【星空】
おびただしい瓦礫、ひしゃげた線路、倒壊した高速道路、瓦礫に埋もれた車。大地そのものも結構凹凸が多い。
自分たちが鉢王子市から檜腹村と三多魔エリアで血みどろの戦いを繰り返しているあいだに、ギンガはとっくに二十三区を壊滅させてしまったのだろうか……。もしそうなら、これだけくっきり地平線が見えているということは、相当な範囲がやられてしまったはずだ。
「スズナちゃん!」
アッとなり、思わずツムリは大声で叫んでいた。急に叫んだので皆がビクッとなった。
「……なんやねんコラ」
「スズナちゃんがいない!」
その言葉に一同がまわりを見回す。
スズシロスズナの姿だけ、そこにはなかった。
環境の激変のおかげでぜんぜん気がつかなかった。なんという失態だ。ツムリの顔から血の気が引き、そこらじゅうをウロウロした。いない。どこにもいない。
「僕のスズナちゃん!」ヒロシも叫びつつ、同じようにウロウロしはじめた。
「クソ! うかつだった……。すっかり建物に気を取られてしまったわ。私としたことが、恥ずかしい……」セリの表情も険しい。
「ああ」ツムリはがっくりと頭を垂れた。「どうして、どうしてすぐに気がつかなかったんだろう。スズナちゃん、とうとうギンガに捕まってしまったんだ」
「おいおいおいおい。あいつをギンガに取られたらこっちに勝ち目あれへんやんけコラ」オサムがあわてた声を出す。癒しの蜜のことを指してそういったようだ。
すっかりお手上げといった感じで、一同は脱力したようにその場に立ちすくんだ。
「あ、流れ星……」
放心状態で夜空を見上げたヒロシがつぶやいた。「今、流れ星が……。ひょっとして……僕のスズナちゃんは、星に……」
「やめてよ。変なこといわないでよ……」みなまでいわせずツムリがヒロシの言葉をさえぎる。
「あれっ?」
とつぜんヒロシが目を剥いた。「ど、どういうこと?」
「どないしたんじゃコラ」オサムがヒロシの横に来て一緒に夜空を見上げる。
「ほ、ほら、あの流れ星、おかしいよ」
ヒロシの言葉につられ、一同が空の一点に注目した。
流れ星は、一瞬にして消えるどころか、夜空の中をまるで光る虫みたいに縦横無尽に飛び交っているのだ。
「ボケ。あれは星ちゃうわボケ」熊がいった。
「えっ、でも」
「星があんな動きするわけないと思っていてぇ」アザミが苦い顔で熊に同調した。
「あ……、じゃ……あれは……?」
ふるえる声でヒロシは別の一点を指さした。
もうひとつ、別の星が同じような動きを見せはじめたのだ。
「……」
「なんじゃあれはコラ。どないなっとんねんコラ」
ほかの皆はぽかんと口を開けている。
そればかりではなかった。
今までずっと不動の定位置にあった星たちが、あそこにも、またあそこにもといった風に次々に自由に、そして狂ったように疾走しはじめたのだ。
「おいおいおいおい! いったい何がはじまるんじゃボケ!」熊が真上を見ながらひっきりなしに首を動かしている。
やがて他の星々に促されるかのような感じで、それまで動かなかった大部分の星たちも付和雷同、一気に夜空を飛び交い出し、宇宙の秩序をいっぺんに崩壊させ出した。まるで無数の星たちのひとつひとつに、それぞれ違った自我が急に目覚めたかのごとくだった。
「あ……」
ツムリの全身はガタガタと震えはじめた。他の連中も目を剥き出している。
どうなっているんだ……。
ツムリにしてみれば、夜空にこんなにたくさんの星が輝いていることじたいが怖い感じだったのに、それらが次から次へと縦横無尽に夜空をかき回しはじめたら、両足がすくんで動けなくなるのもとうぜんのことだった。
「何が起こったの? と思っていてぇ」アザミが天空を見回しながら震えた声を出す。
「ギンガ……」
セリもやはり呆然とするばかりだ。
オサムと熊は、互いになかよく口をぽっかり開けながら二の句も告げずに呆然と立ちすくむのみだった。
「ああっ、北都七星が!」またしてもヒロシが叫んだ。
とうとうひしゃくのかたちをした星座もバラバラに解体しはじめた。北都七星を構成していた七つの星々は、もうこれ以上星座の一構成員でいることに耐えられないとばかりに、自由に踊り出したのだ。
北都七星ばかりではなかった。太古の昔から悠久のロマンをたたえてきた星座はどれもこれも次々に解体していき、くっきりと見えていた亜麻の川も水の中を引っかき回したかのように渦を巻いたかと思うと、夜空いっぱいに雲散無償していった。
と、唐突に地球も仲間入りした。
いきなり猛スピードで宇宙を疾走しはじめたのだ。
「うわあーっ!」
「ギャーッ、ボケェーッ!」
「どへコラーッ!」
あっという間だった。
あっという間にヒロシと熊とオサムがこの場から姿を消した。
瞬時にして点となり夜空の彼方に消えた。
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