第4話
音がしたこちらがよほど気になったのか、血眼になって探し始める男達と警備兵。
時間が流れるにつれ、こちらとの距離が縮まって行く。
そこで渾身の猫の鳴き真似をやってみたのだが、それが逆効果となり、警備兵が更に歩みを進める結果となってしまった。
「そこだ! 」
力強く指をこちらに向けるのは警備兵。
少し自慢げだ。
なんだかな、と思いながらも見つかったものはしょうがない。格好良く登場する機会を失ったし、素直に姿を見せることにするか。
その場から立ち上がり物影から姿を現すと、双方こいつは誰だと言わんばかりの形相で皆の視線が一斉に向けられる。
どうやらシグナが何か話し出すのを、皆待っているような雰囲気になってしまっていた。そこで警備兵に歩み寄りながら、男達に聞こえるように大声を張り上げる事にする。
「多勢に無勢だからな。この双頭の
その言葉に警備兵は、頭からすっぽりと被っている帽子をビクンと微かに震わせ、そして横に並んだシグナにだけわかるように少しだけ頷いてみせると、体を仰け反らせて男達を真正面からなのに見下ろした。
「ふっふっふ、だから言ったであろう。抵抗するとこの魔竜殺しが黙っていないぞ! 」
あれ?
近づいてみてわかったがこの声色、もしかしてこの警備兵、女性なのか?
「おい、やばいんじゃないのか? 」
「ほっ、本物か? 」
狼狽える男達。
その時、一人の男がシグナを見て何かに気づいたように声を張り上げる。
「こいつ、偽物だ! 」
「な、なにを言っている!? 」
男の指摘に、警備兵の声は完全に裏がえっていた。
指摘した男が不敵な笑みを浮かべ、今度は逆にこちらを見下ろしながらニタリと口を開く。
「そこの兄ちゃんはシグナなんかじゃねぇ! 何故なら、シグナ程の男が一等兵のわけないからな! 」
男はシグナの胸元に縫い付けられている一等兵の階級章を指差し、勝ち誇ったように声を上げた。
「しまった! 」
警備兵もシグナの胸元にあるバッチを確認すると、まるで絶叫を上げるかのように叫んだ。
「どおりで物取り程度で」
「ヤロー、ビビらせやがって」
男達は口々に言葉を吐き捨てながら、こちらに剣をチラつかせながら詰め寄り始めた。
「もういいーー」
警備兵の意外に落ち着いた言葉。
「ーー私が隙を作るから、あなたはここから逃げて」
しかし膝が震えていることから、勇気を出しての台詞なのであろう。
「早く! 」
再度逃げる事を促す警備兵。
そんなシグナ達を男達は、ニタニタと笑みを零しながら周りを取り囲んでいった。
「この兄ちゃん達、どおしてやろうかな」
「とりあえず身ぐるみ剥いどくか」
敵は五人。
警備兵が追っていた男はナイフをちらつかせており、後の男達はショートソードを所持している。
相手との距離はおおよそ三メートル。
その内の一人、ナイフの男が威嚇するように見せびらかせながら、さらに不用意に近づいて来ている。
何をするでもなく、ただジッとその足取りを目で追っていると、こちらに無警戒のままシグナの間合い内へと入って来た。
そして月が雲に隠れる瞬間を狙い動く!
腹に力を入れると同時に、夜空へと向け左脚を蹴り上げる!
その蹴りが、直線上にあった男が手にするナイフの柄を捉え、宙へと舞いあげる。
キラキラと放物線を描きながら、上昇から下降へと変わったナイフの軌道に皆が視線を奪われる中、シグナはすでに一歩踏み込んでいた。
何が起きたか未だ理解出来ていない無防備な顎に、右フックを放つと、男は膝から崩れ落ちる。
周囲に目を配れば、やっと事態を理解した男達の表情に緊張が走っていた。
切り替えが遅い!
