後日談 刀銃 上

 一日後。まあつまり徳永切裂という『悪』がヒーローがいるのに平和な街で大暴れをした後一日経った日の朝。俺は、目の前の光景を見ながら公園の土管の上に一人で座っていた。

「……いつになったら終わるんだろうな、この作業」

 一人佇みながら厄介なくらい鋭い陽射しを俺に浴びせる太陽を睨み、溜め息をつく。

 現実逃避を終わらせ、周りを見渡してみると、そこには徳永切裂が壊しに壊した残骸であるコンクリートや木の破片があった。

 そう。今、この街は復旧作業に追われようとしているところだ。

 昨日の夕方。ヒーローは緊急避難警報を解除し、地上の街の住民を全員この公園らへんに集め、土管の上に立つと、街の皆を見渡した。住民は皆、不安と疑心暗鬼に駆られている目をしてヒーローを見ていた。まあ当たり前だろうな。緊急避難警報とかいう十五年間発動されなかった訳のわからない決まり事によって元犯罪者が大量にいる地下に集められたと思ったら、地上に上がると建物が壊れているときたもんだ。どうしたって怒らない方がおかしいだろう。

 ヒーローが土管の上に立ち、そのまま神妙な顔つきで黙っていると、ヒーローから次いで二番目の代表と言われている、川田まみさんというおばさんが、「ちょっとちょっとヒーローさん」と発言をし始めた。

「これ、どういうことなのか説明して頂けるかしら? わたくし達、全員「悪が攻めてきた」とかしか言われていないんですけど」

「……すいませんでした」

 暗い顔で俯きながら謝るヒーロー。こんなのがテレビの中の空想上のヒーローだったとしたら、朝早く起きて楽しみにしていた男の子達は心底幻滅することだろうな。

 こんな、人々から嫌な顔で睨まれながら顔を土管に向けているおっさんなんて。

 普通のヒーローじゃ有り得ない。

「すいませんで済んだらヒーローさんは要らないんですよ」

 そこまで言ったところで周りの人達が「言い過ぎだろ、川田さん」と止めようとしていたが、残念ながら川田さんは「いーえ。今回という今回はハッキリ言わせて貰います」と言って勢いをとめなかった。前の人を掻き分け、ヒーローが立つ土管の前まで進んで俯いているヒーローの顔を見上げる。

「大体ね。あなた、今回のこの大事で何をしていたの? 何もしてないわよね。せいぜいわたくし達を誘導して、わたくし達と一緒に居ただけよね? あなた、それで本当にヒーローとして恥ずかしくないの? ヒーローならヒーローらしく、きっちり悪者を倒してわたくし達を安心させなさいよ。それだったらこの被害も許せるのに」

「…………」

 ヒーローはとうとう無言になってしまった。途中、何度も川田さんの言葉を訂正しようと口を開けたが、その度に川田さんの声が大きくなり、無理矢理口を塞がれたかのように閉ざすしかないヒーロー。恐らくヒーローは何も言い返せないと思って川田さんの言葉を聞いているのだろう。確かに川田さんの言い分もわかる。十五年前、俺を両親から救い出してくれたヒーローだ。当然今回も働いてくれたかと思うと、ひたすら自分達の周りにいただけ。ヒーローは何をしているんだろうと疑問に思っていたら、いつの間にか悪は倒されていてめでたしめでたし……なんてことを、はいそうですかと従順に理解出来る訳がない。だから川田さんはキツイ言い方をしているんだ。

 だけどな、川田さん。仕方がないんだよ。この街のヒーローが戦えないのは仕方のないことなんだ。

 ヒーローは、不老不死だが高校生男子並の力しか持ち合わせていない。

 十五年前だってそうだ。

 つい最近思い出したことなんだが、十五年前――両親の放った銃弾によって撃たれそうになった俺を庇ったのは、刀を持った徳永切裂だったんだ。

 銃弾を庇われ、唖然としたところをヒーローによって俺の両親は捕まえられた。

 どうやら誰もが、十五年前の事件はヒーロー一人で解決したものだと思っているらしい。

 だから期待もするし尊敬もする。

 しかし、今回の徳永切裂が暴れた事件で、全てのレッテルが剥がれてしまったんだ。街の人からみるとそういう結果になる。俺はそうは思わないけれども。

「さあヒーローさん。何か言うことはありますか? それとも、何も言えないのならせめてその捕まえた悪者をこの場で見させて貰えませんこと?」

「…………見せられ、ません」

「どうして?」

「言えま、せん。絶対に」

 頑なに悪者を見せようとしないヒーローの真意を、俺は理解していた。

 ヒーローは、十五年以上前から一緒に居てくれた――友人である徳永切裂をこの街の住人から悪者として見て欲しくなかったんだ。

 ――十五年前、ヒーローの代わりにヒーローとして悪者を捕まえることを手伝ってくれたのだから。

 ここまで頑と「すいません」と「言えません」を繰り返すヒーローの態度に腹がたったのか、とうとう川田さんがこんなことを言った。

「……貴方、『何も出来なかった』んだから、これくらいわたくし達の要望に応えたらどうなの」

「……おい」

 この言葉に、ヒーローの姿を遠巻きに見守っていた俺は流石にカチンときた。

 川田さん……だったっけか。あんた、一体何様だ? ヒーローだって俺や佐藤のように地上にいて、徳永切裂を見守るかもしくは抑えるかしたかったに決まってるだろ。それを……そんな気持ちをヒーローは押し込めて、ヒーロー夫人と高梨さんのような地下の住人に対処を頼んだんだ。

 そして、ヒーローは避難している人達の傍にいて安心させる道を選んだ。

 それを、川田まみさん――あんたは何て言った?

