Day2
浅い眠りの中で白みかけた空が木々の間から顔をのぞかせて来るのが見える。
これでも死ねないのか。涼介は切り裂いた腕を見ながら生きている自分を確認した。
血だらけになったTシャツを脱ぐと、後部座席に置いてあったバッグから取り出したシャツに着替えた。
血だらけの左腕を、脱いだTシャツで巻く。もう血は固まりかけていた。シートを見ると、首からの血で赤黒く染まっている。
喉の渇きを覚え、ペットボトルを取るとミネラルウオーターは無くなっていた。
「あの小川の水は飲めるのかな」
涼介はジャケットを羽織り、空のペットボトルを手に車外へと出た。
肌寒さを感じながら、木の枝や背丈ほども伸びている草藪をかき分け小川まで足を運び、川面を覗き込む。流れる水はきれいな清流だ。ペットボトルに水を汲み、飲んでみた。
「うまいな」涼介は呟いた。
ペットボトルに小川の水を満たし、車へ戻った。
涼介はスマホの電源を入れてみた。
LINEに優のメッセージが頻繁に入っている。
"どこにいるの?"
"何してるの?"
"教えて、どこ?"
"お母さんもお姉ちゃん達も心配してるよ"
"怒るよ"
母からの多くの着信履歴も残っている。
スマホは圏外表示のままである。音声は繋がらないが、時折LINEはつながる。メッセージが入ってくる。電波は飛んでいるようだ。
留守番電話にもメッセージは残っているようだが聞く気は無かった。
涼介は押しつけるメッセージに嫌気がさしたが、更に続きそうな優のメッセージの気配に仕方なく返信することにした。
"昔来たことのある米子の滝に来てる。手前に小川があったんでそこにいる"
"圏外なんだ。電話できないみたい"
LINEメッセージを送信した。
「さて、死ねる場所でも探すか」
車から出た涼介は、辺りを探した。
車のすぐ脇に、丁度枝ぶりがロープを吊るすのによさそうな高さと太さの木を見つけた。
ロープを枝にかけ、全体重をロープにかけてみる。枝は折れない。大丈夫そうだ。
ロープを更に何重にもかけ、首を入れてみる。高さが少し高すぎるようだ。顎までしか入らない。
辺りを探し、手ごろな岩や小枝を集めて踏み台にしてみる。
踏み台をしっかりと両足で踏みしめ、ロープに首を入れて全体重をかける。
...苦しくなったところで踏み台に足がついてしまう。蹴飛ばして払いのけようとしてもうまくいかない。
「これじゃあ、だめだ」
車に戻り何かないかとトランクを開け探してみると、ゴルフ練習用にとゴルフボールを入れていたごみ箱をみつけた。
ゴルフボールを全て出し、ごみ箱を手に戻った。
ごみ箱を裏返し、台にして乗ってみる。ちょうどいい高さだ。
このごみ箱を蹴飛ばせば死ねる。
涼介はごみ箱に乗ったまま首にロープをかけた。そのまま上の枝を両手でつかみ何度か飛び上がってみた。
何度かやっているうちにその動作が止まらなくなっている。首にロープをつけたままごみ箱の台の上を飛び続けているのである。今、自分が何をしているのかわからなくなってしまっている。
自分にふと気付いた涼介は足を止めた。
いったい俺は何をしているんだ。ついに狂ってしまったんだろうか。いや元から狂ってたのか。
ロープを首からはずし、台を降り車に戻った。
煙草に火を着け、大きく吸い込む。なんとか自分の気持ちを落ち着かせようとする。
今までに感じたことのない感覚である。自殺することを楽しんでいるような。自殺ハイとでも呼べばいいのか。
瞳を閉じると、心地よい睡魔が襲ってきた。亮介はそのまま深い眠りに落ちた。
涼介が起きると、夕刻近かった。
ラジオをつけるとニュースが流れている。アナウンサーが無機質に読み上げる内容はまるで別次元の世界で起きている事のように感じる。
辺りは薄暗くなりはじめていた。
涼介は後部座席にいつも置いてあった鞄からノートとペンを取り出した。
母親や姉の香や妹の優、そしてかつての妻あてに思いのままに遺書と呼ばれるようなメモを書き留めた。
自分の死というものをここまで身近に感じたのはこれが初めてである。ただここひと月ほどは、死というものへの欲望が日一日と増してくるのは自分自信で感じていた。それが鬱病というものが原因かどうかはわからない。
メモを書き終えると、グローブボックスに放り込み、ラジオのスイッチを切り眠りに着いた。
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