間髪入れず近くにいる男に向かい駆ける。
男は蛇に睨まれた蛙のように、その場から一歩も動く事なく剣をこちらに向けるのみ。
シグナはサッとコートを剥ぎ取り身軽な状態になると、ベルトに固定していた独特な形状の剣を腰から取り外しそのまま胴に一閃。
男は腹部に喰らった剣の威力で、地面を二回三回と転がった後、ピクリともしなくなった。
さて、ここからは一気にいくか。
魔具を使い足元を青白い風で包む。
と同時にそれを解放!
そして次の瞬間には相手との距離がゼロとなる。
詰めた勢いそのままの、シグナが出した蹴りですっ飛ぶ男。
そしてシグナは蹴り飛ばした反動のまま残りの二人へ迫る!
左右に並ぶ二人の左側の方の男の背後へ、地面に手を着きながら回り込むと、剣を片手に振り返ろうとする男の背中に横薙ぎをお見舞いした。
「うわわっ」
それを目の当たりにした最後の一人が、後ろによろけながらも咄嗟に自身の体とシグナの間に剣を割り込ませた。
そこへシグナは腰を落とし低姿勢で詰め寄る。
悲鳴のような声を上げ、男は何とか剣の切っ先を上へと向けた状態で防御体勢になったが、構わず振り下ろしたシグナの剣が、やすやすと男の剣を砕く!
そして勢いのまま、男の肩口に剣がめり込んだ!
隙間風が縫うようにして、建物と建物の間を流れる。
先程までとは打って変わり、静まりかえった路地裏。流れる雲から顔を出した月がシグナの周辺を照らし出している。
そこでパチパチパチと手を叩く音が鳴り始めた。
「いやー、お兄さん強いねー」
警備兵が剣を収め、脱いだ帽子を小脇に挟み、拍手をしながら歩み寄って来た。
「やっぱり女か」
通り風がその女性の隣を流れると、顔のシルエットに沿って肩にかからないようカットされた黄金色に輝く髪が、キラキラキラと揺れ動いた。
と言うかよく見れば幼い顔であったり髪の毛先が跳ねていたりと、なんだか警備兵の服装が似合っていない。
「いやはや、まさか仲間がこんなに出てくるとは思ってもみなかったから、囲まれた時なんか正直冷や汗ものだったよ。いや、冷や汗って言っても倒せたことは倒せたんだよ、あんな連中。ただね、こちらも無傷じゃなかったって話で」
さっきから見ていれば、よく手と表情が動く奴だ。
黙っていればそこそこ可愛いく見えそうなだけに勿体無い。
「たまたま通りかかっただけだし、運が良かったんだと思って気にしないでくれ」
石畳から拾い上げたコートを羽織り、その場を立ち去ろうとすると、背中の辺りからムンずと掴まれ引き寄せるられた。
おかげで首がキュッと締まりました。
「いやいやいや、危ないところを助けて貰った恩人を、このままタダで帰したとあってはこのシャルル=ゴールド様の名が泣いてしまうよ。特別だ! なんでも好きな望みを、一つだけ言うがよい」
なんか今、最後の方が上から目線で言われたような気がしたのだが、まあいいか。
どうせ大きな望みを言っても叶えられはしないだろうから、適当なとこで何かを決めて、さっさと立ち去ろう。
さて何がよいかな。
シャルルと名乗った警備兵を見ながら考えていると、シャルルは両手で身体を隠すように覆った。
「エッチなのはなしだぞっ」
「するか!」
いかん、思わず初対面の女性の頭に、脳天チョップを食らわせてしまった。
その場にしゃがみ込み、頭を抱えるシャルル。
「ふっ、この私から一本取るとは本当にやるようだな。気に入ったぞ! 」
どういうわけか、気に入られてしまった。
結局飲みたい気分で街に出てきている事を思い出したシグナは、このシャルル様から酒を奢ってもらう事にしたのであった。
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