第8話
「遅くなったな、すまない」
胸まであるダークレッドの長髪に、意思の強そうなつり上がった眉毛と両の瞳を持つ彼女は、背筋をピンと張った状態で話を続ける。
「それで鑑識魔法の件なんだが、手配書が出ていないと動けないそうで、ん? …… 貴様は! 」
気がついたか。
はぁ~、ため息しか出ません。
この女性はユアン=アプリコット。
同時期に入隊した所謂同期と言う奴なのだが、シグナと違って出世街道驀進中の出来る奴である。
しかしなんでこいつが今ここに?
今にも噛みつきそうな形相で、ユアンが石畳を踏み鳴らしながらこちらに迫り来る。
「シグナ、聞いたぞ! 昨晩開かれた会食の席で隊長達に無礼を働いただけでは飽き足らず、途中退席をしたらしいな! 貴様はどれだけカザン連隊長に迷惑をかければ良いのだ? しかも実家にも戻って来ないし、セレナも心配していたぞ。とにかく私について来い! 」
もしかしてシグナを探して朝からこんな町外れまで来ていたのか? というか昨晩も探していたっぽいし。
しかしえーと、昨日はたしか、一等兵であるシグナがカザン連隊長に対して親しそうに呼び捨てにしていることに対して、その場にいた隊長職の一人が因縁をつけて来たんだったっけか?
納得いかなかったんだが、一応謝ったんだぞ。
なのにそいつは、その謝り方はなんだとかさらに詰め寄って来るし。
「貴様は入隊した時からそうだが——」
あーあ、改めて思ったが組織に所属するのはやっぱり向かないのかもしれない。本気で転職考えようかな?
「シグナ、聞いているのか? 」
「面倒くさい」
「なっ、なんだと!」
なんてこったい、わざとじゃないんです。しかし漏れてしまった心の声に、ユアンが凄い剣幕でさらに詰め寄って来ます。
恐い。
「とにかく来い! 」
ユアンに腕を掴まれ引き寄せられると、脇で腕を挟まれる。そしてそのまま強引に引っ張られているのだが、その豊満な胸の感触が先程から腕に、じゃなくて——
「ちょっ、お前、待てって」
人を引きづりながらも進むスピードが落ちない。
力も勿論あるのだが、決めたら何がなんでも実行するという意思の強さが、彼女の力強さを後押ししているのだろう。
いやいや、冷静に状況分析している場合ではない。
でも強引に振りほどくと攻撃されそうだし、どうしたもんかな。
そんな暴走馬車のようなユアンの先に、一つの陰が立ちはだかる。
シャルルであった。
シャルルはユアンをピッと指差すと、元気いっぱいに声を張り上げる。
「シグは今私のパートナーなんだ、勝手に連れていかないで貰えるかな」
「……誰だお前は? 」
「シャルルゴールド、街の治安を守る者だ」
「警備兵か、……私の邪魔をするな」
ユアンから薄ら寒い殺気がシャルルに放たれた。
「と、とにかく喧嘩は良くないと思うよ」
ユアンを差したシャルルの指が震えている。完全に迫力負けしているようだ。
「喧嘩などではない、これは任務だ」
げっ、上からの指示で今連れて行かれようとしているのか。
「任務というなら、私の任務は街の人を助けるのがそうだ。やはり見逃せない」
それでも食い下がるシャルル。
「……ではどうする? 抜くか? 」
低い声でユアンが問う。
これは完全に挑発だ。決闘をするのかと聞いているのだ。
決闘が成立すれば例え殺されても文句は言えない。それがこの国での決まりだ。
しかし、シャルルは剣を抜き放ち、静かに構えてしまった。
それを見、ユアンがその釣り上がった瞳を静かに細める。
「ほぉう、それは勇気か? それともただ単に後へ引けなくなったのか? 」
「シグはいい奴なんだ。そんないい奴が困っている時に、何もせずに指を咥えているなんて、私が私を許さない! 」
馬鹿野郎!
お前はどれだけお人好しなんだ!
俺たちは昨日まで赤の他人だったろうが、程度を考えろ! こんな事でホイホイ命を投げ出してたら、それこそいくつ有っても足りやしない!
「そうか、決闘成立だな。キーグ、剣を貸せ」
言われた博士君はユアンの迫力に負け、はい! と返事と共に電撃の剣を手渡す。
その時、ユアンから掴まれていた手が自由になったため、一瞬でユアンから間合いを取りその勢いのまま建物の壁を蹴り二階建ての屋根へと登った。
「ユアン、この隙に逃げさせてもらうぞ! 」
しかし眼下の二人はこの言葉に耳を貸さない。意図を見透かされたようで、この行動では決闘を中断させる事が出来なかった。
ユアンはゆっくりと時間をかけ、電撃の剣を正面に構える。
「先に一太刀いれた方が勝ちだ。まぁこの剣なら死ぬことは無いだろう。それでお前は、この決闘に何をかける? 」
「シグの自由だ! 」
「そうか。私は、お前がこれ以上首を突っ込むなだ」
ユアンはシャルルから一度視線を離すと、こちらを冷めた表情で睨みつける。
「それとシグナ、これは決闘だ。邪魔だてはするなよ」
視線をシャルルに戻したユアンからは、先程の薄ら寒い殺気は消えていた。が代わりに熱気というか、熱い気迫のようなものを全身に纏っているように感じる。
なんて、冷静に傍観している場合ではない。今やるべき事は、ただ傍観する事ではなく、シャルルを助けるための何かをする事。
そして今出来ることと言えば——
「シャルル、ユアンは魔法の類を一切使わない純粋な戦士だ。そして自身の剣技と体術に自信と誇りを持っている。とにかく油断するなよ! 」
シグナのために決闘をする羽目になった、シャルルへの助言。
そしてユアンの性格上ああ言っておけば、仮に隠し球として何かしらの魔法を覚えていたとしてもこの決闘では使わないはずだ。
「サンキューシグ」
いつもの調子で礼を述べるシャルルだが、視線はユアンから外していない。
そしてジリジリと、二人の距離が縮まっていく。
「こちらから行かせてもらうぞ! 」
ユアンが大きく踏み込む!
そして剣を振り下ろした!
その初撃をシャルルは構えた姿勢のままわずかに後退してなんとか躱す。
そこへ追い打ちとなる鋭い突きが迫った。
シャルルはヒャー、と情けない声を出し体勢を崩しながらも、左へ飛んで逃れると、素早く剣の切っ先を上に向け両手でしっかりと握り防御に適した体勢に戻る。
そこへ猛スピードでユアンが迫る!
思い切って体を飛び込ませたのだ!
と同時にシャルルの足元目がけて剣を振るう!
シャルルは迫る斬撃に対して、手首を返す事で切っ先を下へ向けた剣でなんとか受け止めるが、間髪入れず繰り出された蹴りを胸に受けてしまう。
シャルルは後方に倒れそうになるのを素早く足を出す事により転倒を免れたが、代わりに後方の壁へと勢いよく背中からぶつかった。
しかし今のユアンの足を狙った斬撃、恐らくあれは囮のため力は殆ど入っていなかったはず。そうでないとあの間の短さで蹴りは出せない。
そしてここまであっという間の出来事であるが、シャルルは早くも壁際に追い詰められてしまい、これからの攻撃を後退で凌ぐ事が出来なくなった。
しかしシャルルは笑っていた。
余裕がある、という訳ではないだろう。なので追い込まれてしまい、少し思考回路がおかしくなっているのかもしれない。
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