Day13
佳奈はベッドの周りを整理し、荷作りをしていた。窓からは強い陽も射し込んできて、快晴のようだ。
「おはよう」父が顔を出し、声をかけた。
「ああ、お父さん。ありがとう」
「もう帰る用意は済んだのか」
「うん、大体ね。後はナースセンターに行って、清算するぐらいかな」
「そうか」
「翔と茜は何してた?」
「今日は二人で家で遊んでいたよ」
「そう。早く二人に会いたいよ」
「そうか。それじゃあ荷物を車に持っていっておくから、その間に清算してきなさい」
「わかった」
父は紙袋二つを手に、部屋を出て行った。佳奈はナースセンターに出向き、清算を済ませた。
「ありがとうございました」
「お大事ね」看護師が佳奈に優しく言った。
佳奈は亮介に最後の挨拶をしたいと思い迷ったが、亮介も今日退院だと言っていた。もういないかもしれない。食堂の椅子に座り、父が戻るのを待った。
その時、電話が鳴った。相手は木元だ。店のオーナーの木元だった。
父はまだ来ていない。仕方無く電話に出た。
「よう、俺だ木元だ」木元のだみ声が耳に響く
「はい、山崎です」
「大変な事してくれたな。まだ入院中か?」
「すみません。まだ病院なんです。明日、こちらからまた掛けますから」
「本当だろうな。待ってるぜ」
佳奈は木元には電話をしていなかった。両親に気を使わせまいと嘘をついていた。
電話を切ったところに、父が帰ってきた。
「誰からだ?」
「いや友達」もうこれ以上両親には心配を掛けたくなかった。
「そうか、それじゃあ帰るか」
病院を出ると、駐車場の父の車の助手席に乗り込み、病院を後にした。
「明日からどうするんだ?配送のバイト先には当分休むと母さんが電話しておいたと言っていたが」運転しながら父が聞いてくる。
「うん、お母さんから聞いた。少し休んで、また始めようと思っている」
「そうか。怪我もあるしな、無理しないでな」
「うん。ありがと」
「これ以上心配かけないでくれよ」
「ごめんなさい」
車窓の山々や川沿いの流れる景色を見ながら佳奈の頭の中には心配毎が頭をもたげてくる。木元のこと、そして山本にも金を返さなければならない。
家に着くと、翔と茜が駆け寄ってきた。
「おかあさん。おかえりなさい」車から降りて、腰をかがめてしゃがみ込みながら両手を広げる佳奈に、翔が抱きついてきた。続いて茜が抱きついてくる。佳奈はまた涙があふれてくる。この子達のためにもしっかりとしなければいけない。しっかりしなければいけないのに。
隣の家の駐車場に車が止まった。静香の赤いプリウスだ。
「りょうちゃん」翔が叫んだ。
車の後ろのドアが開き、良太が出てきた。静香の一人息子で翔と同じ歳だ。
良太が少しこちらに歩みよると、車から静香が出てきて良太の手を取り、少し会釈をしながらもそのまま玄関を開け、家の中に入っていった。
佳奈も会釈を返したが、なにかよそよそしい。いつもは静香から声を掛けてきていたのに。そう言えば翔が保育園で一人で遊んでいたと言っていた。何か関係があるのだろうか。
「さあ中に入ろう」父親の声で4人は家に入って行った。母も優しく迎え入れてくれた。
涼介の部屋には、姉の香が来ていた。休みを取って迎えに来てくれたということだ。
「悪いね。わざわざ休みまで取ってもらって」
「いいのよ、別に。明日も休みとったから。ちょうどいい連休になったわ。有給もたくさん残っていたし」
「そうか、明日は休みなのか」
「そうよ。あっそうそう、明日母さんのところに掃除に行くから、あんたも来なさいね。まだ一度も母さんに連絡してないって言うじゃない」
涼介は母に電話できないでいた。その勇気が無かった。
「そうなのか。分かったよ」
「それより、涼介大丈夫なんだろうね。一人で。変な気起こさないでよ」
「ああ、大丈夫だよ」
精算を済ますと、次の外来での通院日の予定を決め、香の車で自宅に戻った。
「じゃあ明日また迎えに来るからね」
そう言い残し香は帰って行った。
一人、自分の部屋に戻ると、当たり前だがあの時のままの部屋が残されている。カーテンが締め切られた暗い部屋で安堵感とともに少しの寂しさも残る。 涼介はキッチンの上の扉を開き、買い置きの煙草の箱を取り出し、そこから一本抜き出し、煙草に火をつけ一服した。帰ってきた。帰っては来れたが、まだ自分の問題は何の解決もされていない。
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