願した。
「うるさいコラ!」
ふたたびオサムはノドチンコムチを振り回し、ピシッピシッと地面を打つ音で威嚇しながら相手の隙をうかがうようにツムリの周囲をゆっくり回り込みはじめた。
(そうだ、こんなことしてるヒマなんかないんだ。一刻も早くスズナちゃんを助けに行かないと)
しかたがないのでツムリは逃げることにした。ノドチンコを振り回すオサムに急に背を向け駆け出そうとしたのだ。
すると待っていたかのようにオサムのノドチンコがうしろからまたしてもツムリの首に巻きついた。
(うっ、でもワンパターンだなあ)
ちっとも苦しくないツムリは、やむをえず自分の体をくいっと軽くひねった。
「おお!」
寄与瀬スピュータム学園の雑魚連中は目を見張った。ちょっと上半身を捻るようにしただけなのに、オサムの体はブーンと宙にもっていかれ、むしろオサムのほうがノドチンコに引っ張られるかのように振り回されたあげくスピュータム学園の四人の子分たちに激突した。
「どへぇーっ!」
計五人はボーリングのピンのごとくバラバラに飛ばされ、それぞれが塀や電柱や家の壁などに激突し、そのままバッタリ地面に倒れた。オサムのごときはノドチンコを口の中に収納することもできず、それは地面の上に赤く長いヒモみたいにしてぐったり動かずにいた。
ピタリ止まったツムリはこの光景を目にし、
(あれ? こんなにするつもりなかったんだけど……)
さすがに悪い気がして、そっとオサムに近づいた。
「あの……大丈夫?」
オサムは弱々しく顔を上げると、
「……負けたコラ」
そういったきり、またガックリと首を落とした。
ツムリは路上にだらしなくびろ~んと伸びたノドチンコを踏まないようにあとずさりしながら注意深くオサムの元を離れると、踵をかえしてとりあえず路上を走り出した。スズナを助けに行かなくてはならなかったからだ。
せっかく自分に驚異的なパワーが宿ったのだから、このチャンスを利用しない手はない。暴力はキライだけれど、このパワーがあればスズナちゃんを守ることができるかもしれない。ツムリはまたしても無敵のパワーが全身にみなぎるのを感じた。
とはいうものの、走るのはいいがスズナの家がわからない。騒ぎの起きていそうなところを探すしかない。
そのような頼りないことで大丈夫なのかツムリには心許ない気もしたが、ともあれ路上を駆けながらなんらかの変化を風景に見出すことに専念しようと思った。
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