intermission3: 捜し物のそのあとで
突然シャートが星を探すのをやめ、どこかへと歩き始めた。森の中で会ったラサラスが怪訝そうな顔をすると、シャートは「カストルさんの星はもう探さなくても大丈夫だよ」と笑う。シャートを一瞥したあと、ラサラスは何も問わず、星拾い人たちに捜索の切り上げを指示した。星拾い人たちが森から出て行く中、シャートは塔とは別の方向へと歩いていく。そろそろ戻らないと、またナシラから怒られるっていうのに。
「シャート、どこに行くの」
迷いなく進むシャートを追いながら問いかけるけれど、彼女は答えない。ずんずんと進んでいく小さな背中に僕は苦笑して、大人しくついて行った。
深い夜の森の中で、水の匂いがする場所に出たかと思うと、そこにはずぶ濡れの女性が座り込んでいた。さきほど会った、カストルさんの婚約者だ。
「……星、見つかったんですね」
シャートの言葉に驚いてサディルさんを見ると、彼女の手の中には光る何かがあった。シャートはゆっくりと彼女に歩み寄り、自分の羽織っていた藍色のマントを肩にかける。
「カストルさんはきっと、あなたに見つけて欲しかったんですね」
何かを確信するかのように、シャートが告げた。サディルさんはなんと答えてよいのかもわからない様子で、シャートを見つめた。
ここ数日間、懸命にカストルさんの星を探していた星拾い人からすると、はた迷惑な話だ。けれどサディルさんはシャートの言葉にぽろぽろと大粒の涙を零し始める。
シャートはそれだけ言うと、満足したように踵を返す。サディルさんを放っておくのはどうかと一瞬思ったが、僕の天秤はシャートの方が圧倒的に重い。それに、きっと一人で泣きたいのだろう。流れている涙は、悲しみだけではないような気がした。
「……シャート、こうなること分かっていたの?」
嬉しそうな背中に問うと、シャートは振り返りながら「なんとなくね」と答えた。
「確証はなかったけど、まるで隠れているみたいだったから。カストルさんの星は、ずっとサディルさんを呼んでいたし」
「だからさっきも、サディルさんの名前がわかったんだね」
シャートが見知らぬ人の名前を知っているときは、たいていが星の声から得た情報だ。だから驚きはしなかったけど、いつも不思議だなぁ、とは思う。
「うん。それに、たぶんサディルさんにとっても必要なことだったんだよ」
「何が?」
「カストルさんの星を探すこと」
あんなにびしょ濡れになってまで、探し出すことがあの人には必要だったんだろうか。もう少しすれば、星拾い人が見つけたのではないだろうか。僕にはいまいち納得できなかった。
「……そうなのかな。そういうもの?」
首を傾げる僕を見て、シャートはくすくすと笑う。
「そういうものだよ」
少し大人びたその笑顔に、僕はなぜか不安になった。今までずっと一緒にいたシャートが見せたことのない顔だ。隣にいるはずのシャートがどこか遠く感じて、僕は立ち止まった。
「アルコル? どうかした?」
振り返ったシャートは、いつものシャートだ。渦巻いていた不安がさぁっと吹き飛んで、僕は「なんでもないよ」と笑った。マントのないシャートの肩は寒そうで、僕は自分のマントをシャートの肩にかける。
「いらないよ、アルコルが風邪をひいちゃうでしょ」
シャートはすぐにでもマントを返そうとするけれど、僕はそれを阻止するように彼女の両肩に手を置く。
「シャートが風邪をひく方が一大事だよ。僕は男で丈夫だからいいの」
そう諭しても、シャートは不満げに頬を膨らませる。
「……今日はいっぱい歩いたから疲れちゃった。アルコル、おんぶして」
小さな子どものように我がままを言い始めたシャートに苦笑しながら、はいはい、と僕は頷く。細いシャートを背負うくらいなんてことはない。
ふわりと軽い身体をおぶった。背中があたたかい。シャートは大きな藍色のマントで、僕まで包むようにか細い腕を首にまわす。ああ、これがしたかったのか、と僕は微笑んだ。
「これなら、二人とも寒くないでしょ?」
耳元で囁くシャートにそうだね、と返して、僕はゆっくりと塔への道を歩いた。背中に感じるぬくもりだけでも、充分にあたたかいなって思いながら。
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