Day12

 涼介は夢を見ていた。夢の中では、自分が歯車になっていた。大きな機械にいくつもの歯車が回り、その中の一つが涼介だった。その歯車が外れかかかっている。涼介は奥へ奥へと歯車を戻そうとしている。

 がくんと頭が枕から落ちると同時に目覚めた。頭の中ではあの歯車が思い出される。どういう深層心理なのだろうか。社会からこぼれ落ちるということなのだろうか。 


 朝食を済ませると、涼介は部屋でTVを見ていた。そこへ礼子が顔を出した。礼子に涼介は言った

「やはり、明日で退院したいと思います」

「ご家族とは相談されましたか?」

「はい。昨日、姉と妹が来たので」

「そうですか、では手続きができるように、師長に言っておきます。午前中には退院して頂きたいんですけど、大丈夫ですか」

「はい。姉が午前中にくる予定なので」

「わかりました。ではこれからは外来通院に変更になります」

「ありがとうございました」

「無理はしないで下さいね。これかも宜しくお願い致します。何かあれば電話下さいね」

 礼子はそう言い部屋を出て行った。

 涼介は一人になると、佳奈にLINEでメッセージを打ってみた。

 "明日、退院することにになったよ。"

 すぐに返事が返ってきた。

 "おめでとう。私もだよ"

 笑顔のスタンプマークが添えられていた


 3時には、またごのさんが顔を出した。もう今日で最後だと思い、相手をすることにした。

「藪ちゃん、元気かい?」

「元気ですよ。ごのさんはどうですか」

「俺は相変わらずさ」まあ、毎日うろうろとしているぐらいだ。元気なのだろう。

「明日、退院することになりまして」

「そうなのかい。そりゃあ良かった。でも寂しくなるなあ」

「ごのさんも早く退院して、仕事やらなけりゃいけないんじゃないんですか。みんな待ってるんでしょ」

「まあ、そりゃそうだ。ここにずっといちゃ体もなまっちまうしな」

「片づけ仕事とか引っ越しとか体も大変でしょう」

「まあ歳だしな。でも気を使うより体使ってたほうがよっぽど健康的だわ」

「そりゃそうですね」

「俺が役場にいた頃なんてな、仲間の見張りをやらされたこともあったんだぜ。あんなことやらされりゃ、おかしくもなるわ」

 何でも、思想の違うと思われる同僚をずっと見張っていたことがあったという。見張られる側はたまったものじゃない。民間では聞いたことの無い話だ。そんな暇があったら仕事すればいいのにと涼介は思ったが黙っていた。

「ずっとですか」

「ああ、上の人間に言われてな、何日間かずっとだ。気がおかしくなるぞ」

「そんなこともあるんですね」

「あああるさ。公務員なんてのは民間と比べればおかしなことだらけだ。まあ今考えればなんだだけどな」

 それからまたごのさんの自慢話が続いた。20分ほどだろうか、あらかたしゃべり終えると気が済んだのか、それじゃあ元気でなと言い残し部屋を出て行った。


 夕方、食堂に出てみた。視線は知らず知らずの内に佳奈がいないかを追っていた。

佳奈はいつもの所にいる。

 自動販売機で缶コーヒーを二つ買い、ひとつを佳奈の目の前に差し出した。

 佳奈は亮介を見て、にこっと笑顔を返した。

 いつものようにスマホのイヤホンを外して亮介に話しかける。

「退院おめでとう。これは退院祝い?」コーヒーを手に佳奈が亮介に話しかける。

「ちょっとしょぼいけどな。佳奈もおめでとう」

「うん。退院したら涼ちゃんはどうするの?」

「まずは仕事探さないとな」

「焦らないでいいじゃん」

「でも無職ってわけにはね」

「ねえ涼ちゃんって夢ってないの?」

「この歳で夢か。あんまり考えたこともなかったけど、小さな焼き鳥屋で焼き鳥焼きながらでも生きていければなあなんて思うこともあるよ」

「いいねえ焼き鳥」

「もしかして、軽蔑してる?小っちぇなあとか」

「そんなことないよ。尊敬してるよ」

「佳奈はあるのかい?」

「佳奈は子供達が元気にまっすぐ育ってくれればそれでいいよ」

「そうだよな。自分のことより子供達かえらいな」

「でもこの前涼ちゃんにも言われたけど、落ち着いたらバンドまたやろうかと思っているんだ」

「本当かい?」

「うん」

「じゃあライブする時はLINEで教えてくれよ」

「わかった約束する」

「明日はもう会えないかもしれなけど、元気でな」

「うん。涼ちゃんもね。LINEするからね」

「ああ待ってるよ。」

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