 何もしてないだと?

「ふざけるのも大概にしなさいよ」

 俺が川田さんに一言いおうと身構えた瞬間、上空から声が聞こえてきた。子供の声だが、その雰囲気は並大抵の大人のそれを凌ぐ声。

 あゆみが。

 空を飛ぶ叶に抱き抱えられながら、ヒーローが謝る土管の上にちょこんと降り立った。

「おば様。あなた、今何とおっしゃったかしら?」

「な……何よこの子。早くそこから降りなさい。今わたくしは、ヒーローと喋っているんです」

 というか貴女は一体何者よ、とはにかみながら宙に立つ叶を川田さんは指さしていたが、そんなことなどどうでもいいかのように、あゆみは「うるさいわね」と川田さんに物申す。小学二年生がおばさんに向かって見下ろしながら何かを言おうとしている図は、街の人をざわたてたが、俺は寧ろ感動の域にいたっていた。

 あゆみ……お前……俺の言おうとしたことさえも言ってくれるのか……。

「う、うるさいですって? 失礼ですけど、あなた教育が成っていないんじゃないの?」

「だから、うるさいって言ってるのよ。私が嫌々貴女みたいな空気の読めないおばさんと会話してあげるって言っているのだから、素直に喜んだらどうなのかしら」

「な……何なのよ、あなた!」

「はぁ……私を誰だと思っているの? 私は西山財閥の一人娘、西山あゆみよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「……に……西山財閥って……あの西山財閥のところの?」

「ええそうよ」

 ニッコリと笑うあゆみの姿に、完全に後ずさりしてしまう川田さん。どうやら西山財閥というのは本当に凄い企業みたいらしいな。てか何故に俺は西山財閥を知らなかったんだ。記憶障害云々のせいならいいんだが。

「し……失礼させてもらいます」と川田さんが逃げる様に去って行ったのを見てもまだ満足しきれなかったのか、「あゆみちゃん、香里ちゃん、ありがとね」と言うヒーローの横で、「いいえ、まだよ」とあゆみは発言しようとしていた。

「さっきのおば様でも誰でもいいわ。とにかく私の話しを聞きなさい。私は、ずっと一人だったの。一人で遊んで一人で勉強してきたのよ。セバスチャンもいたにはいたけど、私を変な目で見てくるから正直一人でいたかったの」

 ……うおいセバスチャンさんあんたあゆみにばれてるよあんたの性癖!

 てか知ってんならヒーローか誰かに相談して執事を変えて貰えや!

 生命と貞操の危機なんだぞあゆみ!

 俺の心の危険信号をあゆみに向かって送っていると、隣に浮かんでいた叶と目が合った。叶は口パクで「愛してるよ刀銃」と言ってきたように見えた。……後で真意を聞くとしよう。その時どんな反応をするかで叶との付き合い方が変わるかもしれない……。

 なんてことは、有り得ないけどな。

 俺は実験体で、叶は幽霊なんだから……。

「そんな中、台風がこの街を襲ってきたわ。二週間くらい前のあの日ね。私は家にいるのが嫌で、一人歩いていたら、いつの間にか怖くなって神社に隠れていたの。そこで、私は……ヒーローに……助けられたの。私だけの、ヒーローに」

 その言葉を言った瞬間、あゆみの顔が真っ赤にほてった様に見えたが、俺の方も心が動いた。

 俺が……ヒーローだって?

 考えたことも、なかった。

 両親が犯罪者で、ヒーローに助けてもらってばかりの俺が、誰かにヒーローと言ってもらえるなんて考えたことがなかった。

「でも、そのヒーローは私の隣にいるこのヒーローに、昔助けてもらったらしいのよ。最後の悪を捕まえる時に。そして、今回のこの事件。十五年前の時とは違って、ヒーローは悪者を捕まえてくれなかったわね。全て、地下の人達が行ったことよ。でもね」

 あゆみはまだ演説を続ける。小学生の女の子にとやかく言われるのが最初はよく意味がわからなく、話し半分で聞いていた街の人達も、今では全員あゆみの話しに耳を傾けている。

 無論、俺もだ。

「ヒーローは、ずっと地下に居てくれたんでしょう? 私の場合、もしヒーローが居てくれなかったら、きっと泣き叫んでいたわ。泣き叫んで、きっと邪魔をしていたんだと思う。でも、私はヒーローが居てくれたから、頑張って我慢出来たの」

