【秘密】
「フェミな男子高校生だったころの俺は、ある時不良どもに攻撃的で卑猥で差別的な揶揄を受けたのさ。本気で恐怖を感じた俺は、手作りのハンドグリップを開発して、そいつを尻に挟むことにしたんだよ。尻の頬の筋肉を必死に鍛え、また平時でも常に何かを尻に挟んでいることで緊張を保ち、万が一不測の事態に襲われても、決して貞操を汚されないように対策をおこたらないようにしてたってわけだ。なんて滑稽で涙ぐましくて屈辱的な話か。思い返すだけで震えが来る」
「……」
ツムリはすっかり混乱していた。刺激が強すぎて、目がくらくらしてそのまま地上に落下していきそうな気がした。それが……能力発見のきっかけだったなんて……。兄が僕の知らないところでこんな闇を抱えていたなんて……。
「これら一連の過程で俺は意外なことを発見した。尻の割れ目に挟むアイテムによっては不思議な能力が自分の肉体に宿るということにだ。こうして俺は好奇心にまかせてありとあらゆるものを尻に挟んでいった。何を挟むとどのような能力を得られるかを綿密に研究した。そこで発見したのさ、焼いた塩鮭の切り身を挟むと、ふつうの人間の何百倍ものパワーが得られることをな」
「……」
「もちろんその時はまだ俺の中で『益荒男』はおとなしくしていたから、この不思議な事実を俺は封印した。後年役に立つ日が来ようとは夢にも思わなかったけどな。ハハハハ」
「……」
「そうして今の俺はとうとう塩鮭どころじゃない究極のアイテムを発見した。今この瞬間、俺は完全に覚醒した。学園抗争の覇者になるどころか宇宙の支配者にだってなれる。おまえたちが三多魔エリアをウロウロしてるあいだに、俺は一瞬にして二十三区を灰燼に帰してやったよハハハハ」
「ひどい……ひどすぎる……」
ツムリは絶望的な声を漏らした。
「父さんと、母さんも巻き添えにしたの?」
「しょせん親はいつか乗り越えていかなければいけないものなんだよ」
「兄さん……やっぱり間違ってるよ。絶対正しくないよ。誰に対してもやさしかった兄さんはいったいどこに行っちゃったの?」
「おまえのいうやさしさは今の俺にとっては軟弱という意味だ。そんなものは俺の中からすっかり駆逐された。おまえ『雌雄を決する』という言葉の由来を知ってるか。あれは宙国前環時代の血馬遷の『支記』の中にある『候羽本紀』に出てくる候羽のセリフだ。つまりライバルの龍邦に対して、戦って勝った者がオス、負けた者がメスだといってるんだよ。つまり女は負け犬と同義だということさ。わかるか。戦いにおいて負け犬は死ぬしかない。古代より勝ち残るのは常に男でなければならなかったんだ。それが今現在に続く歴史認識なのさ」
「それが東恐を滅ぼすこととなんの関係があるの」」
「ちいさなことをいうな。東恐など全宇宙にくらべれば塵にも値しない。俺のハーレムは三多魔エリアを越えて、このネオ国立競技場を起点に宇宙ぜんたいに広げるんだ。やがては俺の子孫で全宇宙を埋め尽くされることになるだろう。ケンジ、豊富秀芳の素ノ股城のことを思い出してみろ。一夜で築かれた城のことを。あれは伝説でもデマでもなんでもない真実のことなんだよ。秀芳は一夜で城を築けるアイテムを尻に挟んでいただけの話さ。俺も秀芳と同じものを挟んで一晩でこいつを完成させた。見事なもんだろ。荷本の国家予算の何百倍は確実にかかるしろもんだ。俺のハーレムパレスが貧相な作りだと沽券にかかわるからな。しかしもうそんなことは覚醒した今の俺にはどうでもいいことになったがな」
「……兄さん、もう本当に兄さんは元には戻らないの?」
「残念だが、おまえともこれでお別れだ」首を振り振り無念そうな表情を作ってみせながら兄はいった。
「俺は、もうこれ以上、軟弱なおまえを見ていることに耐えられない。まるでかつての俺を見ているようだ。そろそろ別の世界に行ってもらおうか」
「兄さん……」
「心配するな。あんまり苦しまないようにしてやるよ。そろそろ話は終わりだ。最後におまえとじっくり話せてよかったよ。おまえが塩鮭を尻に挟んでいるのは知っている。にもかかわらずおまえの中の『益荒男』が覚醒しなかったのは兄としてとても残念だよ。じゃあな。お別れだ」
そういうと兄のツムリケンイチは、少し首をうしろに曲げ、体を回転させようとした。
「待って! 兄さん、まだ聞きたいことがあるんだ」
「なんだ、ケンジ」ピタリと止まった兄はツムリを見た。
「スズナちゃんは……スズナちゃんはどこにいるの? スズナちゃんはどうなったの? 兄さんは知ってるんだろ? 兄さんはスズナちゃんになんの用があったの?」
ふとケンイチの表情が変わった。
「おまえには関係ない。もう本当に話は終わりだ」
「兄さん!」
しかし兄は二度とは聞く耳を持たず、全裸の巨大な体をゆっくりとうしろ向きに回転させた。
ツムリ弟は手足をバタバタ動かすが、空中高くぶら下がる感じになっているのでまともに動くことができない。
やがてツムリ兄は、銃口を向けるかのごとく、おのれの肛門を実の弟の真正面に対峙させた。
兄の格好といえば泌尿器科の病院のベッドで両足を高々と差し上げている患者と同じだった。
洞窟のような暗闇をその奥にたたえた兄の肛門が、ツムリの眼前に広がった。周囲には一本の毛も生えておらず、臀部じたいもツヤツヤ輝いていた。
(……これはどういう意味?)
弟に巨大な肛門を見せて、兄はいったい何がしたいんだろう。ツムリは首を捻らざるをえない。なんにしても、このあとロクでもないことが起こるのは容易に想像できた。
「あれっ? でも……」
ツムリは急にあることに気がついた。
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