ヒーローがいるのに平和な街の表 14

「何自分の名前いっちゃってんのさ。恥ずかしいったらありゃしないよ、刀銃」

「ウルセー! 気分だ! 気、分っ!」

 まず俺は徳永切裂の刀を瞬間的に振り、カマイタチを作り出し、それを叶の左――あゆみが捕まっていない方の体を狙った。罪悪感は全くないといったら嘘になるが、俺の記憶の中には斬られた後、悠々と元に戻る叶の姿が残ってる。だから容赦はねぇぞ、残念だけどな。

「危ないよっ!」

 言いながら叶はあゆみを右腕で抱えたまま、俺から見て左に避けてカマイタチに対処した。やはりな。簡単に避けるに決まってる。ここで俺から見て右に避けない辺りが叶らしいな、と感慨深く思う俺。これは余裕とかそういう訳じゃなく、こんなことを思ってないと恐怖で押し潰されそうになるからだ。

 俺みたいな一般人が、何で刀や銃とかいう危ない物を扱わなきゃいけないんだ。

 一歩間違えたら死ぬんだぞ、あゆみが。

 しかし、唯一心が救われたのが、叶の場合は俺を攻撃する手段がないという点だ。

 ――だから力ずくで奪えと叶は言った。

 続いて俺は、銃の引き金を引き、銃弾を発射させた。瞬間、結構な衝撃が来る。思わず左腕が上がった。これは片手で扱うのはキツイな。田中雄二でさえも普段は一丁しか使っていなかったんだから、当然のリスクと言えば至極当然なんだが。

「うわわわっ!」

 直線の軌道を進む銃弾は、カマイタチの直後で避けきれなかった叶の左肩を貫いた。しかし、沸騰したみたいに叶の肩を白い煙りが包み、あっという間に元通りにしてしまう。

「もう! もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん!」

 何だか見当違いのことを言っている叶を俺は全力で無視し、考えを纏める。

 やはり、そうだ。

 幽霊とかいう不可思議物体の弱点……それは、『風』だ。

 煙りのようなものが傷口を包んで修復するところから察するに、幽霊の体はあの煙りで出来ているのだろう。

 煙りは、風で動きを操れる。

 だから叶は、カマイタチの後、体をその場に置くことに精一杯で銃弾を避けることが出来なかったんだ。

 ――もし叶が俺と同じようにカマイタチを起こせると仮定した場合、動きはある程度制限されれるんだろう。

 まあ、関係ない話だ。

 さて。これで叶に傷を与える方法は確立した。

 後は、俺の考えを実行するだけ。

「あれ? もう責めないの?」

 叶がとぼけた顔で俺にこう聞く。こいつは……最後の最後までこんな調子か……。

 まあいい。どうせとりあえず最後なんだ。最後くらい、お前のそのノリに付き合ってやるよ。

「安心しろ。言葉責めよりも格別な奴をお前にぶち込んでやるっての!」

 俺は刀を、さっきとは比較にならない力で強く振った。残像も残らない程早いその動きは風を発生させ、カマイタチの形を紡ぐ。その描かれた孤は、叶の左をもう一度通った。

「くうぅっ!」

 叶が必死の形相で体を風に持ってかれないように維持しようとする。

 その一瞬――ここだけが、最後のチャンスだ。息を整え、覚悟を決める。

「……南無三っ!」

 その一瞬のチャンスを掴み取る為、考えを実行した。

 俺は――屋上から背中を下にして飛び降りた……ああああっ!

 一瞬宙に浮いたと思ったら重力が体が持って行くうううううううう未来が見えるあああああもう駄目だこれ死ぬおれ絶対死ぬっっっっさよならさよならさよならあああああああ皆楽しかったよ!

 だからせめて……あゆみだけでも俺は助ける……!

 叶の体の煙りは、何か通過するような衝撃や物を与えてやれば、『一時的』だが揺らぐ。

 一時的だが、その空間から存在が無くなるんだ。

 だったら俺が狙うのはこれしかない。落ちる恐怖に堪えろ、俺。もう何をしたって助からないなら……花道を飾れよ、俺!

 青空が見える様な横向きの体勢で、俺は落ちながら上を見た。予測通り……か。

 あゆみを叶から引きはがすには、あゆみを抱いている右腕を無くすしかない。

 その為には、この、叶の斜め下に移動するしか方法は無かった。

「うおりやぁっ!」

 俺は叫びながら、左腕に持つ銃を、叶の右腕に向かって力いっぱい投げ上げた。刀は危ないからな。普通に投げるのは、まだ弾が入っている銃だけだ。

 そしてそれは高い高い放物線を描き、その途中で、叶の腕を消し去った。ゆっくりと支えを失ったあゆみが顔を前にして落ち、俺の真上に近づいてくる。カマイタチを使えればよかったんだが、残念ながらあれは空中じゃ、支えとなる地面がないから使えない。

 だから俺は死ぬ。

 あゆみ。お前は俺をクッションにして助かれ。

 大丈夫な筈だ。杜撰な考えだけど、もう一つの可能性があゆみを助けてくれるみたいだし。

「え……ええ! 何で……刀銃が死んじゃうっぽいのっ! ああ! 駄目、修復しなきゃ、嫌! 刀銃! あゆみちゃん! 刀銃! 嫌だ! ヤダっ! ごめん二人共! 嫌……嫌あああぁぁっ!」

 叶は、消えた右腕を恨めしそうに眺めた後、涙目になりながら俺とあゆみの名前を交互に呼ぶ叶が、空中に居た。

 やっぱりあいつは、何も本気であゆみを誘拐しようとした訳じゃなかったんだ。

 仕方なく。

 何か事情があったんだろう。

 いいさ。それさえわかれば、もう充分だ。

「楽しい大学生活……ありがとうな……」

 どんどん体が落ちていく。あゆみの体もどんどん落ちていく。

 じゃあな、ヒーロー。叶。あゆみ。セバスチャンさん。


 短い間だったけど、ありがとう……。

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