【惑星】
あっというまだった。
スカイハイツリーはスズナを縛りつけたまま、肛門の中のブラックホールの中へと、消えた。
「スズナちゃーん!」
まともな別れもできなかった。こんなあっけない最後なんてあるもんか。見ろ。何も起きやしないじゃないか。相も変わらず肛門はいろんなものをブラックホールに吸い込み続けているじゃないか。そうだこうしちゃいられない、早くスズナちゃんのあとを追わなくちゃ。
ツムリが抱えていた疣痔から両手をパッと離そうとしたその時だった。
「やめろ!」
すぐ耳元で声がした。
えっ、となったツムリはふたたび緩んでいた両手に力をこめ、周囲を見回した。
「誰? うわっ!」
あまりの驚きに、ツムリはまたしても両手を離してしまいそうになった。
ツムリのすぐかたわらに浮かんでいたのは、大きな丸いかたまり、一見したところ、ミニ惑星のようにしか思えない球体だったからだ。
土星のような輪っかをつけているからより惑星っぽく見える。そいつが兄の肛門の吸引力に平然と抗している。大きさはツムリの顔の五倍くらいだった。
「あなたは……誰?」思わずそう聞いていた。
「詳しい名称は略させてもらう。見ての通り俺は惑星だよ」
やっぱり。
「でも……なんでこんなところにいるの? 惑星がなんでしゃべってんの?」
「おまえ、見たか。星の配置をバラバラにされたろう」
ああ、確かに見た。あれでギンガの、いや兄の驚異的なパワーをまざまざと見せつけられたのだった。
「あんなことしたらダメだろう、え、おい。ダメダメすぎるだろう。管理組合もカンカンだ」
「管理組合……」
「星々の管理組合だよ。あんなことをされた日にゃ、そら星もしゃべらざるを得んよ」
「そうなんですか……」
「きみはなんだか今、すごくお取り込みのようだな」
「はい! 手を離すとブラックホールに吸い込まれるもんですから!」ツムリは答えた。
でも、惑星とこんな会話するなんてあまりにも滑稽だ。どうかしてる。こんなところにわざわざ出向いてくるミニ惑星もどうかしてる。兄によってもう完全に宇宙は調子を狂わされてしまったらしい。
「それで」とツムリは聞く。「僕に何か用ですか?」
「きみが抱きしめているその隕石だよ」ミニ惑星はいった。「ヘモロイド小惑星のかけらに違いない。そいつのおかげで宇宙の法則や秩序がメチャクチャに壊されてしまったんだ。そいつを切り離して宇宙に持って帰る」
この疣痔のことをいっているのか。
確かにこいつを切断することさえできればそれがベストだ。でも……。
「そんなこと、できるんですか! どうやってやるんですか!」
「きみに協力してほしい。まずは俺のこの輪っかを外してくれ」
「え、どうやって……」
「どうやってって……ただ手で外せばいいんだよ」
「今、手がふさがってるんですけど!」
「片手ではずせばいいだろう!」
ミニ惑星の口調に、ちょっとイラッとしたものが混じってきた。
「外してどうするんですか!」
「きみのしがみついている隕石の根っこをこの輪っかでキュッと縛るんだ」
「ああ、疣痔の根っこを輪っかで縛るんですね!」
その話なら聞いたことがある。あれは誰からだったか。そうだ、父だ。父親が疣痔になった時、病院でゴム状の輪っかで根っこを縛って、一週間くらいしたら自然にポロッと取れたっていってたっけ。
確かに輪っかのサイズはこの疣痔にちょうどピッタリかもしれない。
「血が通わなくなったら疣痔は悲観してみずから死を選ぶ」ミニ惑星はいった。「つまり疣痔のアポトーシスだ」
「わかりました。やります!」ツムリは決意した。
慎重にやらないと、片手を離したとたんに尻穴に吸い込まれてしまう。ツムリは何度も右手を離しかけては止め、離しかけては止め、を繰り返した。
「早く早く」ミニ惑星がさらにツムリのそばまで近寄ってきて、輪っかを取りやすいように頭を傾げてきた。
ようやくのことでツムリはミニ惑星の輪っかに右手をかけた。特に熱くもなく冷たくもない。
「じゃ、はずしますよ!」
「ああ、一気にやってくれ」
ほんとにいいのかな、この人の星としてのアイデンティティはどうなるのかな、と余計な考えもチラと浮かんだが、ツムリは思い切ってスルリと輪っかを惑星から抜いた。
簡単に外せた。
あとはこいつで疣痔の根っこを縛るだけだ。
ツムリはグイと輪っかを疣痔の頭に押しつけた。そのまま力をこめて根っこまでずり下げるのだ。
ある程度まで輪っかがはまり込むと、ここからは両手で力いっぱい輪っかを押さえつけた。
ズリズリズリと少しずつ輪っかが下がってきた。
「……くっ」
その様子を見ていたミニ惑星が、突然体をふらふらさせはじめた。
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