第5話

 レギザイールの城下町は、中央に鎮座する城を中心に放射線状に何本もの大通りが伸びている。

 シグナはシャルルに付き添い、男達を最寄りの警備兵詰め所に引き渡すと、大通りの一本に店を構える、外壁寄りでシャルルが行きつけと言う酒場に来ていた。

 結構遅い時間帯のため、客はまばらである。


「そう言えば双頭の魔竜殺しドラゴンバスターさん、本名は? 」

「あぁ、俺はシグナ=アース。それとその魔竜殺しって呼び方、色々と目立つからあまりしないでくれないか? 」


 改めて自己紹介をすると、シャルルは勢いよくこちらに人差し指を立てた形で突き出し、チッチッと言いながら横に二、三度振るった。


「もー、嘘はつかなくていいんだぞっ」


 そして一つ、ウインクをして見せる。


「んっ、何のことだ? 」

「もぉーしょうがないなー」


シャルルは大きく溜息をつくと、腕組みをしてこちらを舐め回すようにジロジロと視線を送った。


「まー、たしかに腕はたしかみたいだし、シグがそう言うならそれでいいんだけど」


 どうやらシグナが先ほどの場面で、双頭の魔竜殺しであると勢いよく名乗ったために、引っ込みがつかなくなってしまっている見栄っ張りさんだと思われてしまっているようだ。まぁ、よくある話なので気にしないでおこう。

 それよりーー、いきなり呼び捨てにされたことの方が、正直気になります。


「そうそう、いい事を教えてあげよう。私はゴールド家の悲願、あの内壁の中に一族とともに戻るための手始めとして、まずは軍に入隊したのだ」


 どうやらこのシャルルという嬢ちゃん、落ちぶれた下級貴族のようだ。軍でのポジションが上がっていけば内壁の中で暮らす事が許される。その時家族も呼べるんだっけ?

 そんな事より、どこがいい話なんだ?

 とりあえず相槌は入れておくが。


「まあなんだ、頑張れよ」

「なに他人事みたいに言ってんの? 」

「いや、実際他人事なんだが」

「どうせ暇してるんでしょ? こんな時間にあんな所にいたって事は、現状に不満があって脱走した兵か、アウトローさんなんだよね? 」


 脱走兵にアウトローって。

……たしかに普通のレギザ兵はわざわざこんな街の外れに顔を出す事はあまりないようだし、シグナは現状に不満が大いにあったりするので、あながち違うと言うわけではないのだが。


「まぁ、半分正解かな」

「じゃ、決まりね。人助けだと思ってこれからシャルルゴールド様の下働き、もといアシスタントをしなさい。さすれば悲願達成の暁には、あなたを下郎、もとい従業員として雇ってあげるわ」


 なんか色々とありすぎて、突っ込むのがめんどうくさいです。


「で、何を手伝うんだ? 」


 投げやりに質問をすると、シャルルは広げた指先で口元を触りながら、上目遣いでこちらを見つめる。


「ふっふっふっ、そんなに私のこの唇から、その言葉を喋らせたいのか? 」

「ほーら、こうするとだんだんと喋りたくなってきたんじゃないのか? 」


 両の拳でシャルルの頭を挟み込み、拳をグリグリ動かし続けています。


「は、はい、御主人様。手伝って欲しいのは、ストームと呼んでいる輩を捕まえる事です」


 ストーム?

 聞かない名だな。


「何をやらかした奴なんだ? 」


 するとシャルルはゴホンと咳払いをしてから続ける。


「四日前の話なんだけど、この城下町で人の死体が見つかったんだ。んで現場は嵐が通り過ぎたような状態で、しっちゃかめっちゃかになってたものだから、その輩の事をストームって呼ぶようになったんだよね」

「嵐で、ストームか」


 まあ名前なんて、どうでもいいか。


「それでその日を境に連日遺体が見つかるようになったんだけど、しっちゃかめっちゃかプラスアルファ、必ず何かに食い散らかされたような状態なんだよね」

「食い散らかす? それは事件とは別で、野犬かなにかの仕業じゃないのか? 」

「そう言われれば、そうだね」


 シャルルは、その事については失念していました、とばかりの表情を見せる。


「他に手がかりは? 」

「そうそう、壁についた血痕の量やらで、叩きつけられた事が致命傷になってそうなのがあったんだよね」


 叩きつける?

 風の魔法か?

 いや、風系で殺傷能力があるとしたら鎌鼬かまいたち系。

 純粋に起こした突風で相手を死に至らせめるものは聞いたことがない。


 もしくはただ単に、シグナが知らない強力な魔法が存在するのか?

