intermission2: 満天の星の中の、ただひとつ
「お二人とも、何を考えていらっしゃるんですか!」
塔に戻ってすぐに、予想していたとおりナシラの雷が落ちた。
シャートは僕の背中に隠れ、びくんと身体を震わせる。じろりと睨んでくるナシラに僕も思わず姿勢を正した。
「巫女様が塔から抜け出して、星を届けに行くなんて! 前代未聞です、ありえない! 万が一のことがあったらどうなさるおつもりですか!」
「だからこそ僕も一緒について行ったんだよ。無事だっただろ?」
「結果論でしかありません」
ばっさりと切り捨てられ、僕も苦笑する。だいたい、アルコル様では護衛にもなりません、とナシラも手厳しい。
「もう二度と塔から抜け出したりしないでくださいね、こちらの寿命が縮まります!」
僕の後ろでシャートが小さく「ごめんなさい」と答えたのを聞いて、ナシラはふん、と部屋から出ていく。でもシャートの食事はしっかりと用意されているし、ナシラも心配してあんなにカリカリしていたんだろう。
これっきりにしないとね――なんて言ったところで、シャートはまた何かあればこの塔を飛び出すだろう。そして僕もシャートが喜ぶと思うと、ついつい手を貸してしまうのだ。兄妹が一緒にイタズラを仕掛けるように。
「……みんな、星詠みの巫女は死を予見できるって思っているんだよね」
――星詠みの巫女がなんだ。死ぬって分かっても、星が落ちるって分かっても、助けてくれないくせに。きっと、シャートはあの少年の言葉を思い出しているんだろう。
「本当に、人が死ぬって事前に分かればいいのに」
そうしたら、悲しむ人は少なくなるのに。シャートは風の音でかき消されてしまいそうなほどに小さく、そう呟いた。
ああ、やっぱり連れて行くべきではなかったのかもしれない。シャートが悲しむようなことを目の当たりにするのなら、塔の外のことなど知らない方が幸せだろう。僕がいくらそう願っても、シャートは好奇心を隠さない。小さな塔の中に、森の中に、閉じこもっていてくれない。
ならば僕にできることは、ひとつだけだ。
「……星詠みの巫女のことを、島民はよく知らないからね。でもシャート、勘違いしたらダメだよ。君の仕事は、星の声を伝えることなんだから」
シャートの青い瞳が僕を見つめてくる。まるで僕の紡ぐ言葉を静かに待つように。
「君の仕事は、人のいのちを救うことじゃない。亡くなった人の言葉を伝えることだ。だから、あの子の言ったことを気にしなくていいんだよ」
助けられたかもしれない、と嘆くのは僕らのすることじゃない。どう足掻いても、星詠みの巫女や星拾い人は人々の悲しみから離れられない場所にいるけれど、純粋な喜びだけを届けることはできないけれど、それでもきっと、届けた星と共に何かは届いているはずなのだ。
星のかがやきは、何かを伝えているはずなのだ。
「……見て、アルコル。星が綺麗よ」
シャートは話を誤魔化すように、夜空を指差した。つられるようにして見上げると、雲のない空で数多の星たちがきらきらと輝いている。
「今まで私は、星の場所を、星の名前を、告げるだけで何もしてなかった。星拾い人は、こんなにつらいことをしていたんだね」
まるで今までの自分の無知を悔いるように、シャートは呟く。
「つらいけど、とてもやさしいことだよ」
僕はそう言いながら、シャートの手をぎゅっと握った。受け取ったことがあるから、僕は知っている。届けられた星の重みも、いとしさも。
「……そうだね」
シャートは僕を見て笑った。小さな花が綻ぶような、そんな笑顔だ。僕はシャートの笑顔を見るだけでしあわせだ。心の奥があたたかくなる。
「私は、私に出来ることをすればいいんだよね」
「シャートにしか出来ないこと、だよ」
言い直すと、シャートはくすぐったそうに笑う。
僕が悲しい時はシャートが笑って、シャートが悲しい時は僕が微笑む。いつもそうやって慰め合ってきた。悲しいこともうれしいことも、シャートと分け合ってきたと言っても過言ではない。
「今日届けた星はね、いつも二つ寄り添って輝いていたの。同じ大きさ、同じ光で。珍しいなぁって思っていたから、よく覚えているわ」
見つけやすい星だったんだろう。夜空を見上げるシャートはその星を探すようにじいっと目をこらした。しかし少しして悲しそうに目を伏せる。
「……でも残念ね。もうどこにあるのか分からなくなっちゃった」
シャートの呟きは、闇の中に静かに溶けていった。寂しそうなその呟きに、僕はシャートの手を強く握りしめる。
星詠みの巫女は、星が落ちるのを予測できない。落ちた瞬間に、はっとしたように空を見上げる。そしてその星のささやかな声を聞くしかできないのだ。長年シャートと過ごしてきた僕は知っているけれど、多くの島民はそんなこと知る由もない。星詠みの巫女は、それだけ遠い存在なのだ。
俯いたままのシャートを見下ろしてから、僕は夜空を見た。片割れをなくした星が、今も強く輝いてくれることを、ただ願うしかなかった。
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