 あゆみが言うヒーローというのが、俺とヒーロー、どっちを指しているのか正直なところ曖昧だったのだが、それでもやはり、俺はあゆみの言葉が素直に嬉しかった。

 街の皆も同じらしい。

 ヒーローが傍に居てくれなかったら、恐怖に堪えられなかった。

 ヒーローが傍に居てくれたから、押し寄せてくる恐怖の渦を堪えることが出来たんだ。

 こうとやかく言う俺も同じだ。高梨さんが口にしたヒーローという四文字があの時あの場で一回でも少なかった場合、俺は簡単に諦めていただろう。

 叶を追い掛ける時も。屋上からわざと飛び降りた時も。ヒーローが居てくれるという安心感がなければ、とっとと駄目になっていたんだ。

 空想中のヒーローは、よく一般人を助けたりする。気色悪いコスプレをして襲い掛かってくる悪役から助けてもらって、当然の如く一般の人はヒーローにありがとうございましたと御礼を言う。

 ここまでは俺も納得がいったのだが、ここからが頂けない。そして、それが空想中のヒーローとこの街のヒーローとの大きな違いなんだ。

 だから、この街にはヒーローが居ても平和なんだ。

「ありがとうね、あゆみちゃん。でも、僕は結局街の皆を危険に曝してしまったんだよ。……そして、とっ君を助け出すことが出来なかった。死なせてしまった……。だから僕は、謝っても償いきれない。でも、僕に出来ることはこれしかないから」

 そう言うと、ヒーローは土管から降り、で膝を折り、体を畳んで、手を地面に付けて、頭を下げた。

 ヒーローは、土下座をした。

「皆を危ない目に逢わせてしまいました。ごめんなさい」

 ――空想の中のヒーローが、『ヒーローが居るから来た』悪役のせいで危険に曝した一般人に対して、一度でも謝ったことがあるか。

 少なくとも、俺が知る中ではない。でもそれは単純に俺がテレビを見た回数が少ないせいかもしれない。けれどもやっぱり、ヒーローが謝るシーンを見たことは一度もなかった。

 それなのに、この街だけのヒーローは土下座をしている。自分の非を認めて、自分の無力を受け取めて。みてくれは格好悪いかもしれない。まあ夢見る子供達に対しては、少々目に毒なのは認めるしかないな。

 だけど、何もヒーローが守るのは子供だけではない。

 老若男女、問わずなんだ。

 だから、ヒーローは土下座をしてでも謝ってくれる。

 俺は、そんなヒーローが大好きなんだ。

 そして、そんなヒーローが大好きなのは俺だけではない。気がつくと、周りの皆が「いやいやいいよヒーローさん!」「そうよ! 私達、ヒーローが居なかったら怖かったもん!」「ありがとうな、ヒーロー!」「これからもよろしくおねがいしますじゃ」「頼りにしてるぜ!」と各々言いながら、ヒーローの周りを囲んでいた。川田さんは最初近寄らなかったのだけど、周りの人の説得の末、何も言わずに無言でヒーローの傍に近寄って行った。目の端に涙が少したまっていたことは、遠くでぼーっと眺めていた俺しかわからないことだっただろう。

 そう。

 俺はその時立ち止まっていた。

 ヒーローに感謝など、出来る身分じゃないと思ったからだ。




「そりゃ、そうだよな」

 俺は一つ、命の恩人であるヒーローに言っていないことがあった。

 叶から全て聞き出し、知った徳永切裂の復讐。ヒーローは暗闇の空間を見つけだしたいという徳永切裂の為に――しいては自分を不老不死の体にした暗闇の空間に対するヒーロー自身のけじめの為に、ヒーローは街に緊急避難警報を発令したんだ。

 では、ここでいくつかの疑問を口に出してみよう。誰に、とはまだ言わない。俺にだって意地はある。恐らくこの人のせいだろうという目星はついている。だからこの場にこの人を呼んだのだが、もし間違っていた場合、笑ってごまかしてこのやり取りを描写すらしていなかったことにしたいからだ。

 だから、誰にとは言わない。

 まず、一つ目。

「何で、俺とあゆみは緊急避難警報に気付かなかったんですか?」

 次に、二つ目。

「何で、刀なんて物がこの街にあるんですか?」

 最後に、三つ目。

「何で、刀と銃とメモが、近所の誰にもばれずに俺の部屋の押し入れの中にあったんですか?」

 これらの問いを口に出し、その人の解答を俺は待った。相変わらずの無表情で、その人は綺麗な姿勢を保つ。

 そして、「仕上げに来たのですが、そこまでご存知でありますならば、私が言うことは少ししかございません」と口を開いた。

 間違っていて欲しかった。この人の評価を、改めたくなかった。

「……貴方が黒幕だったんですか」

「正確に言うと私だけではありませんが……まあ、大体の仕掛けは私が施させてもらいました。何時から気付いておらっしゃいましたか?」

 その人は、尚も静かな笑みを浮かべ始めた。

 自分がここにいて、真相を喋るのが当然とでもいいたげなように。

「電車の時、です」

 セバスチャンさんは、俺のこの返事を聞くと、「流石ですね、刀銃様」と言って俺を真っ正面に見た。

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