ヒーローがいるのに平和な街の裏 十五
僕は、それを見つけることが出来た。どうあがいても形勢逆転出来そうもない、この詰まれた状況をひっくり返す可能性のある物。
それが、僕と徳永切裂の後ろから――投げ込まれてきたかのように目の端を通り抜けたんだ。
「……うおおおおお!」
最後の最後になるかもしれない叫びを僕は大きく発し、引き金を引き途中の左の弾丸を、向かってくる徳永切裂を狙って撃った。「今更何を……」と言って軽々避け、そのまま向かってくる徳永切裂。
刀の先が、斬れる部分が、自分の目の前にどんどん迫って来る。
――するとその時。
『パァン』という乾いた音が。
徳永切裂の後ろ――僕の前から聞こえてきた。
「何だ……っ!」
ここに来て初めて取り乱す徳永切裂。そんなの当たり前過ぎる。当たり前過ぎて、徳永切裂さえも焦る事実だ。
僕の目の端を。
拳銃が通過して。
僕が空中を尚も移動するその拳銃の引き金を。
徳永切裂を狙った線上において撃ち抜いて。
――徳永切裂が全く予測していなかった三丁目の拳銃の弾丸で、徳永切裂を狙ったのだから。
決着の時間は、不確定要素によって訪れた。
思わず体全体を使って避ける徳永切裂を、僕は左の拳銃を捨てて右の拳銃だけで狙う。
そして、体がよろけながらも安心して一瞬だけ油断してしまった徳永切裂を、僕は頭を冷静にして、撃った。
撃ち抜くは、ヒーロー夫人から貰った銃弾。
狙うは、徳永切裂の右足だ――!
「……チッ」
「はぁ、はぁ、はぁ……ああああああああっ!」
そうして。
僕は勝利の雄叫びと共に、徳永切裂を倒れさせることに成功した。
「残念だけどね、栄作。そいつは足を撃たれたくらいじゃ倒れないよ」
すると、後方から僕の知っている人の声が聞こえた。
「何にしろ、よくやったな、栄作!」
「俺らが来たんだ! もう安心していいぜ!」
「私達がアナタを全力で援護するわ!」
「安心せい。わしゃあ、まだまだ現役じゃからなぁ」
「クハハッ!」
続々と声が聞こえる。しかも、全員が全員僕の知っている人達だ。
地下に住む人達が、全員拳銃を構えて僕と徳永切裂の周りを囲んだ。老若男女。僕より若い人はそんなに居ないけど、それでも身長が小さい人が拳銃を構える姿は目に残った。
「徳永切裂。残念だったね。ヒーローと夫人の名において、お前を倒させて貰うよ」
その中に。
銃を構えるヒーロー夫人が居た。
「ヒーロー夫人……何でここに……ていうか皆……どうして皆、銃を持って……」
「これが、私達地下に住む者に課せられた一つのルールだからだよ。おかしいと思わなかったのかい、あんた。いくら地下でも、平和な街に住んでる筈なのに拳銃や薬莢があるなんてさ」
言いながら、僕の隣で喋るヒーロー夫人は銃口を徳永切裂に向ける。他の人も一様に、僕を円の一部に加えた上で、徳永切裂に銃口を合わせる。
「…………」
僕があまりの出来事に口を開けてポカンとしているのを見たのか、「しょうがないねぇ」と言い、ヒーロー夫人は話の続きを口にする。
「答えは、『自衛』さ。もしも……もしも、この街にもう一度悪が出現したり……もしくは悪が侵入してきたりした場合に備えて、私達は皆、銃の扱いを心得てるのさ。十五年――何も無かったんだけどねぇ。あんたが初めてだよ……とっ君」
ヒーロー夫人は、そう言って徳永切裂を見た。
その顔は僕が初めて見る……慈愛と寂しさに満ちた表情だった。
……え?
ヒーロー夫人は何で、とっ君てフレンドリーな呼び方で徳永切裂を呼んでいるんだ?
「……スマナイなみっちゃん。どうやら私も、死に際のようだ」
「何言ってんだい、もう……」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 何ですかとっ君って! 何ですかみっちゃんって! ヒーロー夫人は徳永切裂とどんな関係なんですか!」
「不倫相手さ」
「マジですか!」
ヒーローとやらを放っておいて何普通に連続殺人犯と不倫してるんだこの人!
みっちゃんってヒーロー夫人の本名の一部かっ!
ていうか……え……えぇ?
何で地下の皆は、静かに黙って徳永切裂とヒーロー夫人を交互に見てるんだ?
「もしかして……皆さん、ヒーロー夫人と徳永切裂のこの不倫関係を、知っていたんですか?」
その言葉に、僕の左にいる妙齢の女性が、銃を構えながら「不倫関係じゃないけど」と言って答えてくれた。
「私達は佐藤君が来る前から知ってたよ。徳永さんがヒーロー夫人とどんな関係なのかも……徳永さんがどんな人なのかも」
「どんな人って……ただの殺人鬼でしょうこいつは!」
豪を煮やした僕は、倒れている徳永切裂の顔を指さしながら叫んだ。
「こいつは! 僕の両親と恋人を殺したんです! 笑ってた三人を斬って、二つに分解したんですよ! 死ねばいいんです! 死ぬべきなんです、こんな男はっ! なのに何であんたらは親しげに徳永切裂と接してるんですか? 一体全体何考えてるんですか? 狂喜の沙汰ですよ、それは! こいつは! 死ぬべきなんですよ!」
「そいつはねぇ……不可能に近いんだよ、栄作」
静かに横を向いて僕に言ったヒーロー夫人の目には、涙が流れていた。
「死ぬのが不可能に近いって……どういう……」
「元々死んでるのさ、とっ君は」
そう言いながら着物の袖で涙を拭うと、人差し指で――僕が打ち抜いた右足の部分を指した。
――白い煙りが傷口を包み、次第に治ってきていた。
「……何だよそれ……何だよこれ!」
「とっ君は、一度死んでる人間なんだよ」
ヒーロー夫人は。
何でもないことのように振る舞い、淡々と述べた。
「とっ君はね……自分を幽霊の体にした暗闇の空間を捜し出す為に、建物を壊しまくってたんだ……」
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