【告白】
少年は、ちいさなころから自分のことを女の子だと思っていた。
髪を伸ばしてスカートを履くと、色白の肌とつぶらな瞳のせいもあって、まわりにいるほかのどんな女の子よりも目立ち、近所の人びとはその美少女ぶりに驚嘆したものだった。本人がよろこぶならと、おっとりした性格の両親は特に考えもなく少年の好きなようにさせていた。
ところが小学校に上がるころになると、あからさまに周辺から浮きはじめ、今度は好奇の目で見られるようになってしまった。花や人形、鳥や雲を愛する繊細な性格も災いし、とうとうイジメの対象になってしまった。
自分の女装に原因があることを知った少年は、以来、自分じしんの性癖を心の奥に閉じこめるようになった。イジメられたくないというよりかは、周囲の者たちと軋轢を生じさせたくない、自分のせいでマイナスの空気をそこに発生させたくないという心配りからだった。
そうして「マイナーな存在」ではないという点においてノーマルな少年となった彼は、日々の生活に居心地の悪さを感じつつも、デリケートでセンシティヴな内面はそのままに、偏向的な世間の目に性格を歪ませることもなく、自分と同じように気弱でやさしい弟を大事にしつつ、自分の内なる「手弱女」の部分をたいせつに育みながら成長していった。
「……」
ツムリはただ、兄の話を唖然と聞くのみだった。
そんな苦悩があったなんてちっとも知らなかった。自分はずっと身近にいたはずの兄について何も知らなかった。弟によけいな心配かけまいと兄なりに努力していたのかもしれない。たったひとりの弟なんだから打ち明けてくれればよかったのに。でも、そんな兄の心くばりに弟のツムリケンジは胸をつかれた。
そうして大学入学とともに東恐を離れて北階道でひとり暮らしをはじめた彼、すなわちツムリケンジの兄ケンイチは、ネットを中心とした交友関係を広げる中で、女装を趣味とする同世代の仲間が結構いることに気がついた。
彼の中にふたたび女性化に対する欲求が高まってきた。おりしも世の中の偏見も昔とくらべてずいぶんと緩和されてきていた。彼は嗜好を同じくする仲間とともに女装サークルを作り、それまでおさえつけてきたものを一気に解放するかのように自分のなかの女性を表に出していくようになっていった。
しかし、そんな彼に変化が生じた。
長年おさえつけていた内なる「手弱女」を完全に解き放つと、今度は知らないあいだにいつのまにか成長していた心の中の「益荒男」の部分が「手弱女」に反抗するようになってきたのだ。
「手弱女」を嫌悪する「益荒男」が彼の中で暴れはじめた。
男のくせにその女々しさはなんだ、それでおまえは恥ずかしくないのか、おまえは曲がりなりにも男ではないのか。
彼は自分の中でできたふたつの両極端な個性のぶつかり合いに苦しむようになっていった。見た目にはふさぎ込むことが多くなり、親に黙ってとうとう大学も休学し、ひとりアパートの部屋で七転八倒するまでに悪化した。
とうとう彼の中で「益荒男」が「手弱女」を打ち負かした。「手弱女」は原形質のかたちでツムリケンイチの心から放り出されてしまったのだ。
「手弱女」というブレーキをなくした「益荒男」は際限なく増長しはじめた。ずっと自分の中で大部分を占めていたやさしい「手弱女」を嫌悪する気持ちが激しくなり、これまでの反動で、ひたすら彼はタフでマッチョな自分を目指しはじめた。
「だから……三多魔エリアの女の子たちを次々にさらって究極のハーレムを作ろうとしたの?」
兄は邪悪な笑みを浮かべたまま答えない。
「……俺はそれから北階道を飛び出て、さらに益荒男としてのアイデンティティを強固なものにすることにした」
ツムリケンイチは続ける。
「目指したのは、そう、東恐のすみっこ、奥多魔ダイアリア学園だ。あそこは全国の不良を更正させるための全寮制の高校と銘打ってはいるが、じっさいにはゴミを社会から隔離して閉じこめるための監獄だ。逆にいえば治外法権エリアだ。俺はそこに高校生としてもぐり込み、おりしも三多魔エリアで盛んだった学園抗争を利用してゆくゆくは天下を取ろうともくろんだのさ。特に例の能力を発見してからというものはな」
「例の……能力」
お尻の割れ目に何かを挟むと特殊な能力が発揮できる、例のあれのことをいっているのだろうか。
そういえばどうして兄はどうやって尻の秘技を知ったのだろうか。
「偶然さ」ケンイチは弟の心の声が聞こえたかのようにまたしてもニヤリと笑った。
「俺は美少年だったからな。聞きたいか。どうして俺が例の能力のことに気づいたか」
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