 まぁ可能性から考えれば、何かに押しつぶされた線のほうが高くなるか。


「大丈夫? 」


 俯きながら考え事をしていると、シャルルがテーブルから身を乗り出し心配そうに覗き込んでいた。


「あぁ」


 と言うか、鑑識魔法の結果を聞けば話が早かったな。


「それより鑑識魔法の結果は? 」

「それがねー、損傷が激しくて身元不明な事と、目撃者がいないってことで手配書が作成されてないんだよね」


 そんな理由で?

 おかしな話である。上は一体何をやっているんだ。

 手配書一枚作るだけの労力なんてたかがしれている。しかしその手配書の重要性はけっして無視出来るものではない。

 手配書が作成されなければ、レギザイール軍の討伐隊が組織される事はないし、懸賞金も支払われないため、この手を金ズルにしている賞金首稼ぎ達も動かない。

 そして最も大切な、鑑識魔法での捜査も申請出来ない。


 こうなったら、直接遺体を見ない事には話が進みそうにない。


「被害者の遺体は何処の部署の管轄なんだ?」

「うちだよ」

「ん? そこまでやっているのか? 」

「そだよ、なんたって警備兵様だからね。あっでも、身元不明な遺体は衛生上の問題で焼却することになってて、灰は川に流しているからそこからの調査は期待出来ないよ」


 警備兵、思っていたより色々と面倒を押し付けられているようだ。


「そうなったら、街を見回るぐらいしか出来ないな」

「そうなんだよー、上が動かないからね。それで自分達でどうにかしないとって事で、独自にストーム対策部隊を編成して夜中を中心に巡回しているの。そうそう、もちろん手柄は全部、私がかっさらっちゃうけどね」


 シャルルはちょこっとだけ舌を見せウインクをする。

 はい、無視無視。


「ちなみにその部隊にいるのは、どんな顔ぶれなんだ? 」

「たまたまこの酒場にいた人達」


 大丈夫か、ストーム対策部隊?


「明日の晩、一度ここに集まることになっているから、その時皆を紹介するね」


 ただの飲んだくれの集団でないことを心から願います。

 そこでシャルルの視線が、シグナが腰掛けている辺りに注がれている事に気が付く。


「どうかしたか? 」

「いやっ、実はさっきの戦いから気になってたんだけど、その剣ってなんか変わってるよね」


 シャルルはまじまじと、テーブルに立て掛けてあるシグナの剣を見つめている。そう、双頭の飛竜の尻尾から作った剣を。

 これは言わずもがな自慢の剣なので、見せびらかすようにして持ち上げてみせます。

 ちょいドヤ顔で。


「これか、あ~魔竜長剣ドラゴンソード驟雨しゅううってゆーんだけど——」


 その魔竜長剣の名を聞き、シャルルは目を丸くして一瞬動きを止める。そして息を吹き返したかのようにまくし立て始めた。


「まじ! 初ドラソだよ! と言うかそのゴツゴツ、もしかしなくてもドラゴンの部位? 」

「あぁ、双頭の飛竜の尻尾から作った剣で、尻尾の片側を削り、そこに刃をはめ込んでいるんだ」


 えらく食いついてくるので、シャルルに魔竜長剣を渡してみる。


「あっ、見た目以上に軽い。そう言えば、さっきの戦いではこのゴツゴツでしばき倒してたよね」


 魔竜の竜鱗部分を撫でたり、テーブルの上で剣を振り回したりと、子供のようにはしゃいでいる。

 平静を装いながらも、内心は剣が傷つけられない事を密かに願っています。

 あっ、危ない!


「よっ、よく見てたな。この剣の気に入っているところなんだけど、斬撃と殴打の二種類の攻撃が使い分けられるんだ。

それでその二種類の攻撃を、雷を伴い強弱の激しい変化を繰り返す雨に見立てて、驟雨しゅううって名付けたんだ」


 シャルルは「ほへぇー」と言いながら、魔竜長剣を返してくれた。

 よかったです。

 ちなみに、命名したのはカザンである。実は魔竜から剣を作る事が決まってから、シグナも暇さえあれば名前を考えていたのだが、考えついた『竜人りゅうじん』は、残念ながら参考止まりで採用されなかった。

人が作った刀と竜の鱗のコラボで竜人、いいと思ったんだけどなー。


そこで視線を感じて顔を上げると、シャルルが目を輝かせてこちらを見ていた。


「って事は、シグは本物のシグなの? 」

「そーだよ」

「一等兵なのに? 」


 そこら辺はデリケートな部分なので、触れずにそっとしておいて下さい。


「色々とあるんだよ」

「そうかー。こりゃシャルル様、また一本とられたよ」


 どうでもいい事だが、シャルルってなんか上手い事言うよな。

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