ヒーローがいるのに平和な街の裏 十二
「ここも違うか。ここも、違う」
徳永切裂は僕に背中を見せた状態のまま、走りながら建物という建物を全力で斬っていた。原理はわからないけれど、どうやらあの刀の延長上にある全ての物という物を斬れるらしい。
あれが、同僚から聞いていたカマイタチか。
あんな化け物と、対等に渡り合っていたのか、同僚は。
スパスパと、面白いように斬れると思ったら直ぐに家が崩れていく。僕も走りながら撃っているけど、全く血を流さない徳永切裂の背中を見る限り、どうやら徳永切裂は消え続ける刀身を銃弾にも向けているようだった。
後ろを全く振り返らずに、銃声だけで斬るかどうかを判断している。左腕をろくに使えない状態でこれだ。徳永切裂は本当に人間なのか?
考えて、僕は気付いた。
何、甘いこと言っているんだ僕は。
こいつは僕の父さんと母さんと亜希子を殺した憎むべき悪だろう。それを何だ? 『人間』か? 平和ボケも大概にしてくれ、僕。
徳永切裂は、死んでもいいクズだ。
「ふんがっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ!」
徳永切裂以外は何も考えない。それを僕は忘れていた。
徳永切裂が建物を壊す目的? 知らないよそんなの。
カマイタチ? 下らない。避ければいいだけの話しだ。
今の速さで徳永切裂には追い付いているんだ。案外徳永切裂は速い方じゃないのかもしれない。それか、朝から夜にかけてオーダーを聞いて走り回っていた僕が速いのか。何にせよ、さっきまでの自信喪失の状態であの速さを出せたんだ。
だったら話は簡単だ。
徳永切裂への恐怖なんて復讐心で覆い隠して、限界を――肉体の限界を超えればいい。
気合いを入れて走ると、僕は徳永切裂にどんどん近づいて行くことに成功した。距離が狭まるのは好都合だ。それだけ、徳永切裂と、銃弾が届く距離が近づいていく。そうすれば、徳永切裂も流石に余裕は見せられない。
「……ほう。速いな」
前を向いて建物を壊し続けているのに、僕が徐々に近づいているのに何故だか気付いた徳永切裂は、呟き、そして走るのは止めないでピタリと腕を『見える』ようにした。
「何の真似だ」
「何の真似でも何もない。ただ単純に、君を私の敵だと少しだけ認めただけだ。近づいてもらっては困るからな。少し……ほんの少しだけ君を牽制することにしよう」
言うと徳永切裂は――刀だけをその場に残して姿を消し――そして一瞬で刀を掴んで姿を現わした。
何をしたか、わからなかった。何をしたのか理解したくなかったといってもそんなに変わらないと思うけど、あえて言わせて欲しい。
「徳永切裂……お前は……お前はどれだけ……っ!」
僕の目の前には。
徳永切裂が壊した残骸の大小様々なコンクリートが、僕を目掛けて迫ってきていた。
あの一瞬で。徳永切裂が刀だけを残して消えたあの一瞬だけで、徳永切裂は今までの速さとは比べるのも馬鹿らしい程超絶に速いスピードで残骸に近づき、右手だけであの大きなコンクリートを持って投げ付けたんだ。
「刀を振りながらでは亀の様にしか走れないが……刀を一瞬だけ宙に浮かべれば虎など簡単に追い抜かせる」
徳永切裂が僕の方を振り向かずに何かを言っていたけど、今はコンクリートの対処に気が入っていた。
数は三個。
僕から見ていびつな円形を平面にしながら近づいてくる二人分くらいの大きさの断面が徳永切裂の左から。
角が六つばらばらに出来上がっている僕くらいの大きさの塊が徳永切裂の右から。
完全に三角形になっていて、その先端を僕に向けて襲うコンクリートが徳永切裂の頭上から。
徳永切裂は、その三つの真ん中で刀を振り続けていた。
一つ一つの速さは徳永切裂に比べたら遅いが、一つ一つの微妙なタイムラグが厄介だった。それでも対処するしかない。
風を纏いながら僕に突進してくる徳永切裂の攻撃の内、まず左の塊を対処する。大きな物程ぐらつきやすい。現在、リボルバーにはそれぞれ二発ずつしか入っていない。銃を二丁、まずは宙に浮かべて維持させ、直ぐさまポケットに両手を突っ込み八個の銃弾を取り出す。瞬間的にリボルバーを開き、そしてグリップをちゃんと握りながら一つ一つ銃弾を入れた。その間、コンクリートが近づいて来ていたけど、地下の人が教えてくれたこの技のおかげで少ししか時間がかからなかったらしい。そこまで近づいていなかったことに驚いた。
右の銃を三発、左の銃を三発それぞれ撃って、左の巨大な塊の右上の頂点に集中して撃つ。ガンガンガンと弾と平面がぶつかった音がし、少しではあるけれど左に傾けさせ、尚且つ遅くさせることに成功した。
次に右の銃を二発、左の銃を二発撃って、造るのに失敗したような形の大きなブロックに弾かせた。今度は先刻と違ってバラバラに。ただし全体的に撃ったので勢いが殺され、僕に襲いかかる速さが抑えられた。
最後に左の銃を一発撃って三角の先端に直撃させる。先端が尖っているせいで衝撃が後ろ方向の辺に伝わり、これは簡単に動きを押さえ込むことが出来た。
そして、それぞれ一様に、少しだけ遅くなって保持された中央の徳永切裂の背中へと繋がる入口が確保される。
「う、お、お、おおぉぉ!」
そこを、全速力で駆け抜けた。
頭を両腕で庇いながら倒れ込む。ぐるぐると回転する僕の体が止まるとほぼ同時に、三つのコンクリートが地面にたたき付けられる音がまばらにした。
「……よしっ!」
徳永切裂の攻撃を、初めて避けることが出来た。というかあれが初めての徳永切裂からの攻撃だったんだ……徳永切裂は、常に背中を見せていたから、攻撃も何もなかった。
しかし、僕は初めての攻撃をかわし切った。イケル。大丈夫。僕ならやれる。例え、息がもう切れそうな状態でも、僕はやり切らなければならない。
改めていきり立った僕は、立ち上がると異変に気付いた。
気付くのが、遅すぎた。
三つのコンクリートをかわした直後、そのコンクリートが地面に激突する音しか聞こえなかった段階で気付くべきだったのかもしれない。
僕がその時見たのは。
周りの建物が全て壊された先にいる――遠くにいてもう全くと言っていい程見えなくなっている徳永切裂の後ろ姿だった。
「…………え?」
待って、くれ。もう僕の体力は限界に近い。あそこまで離れてしまった徳永切裂に近づくのは、至難の技になってしまっている。
あんなに遠くじゃ銃なんて撃っても撃たなくても同じだ。
近づけない。
傷つけられない。
そんな状態で、どうやって徳永切裂を殺せるんだ?
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