後日談 刀銃 下

「あゆみが叶に誘拐されて、俺がヒーローに助けを求めた時、ヒーローはセバスチャンさんに頼んで状況を打破出来る物の瞬間移動を俺にしてくれました。その時に俺が、ヒーローに感謝を言った言葉が確か、『刀と銃だ。ありがとうな、ヒーロー……と、セバスチャンさん』だったような記憶があるんです。そこでヒーローは驚いた。始め、ヒーローは俺がセバスチャンさんを科学者だと知っていたことに驚いたと思っていました。だけど、それが――刀と銃をセバスチャンさんが瞬間移動させたこと自体にも驚いていたことだとしたら、俺の今ある疑問が全て解消されるんです」

 土管から降り、俺がここまでセバスチャンさんに言うと、セバスチャンさんは「やはりばれていましたか」と何の悪びれもせずにあっさりと肯定した。

「そうでございます。ヒーロー様は私に刀と銃を瞬間移動しろとはおっしゃられませんでした。それどころか、私が刀と銃を所有していることすら存じておらっしゃいません」

 そこまで言うと、セバスチャンさんは俺に「続きを聞かせてください」と催促した。俺もまだまだ言い足りないことがあったので、遠慮なく言わせてもらう。

「推測なんですけど、多分セバスチャンさんは、徳永切裂とよしえさんと『造られた』平和な街を抜け出す時――いや、話を知ってる限りもっと前かもしれませんけど、とにかくセバスチャンさんは刀と銃を所持していた。そして、それらを俺の部屋に瞬間移動させて隠したんです。一度目は徳永切裂との記憶を合わせる為。二度目は多分……俺を惑わせて時間稼ぎとか何やらする為でしょう」

「二度目の理由が曖昧でございますね」

「すいませんね。これくらいしか想像できません。セバスチャンさん……あんたに実験させられていた俺には理解の範疇を越えますんで」

 セバスチャンさんは、「全くでございます」といけしゃあしゃあと言いのけ、俺がこれ以上喋らないと悟ると、「では、補足をさせていただきます」と話しを切り出した。

「二度目の瞬間移動は本来予定に含まれていないものでしたが、私が所属する暗闇の空間の上のお方……傍観者様が、私に頼んで行ったものなのです」

 やはりセバスチャンさんは今も暗闇の空間の人間らしい。しかしこれはおおよそ予測していたからそこまで驚かなかったのだが、セバスチャンさんが言う真の黒幕の名前で俺は反応した。

「その、傍観者とやらが今回のこの騒動の原因なんですか」

「そうでございます」

「……簡単に認めるんですね。何ですか? 暗闇の空間を裏切って、俺に情報をまわそうって魂胆ですか?」

「そうでございます」

「そうなんですか!」

 俺が何の魂胆もなく、ただ冗談として言った皮肉を、セバスチャンさんは俺の予想外に答えてくれた。

 何だと!

 暗闇の空間を、裏切っただと!

「本当ですか、それ!」

「ええ。だから私が、こうして出向いているという訳でございます」

 セバスチャンさんは、遠い空を眺めながら俺との会話を続行した。

 その表情には、疲れが見えていた。

「徳永様を幽霊とし記憶を取り出し、その記憶をいじり、幽霊と化した柳田亜希子様と刀銃様に入れ、その上この顛末を全て仕組ませる――全てが全て、あのお方の自己満足だけの為なのでございます。その為だけに佐藤様の関係者を洗いに洗い、柳田亜希子様の情報を手に入れ、幽霊とし、更に田中雄二様の情報も手に入れ、それが一番『合う』人を捜し……もう……私は疲れたのでございます、刀銃様」

 聞くだけで苦労の端がにじみでているセバスチャンさんの言葉。十五年なんかよりももっと前から、セバスチャンさんはその傍観者とかいう奴に言いなりになって働いてきたんだ。

 しかも。

「揚句の果てには、あゆみを叶に誘拐させた。……だからセバスチャンさんは、暗闇の空間と決別するんですよね」

 セバスチャンさんを暗闇の空間なの科学者だと仮定づける時、唯一俺がわからなかったことがこれだった。

 ――セバスチャンさんがあゆみを危険にさらす訳がない。

 なのに、あゆみは叶にさらわれた。全て、暗闇の空間の思惑通りに。

 俺の言葉に、セバスチャンさんは無表情で「そうでございます」とだけ細々と答えた。

 真実には嘘偽りが含まれる場合がある。その嘘偽りが、いいものなのか悪いものなのか、それはそれを知った者にしかわからない。

 この場合、どうだ?

