第3話
カザンと合流した後、時刻は流れレギザイールの城下町が街灯と月明かりで明るさを保っている時刻。
少しムシャクシャしていたシグナは、悪人を追う一人のレギザイール兵を見つける。そして誰にも気づかれないよう気配を消してその後を追っていた。
「待てー! 」
「待てと言われて待つ奴がいるか! 」
ごもっともだが、正直好感を持った。
と同時に、彼の直向きな姿勢に自己嫌悪へ陥った。
レギザイール軍は規律の厳しい組織であり、また上下関係がはっきりとしている。昇給昇格もルールに沿ったもので、このルールを曲げた事例を今まで聞いたことがない。
実際出世街道から外れたシグナは、仕事をさぼる事は無かったが、手を抜こうと考えた事が無いと言えば嘘になる。
ただ単にカザンとの旅は命のやりとりをする場面が多く、手を抜く事が出来なかっただけなのだ。
新兵が付ける称号である二等兵。シグナはその一つ上である一等兵である。
十六の時にレギザイール軍へ入隊して三年、聞いた話だと同期で早いものはシグナの二つ上である一等騎士となっているそうだ。
そして目の前を走る好感を持った相手とは、特殊な立ち位置に属する一人のレギザイール兵。
その職種は警備兵 。
レギザイールの城下町のみを守護するのが彼等の仕事なのだが、彼らの任務への姿勢は低く真っ当に働いている者を今の今まで見た事がなかった。
しかしそれも仕方の無い事なのかもと、逆に彼等に同情することさえあった。
レギザイール軍への入隊は狭き門であるのだが、実力ギリギリで滑り込んだり、幸運が重なって合格する者もいたりする。
しかしそういった者達は入隊後の過酷な訓練について行けなくなり、それが上官の目に止まり不適合と判断されてしまうと、二等兵と一等兵の間である警備兵へと位置づけされてしまう。
任務はレギザイール王都の城下町付近の守護のみ。
また彼らは軍の中ではお荷物的な存在として見られており、もちろん給料は最低。
他国と戦争状態や緊急時には、城下町の守護が第一師団の管轄へと切り替わるため、その間警備兵達は雑務へと追いやられてしまう。
つまり彼らに活躍の場は一生訪れず、そのためどう頑張っても定年まで警備兵なのである。シグナが同じ状態になれば、早い段階で退職し傭兵ギルドか他の職に転職しているであろう。
しかし今、この目の前を走る警備兵は、そんなルールなんて知った事かと、己の正義のために現在悪人を追っているのだ。
そしてシグナは少しお節介かなと思いながらも、彼がピンチの時には手助けをする覚悟で後をつけていた。
「お前の母さんが泣いてるぞ! 」
「オイラのおっ母はもう死んでるよ! 」
「いや、死んだお母さんの話をしているんだが? 」
「絶対ウソだろ、今とって付けた話だろ」
警備兵が外壁へと悪人を追い詰めたのは、それからすぐの事であった。
レギザイール王都には二つの壁が存在する。人々を外の生物から守るため、街を取り囲むようにして造られた全長四十キロに及ぶ外壁と、街の中心に建てられた城と街とを隔てるために造られた全長十キロの内壁。
国の重要な施設や貴族達の屋敷は、この内壁の中にあり、有名な傭兵ギルドやお店、裕福な家庭は城下町の中でも中心に近い場所に建てられている。
またこの街は大陸一の巨大都市であるがため、城から遠ければ遠い程警備の目が届かず治安がよろしくない。
そして現在の位置は、歩けば十分もかからずに外壁に到着する場所であるため、中央にいる貴族はもちろんの事、普通に暮らしている人々でさえこの時間帯には絶対に出歩かない場所である。
ここら辺ではスリや殺しが日常茶飯事なためか、月明かりに照らされた建物や足元に敷き詰められた石畳が、不気味に薄っすらと青白く光って見える気さえした。
「観念するのだ、もう逃げ場はないぞ! 」
警備兵の決めゼリフ。
これで悪人がおとなしく捕まれば一件落着なのだが——
「うるせー、誰が大人しく捕まるかよ! 」
そうは簡単にいかないようだ。
悪人は隠し持っていたナイフを取り出し、月明かりに照らされ光り輝く切っ先を警備兵へ向けると、近づくな、殺すぞ、などと喚き散らかす。
「……仕方がないな」
そう言うと、警備兵は腰に帯びていた剣に手をかけると、なんと上空へ放り投げた!
その行動に思わず何故!? と心の中で突っ込んでおく。
放り投げられた剣は、空中でくるくると回りながら空高く上がったのち落下を始める。警備兵はその落ちてくる剣の柄部分を見事にキャッチすると、悪人を見据え言い放つ。
「この検挙率ナンバー1のシャルル様に盾突くとは面白い、かかって来い! 」
「お前があの! 」
悔しそうに舌打をする悪人。
どうやらこの警備兵、有名人らしい。
しかし戦いの前に剣を投げる奴は初めて見た。今レギザイールでは、この様なパフォーマンスが流行りなのだろうか?
久々に帰って来たものだから、どうやらちょっとしたカルチャーショックにかかっているようだ。
その時、警備兵達とは別の場所から人の気配を感じる。そちらへ目を配ると、近くの路地から数人の男達が警備兵達の方へ近づいて来ているのが見えた。
「さっきからウッセーぞ!」
「おっ、あいつズリじゃねーか?」
どうやら騒ぎを聞きつけた男達のようだが——
男達は酒瓶片手に次から次へと、警備兵達がいる路地へと顔を出す。
追い詰められていた悪人が、「兄貴ー」なんて叫んでいるところから、どうやら悪人と男達は知り合いのようだ。
しかし不味いことになった。
新たに現れた男は4人で、追い詰めていた悪人も含めると5人。しかもそいつ等に警備兵は挟まれる形となってしまっている。
そこで男達の1人が悪人に向け声を張り上げる。
「どうしたんだ!? 」
「あっ兄貴、こいつがしつこくて」
「なんだ? 警備兵様が働いているのか? 」
その言葉でゲラゲラ笑い出す男達。
「こいつ1人だろ? とりあえずボコっとくか? 」
しかし逆に追い詰められたはずの警備兵が、不敵に笑う。
「ふっふっふっ、私が一人で乗り込んでくる馬鹿野郎とでも思っているのか? 」
言われて急いで気配を探るが、あたりに気配は…… ない。
まさかシグナから気配を全く感じさせない程の使い手が、警備兵の相棒である事はまず考えられないため、この場には隠れている人物、増援はいないと断言出来る。
つまりこの警備兵、危機的状況をやり過ごすためにハッタリをかましているのだ。
「あっ? 何だって? 」
「どうした、いるなら呼んでみろよ!? 」
男達はまたゲラゲラと下品な笑い声を上げ始める。
「いっ、いいのか!? あの双頭の
ブー!!
思わず吹いてしまった。
盛大に吹いてしまった。
まさか自分の名がここで出てくるとは!
しかし自分のミスとはいえ、今の吹き出しで隠れ潜んでいる事がこの場の者達に完全にばれてしまった。
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