【究極のパワー】
そう、兄が尻の割れ目をおっぴろげて肛門を丸見えにさせているということは、そこにアイテムが何も挟まっていないことを意味する。現に兄は何も尻の割れ目には挟んでいない。
究極のアイテムとやらはどこにあるんだ。
いや。違う。そうじゃない。
目をこらしてよく見てみると、肛門の一部に赤黒い突起物があった。
「あれだ! あれを挟んでいるんだ!」
違う。挟んでいるんじゃない。
「あれはひょっとして……疣痔?」
そう、疣痔の現物を自分の目で見たことはないが、見るからに疣痔っぽい。
「兄さん! 疣痔なの?」
思わず聞いてみずにはいられない。
自分は兄の巨大な疣痔を目の前にドアップで見せられているというのだろうか。
いったいなんていうシチュエーションなんだろう。ツムリはますます混乱して気を失いそうになった。
「ハハハハハ。そうさ、疣痔さ。でもただの疣痔じゃないぞ。もともとこいつは隕石だったんだよ」
「隕石?」
「そうさ。未知の宇宙からやって来たな。俺はたまたまそいつを拾って尻に挟んだんだ。別れの前に弟のおまえにだけ教えてやるが、これが俺の究極のアイテムだったのさ。今じゃこの隕石、俺と一心同体となり疣痔と化した。そうして俺はここに覚醒したってわけだ。宇宙の法則を自由に変えることのできる超人としてな。見てるかケンジ、俺のこの肛門を」
「兄さん、ずっと見てるよ!」ツムリは精一杯叫んだ。
「俺の肛門はブラックホールの入り口だ。今からここにおまえを吸い込んでやる。一瞬でおわるから安心しろ。苦痛などみじんもないぞ」
「兄さん、やめて!」
「……さよなら、ケンジ」
そういうと兄は、それきりもう何も語りかけてこなくなった。
それと同時に、ツムリの目の前の肛門がヒクヒクと痙攣しはじめた。
かと思うと、肛門はガバと黒い穴を大きく広げ、圧倒的な吸引力でこの世の中ありとあらゆるものを吸い込みはじめたのだ。
大気がゴーッと音を立て、都会のおびただしい瓦礫がアナルホールの暗闇の中に消えていく。
ツムリじしんも一瞬で吸引されそうになり、偶然にして間一髪、ピタッと兄の肛門皺に張りついた。もう目と鼻のすぐ先がブラックホール、つまり兄の尻の穴だ。ツムリは間一髪のところで兄の疣痔に抱きついていたのだった。
手を離したが最後、ツムリはブラックホールに吸い込まれて世界からサヨナラだ。兄をこのままにして弟の自分がお陀仏になるわけにはいかない。東恐がこんなことになったのも、宇宙の星の配置が変わったのも、もとはといえば今までずっと兄の苦悩に気づかなかった自分の責任のような気がしてしかたがなかった。もっと早く兄の悩みに気がついていれば、こんなことは未然に防げたかもしれないのだ。だから自分にも責任がある。今死ぬわけにはいかないんだ。
「そうだ。この疣痔さえなんとかすれば!」
よく考えれば、兄ツムリケンイチに究極のスーパーパワーをもたらせているのは、元は隕石だったというこの疣痔だったのだ。こいつを取り去ってしまえば兄はふつうの人間に戻れるはずなんだ。
(でもどうやって?)
今、ツムリケンジは必死になって吸い込む力に耐えるために当の疣痔にしがみついているのだから、これを取り去ってしまうことなどできない。いわば命綱だ。また素手で簡単にちぎれるとも思えない。
「……それでも、何か方法があるはずだよ。もうあんまり時間は残されてなさそうだけれど、なんとか知恵をしぼっていろんな可能性について考えるんだ」
でも、この状況下で頭なんかまともに働くわけがなかった。ツムリの体は尻の穴に吸引されようとしてほとんどが宙に浮いており、疣痔にしがみつく自分の腕だけが頼りだった。足先はもう、ブラックホールの入り口が迫っている。絶体絶命だった。
目を閉じると、ツムリの瞼にスズシロスズナの可憐な笑顔が去来した。
(スズナちゃん、ぼくはもうダメみたいだ……。きみはいったいどこにいるの?)
「ツムリさん! ツムリさん!」
スズナの声が風に乗って聞こえたような気がした。
(スズナちゃん……どこにいるの……?)
「ツムリさん! ツムリさん!」
「……え?」
ツムリは我に返った。
パッと目を開ける。
気のせいか?
何しろ風の轟音がすごく、依然として兄の尻の穴は都会の瓦礫をひっきりなしに吸い込んでいるので、スズナの声はその中にまぎれた幻聴のようなものだったかもしれない気がする。
「ツムリさん!」
でも、今度ははっきり聞こえた。
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