第7話

 翌日の朝。

 宿泊先の宿で目を覚ますと朝日がカーテンの隙間から差し込んでおり、室内に一筋の光の道が出来上がっていた。


 小さな丸テーブルに椅子が一脚、そして部屋の三割を占める大きめなベットがあるだけの部屋が今の根城である。

 カーテンを一気に開き、窓一杯の朝日を部屋の中へと招き入れる。

 二階と言うこともあり太陽を遮る建物はなく、陽の光が眩しいが全身を暖かさが包み込んだ。

 今日は耳を澄ませば小鳥たちのさえずりが聞こえてきそうな晴天である。

 次に欠伸をしながら通りを見下ろせば、主要な通りではないにも関わらず、朝早くから多くの人々が行き交っていた。


 さてと、待ち合わせの時間にはまだまだ早いが、そろそろ用意を開始するか。

 魔竜長剣ドラゴンソードを手にすると、素早くベルトに取り付けコートを羽織る。旅人の心得として荷物は最小限に、そしてすぐ出発出来るようにとシグナなりに考えた結果が、今のスタイルである。


 部屋を出て木造である階段を降りると水場へと向かう。ポンプを押して井戸から出る水を桶で受けると、その冷水で顔を洗い目を完全に覚まさせる。

 次に宿屋の正面玄関に向かうと、腰袋から小銭を取り出しその小銭を受付に渡し、カウンター上に置いてあるカゴから今日の朝食となるパンを一つ取り、かじりながら宿を後にした。


 人混みの流れにのり警備兵の詰め所へ向かっていると、目の端に行き交う人々の間を縫ってこちらに走り来る人を捉える。

 目を凝らしてよく見てみると、…… シャルルであった。

 約束の時間はまだであるし、こんな場所にいるとはどうした事だろうか?

 念のためシャルルの前後を注意深く観察してみるが、他には人の流れに異常は見当たらない。


 直接聞くか。


 足に風を纏わせ石畳を大きく蹴りジャンプすると、人混みの頭上を越えてシャルルの隣へと着地をする。


「よっ」

「うわっ、シグが空から降ってきた! いや、落ちてきた? 」


 立ち止まり驚きの声を上げるシャルル。


「そんなことより、急いでどうしたんだ? 」

「そうだった、昨晩またストームが現れたみたいなんだよ。シグも来る? 」


 シャルルに向かって無言で頷くと、彼女に続いて街を疾走した。


 二人は旧教会方面に来ていた。


 この城下町には三百年前に出来た新教会もあるのだが、街の規模が大きいため古い旧教会も今なお健在である。

 どちらも日曜の朝には賛美歌を歌ったり、創造主とされている女神レイ=アザディスにお祈りを捧げにと多くの人々が集まる。

 ただそこで働いている修道女と参拝者は、二つの教会でまったく異なっていた。


 新教会の方では比較的家柄が良い者達が働いており、エリートが集まる魔法学院の学生がボランティアで参加する事もある。また国の公式な行事に使用されることもあり普段から貴族なども懺悔に訪れている。


 代わって旧教会の方では、働いている修道女達のほとんどが身寄りのない貧しい者達で構成されており、孤児として街を彷徨っていた者も少なくない。

 またこちらの給金はレギザイール王政から一切支払われておらず、現在少ない寄付のみでまかなわれている。

 当然修道女達は贅沢など出来ず、日々を街の低所得者達と何とか食いつないでいる状態だ。

 そして路上にいる宿無しと呼ばれる浮浪者や浮浪児も、こちらの教会付近では普通に目に付き治安はあまり宜しくない。


「シャルルさん、こっちこっち」


 青年がこちらに手を振りながら声を上げていた。シャルルと同じく警備兵の階級章を胸に付けた彼は、線が細く丸眼鏡を掛けているため大人しそうな印象である。

 その青年警備兵に案内されそこから路地裏に進むと、部外者が入らないように縄が張られており、そこを潜って進むと凄惨な現場が広がっていた。


「たしかにこれは異常だな」


 被害者の体が壁にめり込んでいた。

 そして壁の窪みと血痕からそこにあったのは間違いないだろうが、今時点では右腕と腹部がごっそりと無くなっている。

 遺体をめり込ませたのが魔法かどうかはまだ分からないが、野犬とかだけの仕業では無いことは確かなようだ。


「シャルルさん、ところでそちらの方は? 」

「あっまだ紹介してなかったね」


 鼻を一度鳴らすと胸を張るシャルル。


「聞いて驚きなさい! なんとこのシグは、あの双頭の飛竜ドラゴンを倒したシグよ! 」


 鼻息荒く、自分の事のように得意気に話すシャルル。


「シャルルさん、本当ですか! この人魔竜殺しドラゴンバスターなんですか? 」

「えぇ。それと期間限定でだけど、シグを私のパートナーにしてあげているのだ」


 して頂いていたのですね。


 青年警備兵は驚きのあまり、ズレてしまっていた眼鏡を上へ押し上げながら目を輝かせると、突然説明を始める。


「人に害をもたらし規格外の強さを持つ竜を人は魔竜と呼ぶ。そしてその魔竜を倒した者に与えられし二つ名、魔竜殺しドラゴンバスター。そんな凄い人が目の前にいるんですね。あ、自分警備兵に配属されたばかりのキーグって言います」


 目を輝かせながら両手を出してくるキーグ、ーーいやこれから博士君と呼ぼう。こちらもそれに応えるようにして右手を差し出し握手を行う。

 あと謙遜をする事も忘れません。


「いやいや、俺なんてまだまだだよ」


 まぁ〜実際カザンが居なければ、この世からおさらばしていたのはシグナだったかもしれない。とにかく際どい闘いになっていた事は間違いないだろう。

 そこで博士君が我を取り戻す。


「そう言えばシャルルさん、鑑識魔法が使えるかもしれないですよ! 」

「どう言うこと? 詳しく話しなさい! 」

「はい、さっき軍の人が通りかかったんですけど、その方が話の分かる方で事情を話したら、鑑識魔法を使える人を呼んで来てくれる事になって」

「おーでかしたキーグ君。そしたらもうしばらく現場はこのままにしておかないとね。人払いを続けるのだ! 」

「はい! 」


 胡散臭い話である。

 軍の人間が朝っぱらからこんな町外れをうろついているはずがない。

 本来すでに訓練が始まっている時間帯のため、重要な用事が無い限り抜け出すことは不可能である。

 他に考えられるのは隊長クラス以上の上級職がここらにいたことになるのだが、それこそこんな町外れに来る理由がわからない。


 ま、考えても仕方ないか。答えは待っていれば勝手に出るわけだしな、と考えていると、後方に向けて発せられた博士君の声が耳へと届く。


「ユアンさん、お待ちしていました! 」


 そのユアンと言う名を聞き、顔が大いに引きつってしまったのが自身でもはっきりと分かった。

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