【不満】
それにしてもツムリの脚力は今やとんでもないことになっていた。
運動会ではいつもビリだった彼が、気がつくと今ではあきらかに自動車より早い速度で走っていたからだ。あまりにもスピードが出すぎるので途中で力を抜きセーブしていたほどだった。
「待たんかいコラ」
後方から声がした。
走りつつ振り返ると、ミタラシオサムが超絶長いノドチンコを口から出してはカーブミラーや電柱や街路樹の枝や幹に巻きつけ、それを一気に収納させつつ前にグイッと出てくると同じことを繰り返し、足はほとんど使っていないのにすぐにツムリに追いついたのだ。
これにはツムリも思わず立ち止まってしまった。
「……おまえ、なんでそんなに強いんじゃコラ。おまえ何者なんじゃコラ」
「僕は、絵戸川ヒカップ学園二年T組のツムリケンジだけど」
そういうとふたたび走り出したツムリだったが、オサムが今度は走って追いかけてきたので、しかたなくジョギングのようにいったんスピードを落とした。
オサムは横に並んで併走しながら、
「おまえ、ヒカップ学園の『牧』なんかコラ」
「ぼく?」
「おまえ、いったい何を尻に挟んどんねんコラ。ちょっと俺に教えてくれへんかコラ。ひょっとしてナズナセリと同じもん挟んでんちゃうかコラ」
(……そうか、知らないんだお尻に挟んでるのが塩鮭だってこと)
というか、お尻に何かを挟むと人知を越えた能力を得られるという事実は知ってるんだ、とツムリは思った。きっとオサムも尻に何かを挟んでノドチンカーとしての能力を手に入れたのに違いない。
いったい何を挟むとノドチンカーになれるんだろう。
たぶんそれは誰にも知らせちゃいけない秘密なのだ。
秘密じゃなければ世の中にはもっとノドチンカーがうようよしてるはずだからだ。
塩鮭も同じだ。
(みんなが塩鮭の秘密を知ったら誰もがスーパーパワーの持ち主になってしまう。だからこのことは「秘密」でなきゃいけなかったんだ。状況が状況だったにせよ、よくセリが僕にそんなたいへんな秘密を気軽に教えたもんだなあ)
ツムリにはそのへんがちょっと不思議に思えた。
「それより」とツムリは話をはぐらかすように「それより頼みがあるんだけど」
「あ? なんやねんコラ」
「スズナちゃんを助けに行きたいんだ。家どこにあるか聞いてない? 実は僕、スズナちゃんの家を知らないんだ(片想いだし)」
「スズナちゃん? スズナちゃんて誰じゃコラ。ああ立皮フィーシーズ学園の連中がさらいにいったっていう女生徒のことかコラ。家の場所なんか聞いてへんぞコラ」
「スズナちゃんは絵戸川ヒカップ学園のマドンナなんだ。僕はどうしてもスズナちゃんをギンガってやつのなぐさみ者なんかにさせたくないんだ」
「おまえアホかコラ。俺らはそのギンガ様の子分やぞコラ」
それもそうだ。すっかり忘れていた。
「わかったよ」ツムリはあきらめた。「じゃ僕はもう先に行くから」
「待てコラ。おまえそんなボロボロの格好で行くのんかコラ」
確かにツムリの格好といえば、オサムのノドチンコ攻撃で服はボロボロしかも全身血だらけだ。
「でも時間がないんだ」
「よしわかったコラ。お詫びのしるしにおまえに協力してやんぞコラ」
「え」
お詫びってなんだ。協力ってどういうことだ。
「考えたら別に俺はギンガ様に、いやギンガの野郎に忠義を尽くす理由なんかないのんじゃコラ」
急に口調が変わった。
ツムリに併走しながら、オサムは急にギンガに対する文句を漏らしはじめたのだ。
「元はいうたらギンガのやつが湖の底から俺らの学園に攻め込んできて無理やり征服しやがったんやからのコラ。それまでスピュータム学園で俺らは平和な不良ライフを送っとったのによコラ」
「……へえ」
「ギンガのやつ、学園の自治権は俺たちに与えてやるっちゅうて約束したんやが、所詮はただの傀儡やったっちゅうわけじゃコラ。おまけにこないしてアゴでこき使われとるしのコラ」
「……はあ」
「俺らはあいつに逆らうと生きていかれへんから渋々従ってたまでのことなんじゃコラ。そやけどよう考えたらだんだんムカムカしてきたわコラ」
「……そうなんだ」
スズナを助けることでいっぱいいっぱいのツムリは、あまりまともにオサムの話を耳に入れていなかったが、それでもこれだけのことはわかった。どうも征服された三多魔エリアの各学園の不良たちは、ギンガの独裁に対して不満が鬱積しているらしい。力による無理やりの支配なんてそんなもんかもしれない。
「何が悲しゅうてギンガのハーレム作りにこっちが協力せなアカンのじゃコラ。俺らだけやないぞコラ、今ヒカップ学園の女生徒を拉致りに行っとるフィーシーズ学園の連中もきっとおんなじ気持ちじゃコラ」
(だったら)胸中に希望の光が点る。(誘拐はくいとめられるかもしれない)
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