 俺は、ヒーローにセバスチャンさんの正体を教えるべきなのか?

「……まあ」

 そんなことの答えは、セバスチャンさんをこの場に呼び出した時から決まっているのだけど。

 俺は決めていた。

 だから、ヒーローに近寄れなかった。

 だけど、ヒーローも多分、俺と同じ状況になったら俺と同じ判断をくだすと思う。徳永切裂さえも、救い出そうとしたヒーローなら。

「わかりました。それじゃあまた後で会いましょう。俺、ヒーローとかと一緒に街の建て直し手伝ってきますんで」

「……か、刀銃様? わ、私のことを、ヒーロー様にばらさないのですか?」

 その疑問は当然出るだろう。寧ろ、セバスチャンさんがその疑問を出さないとおかしい。

 何故なら、セバスチャンさんはこの会話を『仕上げ』と言い表したのだから。

 どう転んでも、セバスチャンさんは俺がヒーローに全てを言うと思っていたのだろうな。だから普通に、セバスチャンさんもセバスチャンさんで全てをぶちまけた。

 だけど。だからこそ。

「俺は、ヒーローに言いません」

「な……何故でございますか!」

「何故も何もありませんよ。単に、ヒーローならそうしないだろうなとか勝手に思ってるだけです。セバスチャンさん。負い目があるなら、自分からヒーローに話してください。自分から、あゆみに話してください」

「…………」

「俺はそれを待ってます」

 そうだ。きっと、ヒーローならこうする。

 謝罪は、口伝えでは全く意味がないことを、俺は嫌という程昨日のヒーローの一件で知ることが出来た。自分が相手の人に、心から謝ることで気持ちは伝わるんだ。

 何故なら謝罪というものは、心の底からしなければ伝わらないものだから。

 セバスチャンさんは押し黙り、顔を俯けてしまった。そこから一向に顔を上げようとしない。セバスチャンさんもセバスチャンさんなりに揺れているのだろう……なんておくがましいことは考えないさ。

 俺は、セバスチャンさんが俺に言ってくれたセバスチャンさんの真意を、ヒーローとあゆみと叶にも言ってもらいたいだけなんだ。

「それに……」

 ――多分ヒーローも、全部わかってるだろうしな。

 だから、あゆみを含めた俺達二人は緊急避難警報を知ることが出来なかったんだ。

 もし俺達が緊急避難警報に気付いていたら、セバスチャンさんの使命が果たされなくなってしまう。

 味方であっても。敵であっても。

 正義であっても。悪であっても。

 ヒーローは、誰でも助けてくれる。

 何故ならヒーローが、ヒーローだから。

 ……さて。ヒーローの手伝いに行くとしようか。そうだ、途中であゆみと叶を呼んであいつらにも手伝わそう。あゆみなんかは嫌々言いながらもどうせ手伝ってくれるだろうけど、叶の奴が問題だな。だいたいあいつ、今何処にいるんだ?

 ふむ。

 まあ、いいさ。

 これからも、馬鹿な冗談を言いつつ、それでも楽しく笑って生きていこう。

 何の罪もないのに一人ぼっちだったあゆみにも。

 一度は死んだ叶にも。

 誰もが尊敬するヒーローにも。

 セバスチャンさんにも。

 一生のほとんどを全て暗闇の空間に利用されてきた俺にも。

 それくらいの権利はある筈だから。

 俺の名前は刀銃。

 刀と銃……刀銃。


 そんな俺の本名は、徳永刀銃だ。


 この本名をこれから俺は二度と変えることはないだろう。この奇妙な関係性を持った名前のおかげで俺はヒーローと――あゆみと――叶と――そしてセバスチャンさんと会うことが出来たのだから。だから、胸を張って、堂々としてこの名前で生きていくとしようか。

「俺の名前は、徳永刀銃」

 ヒーローがいるのに平和な街に住む、普通で普通な一人の大学一年生だ。

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