ヒーローがいるのに平和な街の表 15
その時。
俺が諦めて体の落下に身を委ねた時。
――声が、聞こえてきた。
「依頼主、ヒーロー。運び方法、リムジン。運ぶ対象、巨大トランポリン。運び先は、刀銃の真下」
頼りがいのある、男の人の声。何でその人の声が聞こえてきたんだとか、タイミング良すぎだろとか色々思うことはあったが、とにもかくにも俺はその人が依頼人としてさした人物の名前を聞いて安心感に浸ることが出来た。
地面に真っ逆さまに落ちていく俺の真下には、巨大トランポリンがあるらしいし。
「よぉ、刀銃。お届けもんだ。ありがたく受け取ってくれよ」
「言われなくても……」
そのつもりですよ、と言おうとした所、上から――俺が見える真っ正面からまた声が二つ聞こえてきた。「落ちてる堕ちてる墜ちてるわよこれ! キャーー!」といういつの間にやら意識を取り戻していたあゆみの阿鼻叫喚な叫び声と、「うわっ、うわっ、ゴメンね! ごめんね、二人共!」という叶の懺悔の声だ。
二つとも、俺を安心させてくれる。
「ああ、そうそう。言い忘れてたけどよ」
下を振り向くと、全体が黄色で三人分は受け止められそうな大きさのトランポリンと、こちらを見上げている高梨さんの姿があった。
そこで普通に俺を見守ってくれれば良かったのだが、高梨さんは軽く笑いながらこんなことを口にしてきた。
「それ、流石に屋上から来る人間なんて受け取めきれないから、頭からおちたら死ぬぞ」
「そういう大事なことは早く言って下さいよ!」
おいおいおいてことはあれか! 俺がこのままおちたら普通に死ぬし、頭からおちずに何とかなっても、今度はあゆみの命が危ないってことか!
トランポリンの意味が全くないぞ!
セバスチャンさんに頼んで耐久力上げてから俺の元に運んでこいよ!
「ええぇぇぇ私頭からおちたら死ぬのおぉぉぉ嫌よそんなのおうおう」
「おうおうイッテルビウムぞあゆみ!」
「黙りなさいあいあいあ」
「あいあいあってどういう意味だ!」
あゆみもあゆみで俺と同じ様にテンパってるようだった。というよりか何だか落下時間が長くないか? 転落する時はあっという間だとか言う話を聞いたことがあるが、案外そうでもないらしい。死ぬ前の時間は長く感じるって話の方が正しいって訳か。
まあしかし、このままこうやって叫び合っていても拉致が全然あかない。そうならば、俺とあゆみがとるべきは一つしかないんだ。
「叶!」
「任せて!」
これぞまさしく阿吽の呼吸というべきか、俺が呼んだだけで叶は空中からとんでもない速さで、顔を地面に向けて降下してきた。体が顔だけを残して白い煙りになったかと思うと、音をたてずにその煙りが広く広がり、俺とあゆみを包む。うおっ。なんか、耐久性のあるドデカコットンに包まれてるみたいだ。
「ああ……柔けぇ」
「や、あん! 何やってんのさ刀銃! そこ、私のバストの領域よ!」
「わかるかそんなの!」
「だからもっと徹底的に体を擦りつけて!」
「嫌だっての!」
「案外余裕じゃないの刀銃も香里お姉様も!」
三者三様それぞれ悲鳴の代わりにボケてツッコミ合いながらも、煙りがゆっくりと転落のスピードを遅くしていき、遂には、トスン、と軽い音を起てて俺とあゆみと叶はトランポリンの上に難無く着地することが出来た。
「いやー、流石じゃねえか刀銃。俺も今回ばかりは死ぬかと思ってたぜ?」
「…………」
高梨さんが勝手なことを言っていたけれど、完全スルーして叶とあゆみに向き合うことにした。「大丈夫か、あゆみ? 怪我ないか?」と俺が聞くとあゆみは俺の隣でちょこんと女座り(この場合、女の子座りとした方が良いのかどうかわからなかったが、なんか女の子座りって変態な感じがしたので女座りと表現することに落ち着いた)をしながら息を荒げていたが、俺の方を向いて「だ、大丈夫。怖かったけど、刀銃が居てくれたから……後、香里お姉様とか知らないおじさんとか」と言っているので安堵し、今度はまだ浮かび上がっている叶の方を見た。
「大丈夫か、叶?」
俺はあえて、あゆみの場合と同じ言葉を言う。それに対して、叶はいきなり泣き始めた。
「って何故に泣くんだお前!」
「きっと香里お姉様、刀銃が怖かったのよ」
「俺は男女共に怖がらせる幽霊に怖がられる存在なのかよ!」
あゆみが軽口を叩いたのを見て、「ありがとね、あゆみちゃん」と叶は涙を流しながら感謝を述べていた。ああ、そういうことか……とあゆみの叶への気遣いを悟った俺は、また一段とあゆみの好感度を上げることにした。因みに今現在のあゆみの好感度はかなりのものだということだけは言っておこう。
「グスッ……ごめんね、二人共……特にあゆみちゃん……ヒック……怖い思いさせちゃったよね……ごめんね……」
「何言ってるのよ、香里お姉様。私は西山財閥の一人娘よ? 香里お姉様と一緒に居て怖いなんてこと、有り得ないの」
「そうだぞ。俺なんか平凡大学に通う一人っ子だ。怖いことなんて何もねーよ」
「涙が出るくらい普通のプロフィールね」
「涙が出るくらいって!」
「まあ私のも普通のプロフィールだけど」
「お前のが普通だったら俺のは底辺になるっての!」
「あら。わかってるじゃない。凄いわ刀銃。褒めてあげる。よしよし」
「あ、ああ。サンキューな……ん? なんかおかしいと思うのは俺だけか? てか俺の頭を撫でるな。屈辱以外の何物でもねぇ」
「よしよし」
「あー……こう言ってもやめないのかあゆみ……」
「……アハハ」
俺とあゆみがそうやって会話(というかあゆみが俺に屈辱を与えているだけの交流だこれは)していると、涙を拭きながらやっと叶は笑ってくれた。
「おお。やっと笑いやがったか叶」
「……笑いやがったってどういう意味?」
「いや。一応、今のところ叶は敵ってことになってるし」
「て……敵って……刀銃とあゆみちゃんの敵ってこと?」
「おうよ」
「そんな訳ない……そんなことある筈がないじゃん!」
「じゃあ、教えて貰うぞ。お前が何で、あゆみを誘拐して俺の『時間稼ぎ』をしたのかをな」
「…………」
俺がこうカマをかけると、叶は口を閉ざして俯いてしまった。思えば、こいつのこんな表情は初めて見る気がする。
いつも笑ってて。
俺の横に居てくれた。
あゆみや高梨さんも、息を呑んで叶の同行を見守っている。今の状況を要約すると、幼女と青年とおじさんが泣きっ面で俯く女性を取り囲んで固唾をのんでいるということになるな。凄まじい。第三者が居なくて本当によかった。緊急避難警報さまさまだな、本当に。
そして叶は俯いていたがようやく覚悟を決めたらしい。あゆみと俺を巻き込んだ救出劇の最後を飾る言葉を、叶は言った。
「徳永切裂の、復讐を手伝う為だよ。私を殺した徳永切裂と、私を幽霊にした暗闇の空間を捜し出す為……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます