intermission4: 大事な君

 ラサラスが困った顔で塔にやってきたのは、まだ太陽が空にいる昼間のことだ。シャートは部屋でぐっすり眠っているし、僕も今から村に帰るところだった。

「どうしたの、ラサラス。随分変な顔しているけど」

「変な顔は余計だ。まぁ、実際ちと困っている。……この星を、どこに届けたらいいもんか分からなくてなぁ」

 その手の中には、布に包まれた星が一つ。昨日の早朝に落ちた星だ。すぐにシャートが届ける先の村を教えていた。

「え、でも……誰の星か分かっているんでしょ?」

「んー……だが、孤児だったらしくてな。孤児院の先生には会ったんだが、どうも渡す相手ではないような気がして」

 顎の無精ひげを撫でながら、ラサラスは首を傾げた。僕はこっそりと笑みを零した。ラサラスのこういうところが僕は好きだ。星を渡す相手を、星のことを、ちゃんと考えている。孤児院の先生に渡して済ませる星拾い人もいるだろうし、このまま諦めて帰らずの星にする人もいるだろう。

「そっか。じゃあ、僕が預かるよ。今日の晩に、シャートと一緒に届けてくる」

 ようやく眠ったシャートを、今から起こすわけにはいかない。本当なら起こしてすぐにでも届けるほうがいいのかもしれないけれど、ただでさえ星を届けに行くことで、シャートの身体に負担のかかる日が続いているのだ。眠れる時には寝かせておかなければ。

「最初はいい顔していなかったくせに、最近じゃあすっかり一緒になって星を届けているんだな」

 丁寧に星を渡しながら、ラサラスがにやりと笑う。ナシラは相変わらずいい顔をしないけれど、最近では小言もなくなった。言っても無駄だと思われているんだろうな。

 シャートの身体の弱さを考えれば、良いことではないのだろう。けれど。

「……シャートがやりたいなら、僕は好きなだけ付き合うよ」

「おまえはいつもそうだな」

 呆れたようにラサラスが呟いたけれど、僕は笑って受け流す。だって僕はシャートのために生きることを、少しもおかしいことだと思わない。

「……たまには、自分のために何かすることも重要だぞ。アルコル」

 くしゃりと頭を撫でられて、子ども扱いだな、と思う。もう僕も大人になったというのに、ラサラスにとってはまだまだ半人前だということなのだろうか。

 僕の手に預けられた小さな星のぬくもりがてのひらに伝わる。とくん、とくん、と鼓動を打つようなあたたかさを、僕は静かに見下ろした。




 夕方になって、起きてきたシャートに事情を話して怒られたのは、びっくりするほど予想通りだった。分かっていて、シャートを起こさなかったのだ。だって僕にとってはこの星を早く届けることよりも、シャートに睡眠をとってもらうことのほうがはるかに重要だったから。

 けれどシャートには「どうして起こしてくれなかったの!」と怒鳴られてしまった。食事もとらずに、すぐに届けるよ、とシャートは僕を急かす。

「アルコルだって、大切な人には早く会いたいって思うでしょ? こういうことは後回しにしちゃダメだよ」

 星を届けに行く道で、シャートはぷんぷんと怒りながら僕にお説教していた。心なしかいつもよりも速足で森をずんずんと進む。

「間に合うかなぁ」

「……何に?」

 シャートは、必死で何かに間に合わせようとしているようだ。空に浮かぶ月は少しずつ傾いているけれど、まだ夜になったばかりで、焦るような時間ではない。

「今日中に、届けなきゃダメなの」

 届ける星を大事そうに握り締めながら、シャートは答えた。おそらく星からの声を聞いたんだろう。

「大丈夫、まだ余裕があるよ」

 だから少しゆっくり歩こう? そう言ってもシャートは速度を緩めない。本当に頑固者だ。星を届けることは大切なことだし、星の想いを汲み取るのも重要だと思う。

 でもね、シャート。僕にとっての一番は君だから、どんなことを後回しにしたって、僕は君のことを優先するんだよ。



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