ヒーローがいるのに平和な街の表 11

「それでは、そちらは任せた」

「オッケーオッケー任せといてー。徳永は栄作をお願いねー」

 そんな会話を徳永切裂とすると、叶はあゆみを抱えたまま俺の方を向いた。

 ……って、おいおい待てよ、叶。

 お前、何で徳永切裂と話しなんてしてるんだ?

「だからさ、言ってるじゃん。え? あれ? 言ってなかったっけ? まあいっか。とにかくさ、私も刀銃と一緒で徳永の変えられた記憶を入れられた実験体なのよっ。だから私はあゆみちゃんを眠らせて、あゆみちゃんを人質にして、刀銃をおびき寄せるのさー」

「意味わかんねーよ」

「別にわかってもらわなくてもいいよ。ていうか……わかってもらったら困るからさ」

 叶はそう言うと、俺の目の前の土管の上にスムーズな動きで降り立った。冷たい目をしながら、それでも口だけは笑って俺を見る。何だよ、その目。俺はお前のそんな目なんか、知らないぞ。

 大学に居た時、一人で何も考えずに机に座っていた俺。喋る相手は若さを恨むおかしなグラマー先生しかいない。サークルも何もかもめんどくさかくて入らなかった俺が悪いのは間違いない。だけれど、誰とも喋れない状況程キツイものはなかった。

 そんな孤独を味わって噛み締めなければいけない状況の中。

 俺の目の前であゆみを誘拐した叶は、話しかけてくれた。

「そんなお前が、何であゆみを誘拐なんかするんだ?」

 俺が再度こう聞くと、叶は「くどいよ。うるさい男は嫌われるってよく言うから黙ろうよ」と言い、ゆっくりと俺に近づいてきた。『パァン』という銃声が聞こえたには聞こえたが、生憎と俺には構っていられる精神的余裕がなかった。

 俺の目と鼻の先まで来た叶は、静かな鼻息を俺に吹き掛けながらこう言う。

「ねえ刀銃。こんな話知ってるかな? 昔々、ある所に一人の少女が居ました。彼女は昔っから自分がおかしな性癖を持っていることに気付いていましたが、それを周りに隠したまま生活していました。母親にも父親にも。兄弟にも姉妹にも。親友にも彼氏にも。誰にもばらさずに普通に生活していました。だけどそんな生活に嫌気がさした少女は、自分を変えることにしました。ではここで選択肢です。『自分』か『世界』、どっちを変えればいいでしょう? 少女は片方を決意し、それをある人に伝えようとしました」

「…………」

 一気にそこまで喋った叶。よくわからない話だったが、今話すということは叶にとって――そして俺にとって重要な話なんだろう。

「……続きは?」

「続きはヒ、ミ、ツ。少女が誰なのかも、この話が本当にあった話なのかも、事実とどれだけ近い話なのかも、私がこの先続きを言うのかも、全部ヒミツ。ヒミツ主義の女の子――それが私、叶香里なんだよ」

 言うと叶は、俺の目の前から遠ざかり、再び上空へとあがっていった。

 その間、俺は何もしなかった。ただただ、浮かぶ叶をじっと見ていた。叶が「あれ? 刀銃ってば私の運動着に見惚れてるの?」と言うくらい、俺は叶と叶に捕らえられているあゆみを見ていた。

「……なあ、叶」

「なぁに?」

 さっきと反面、とぼけた笑顔で返す叶を見ながら、俺はぼんやりと思い悩んでいた。

 やっぱりさ。俺、信じられねーんだよ。お前があゆみを何の理由も無しに誘拐するなんて。昔から金、金、言ってたお前だけどよ、だからって『お姉様』とか言って親しんでいたあゆみを誘拐するなんて馬鹿げた逸話、実行する筈がないんだ。

 だから聞かせてくれ、叶。何度でも、何度でも。

「お前の本当の目的は何だ?」

「……アハ……アハハ……くどいって言ってるじゃんって言ってるじゃんなのに何でよ何でわかってくれないのよ何も考えずに私を追っかけなさいよ何やってんのさあんた今刀も銃も使えるんでしょなら私を攻撃しなさいよ気持ちいいからとかそういう意味じゃなくて早くとっとと早く攻撃しなさいよ馬鹿じゃないのこ……殺す、よ、あゆみちゃん、ををををををアハハハハハアハハアハハハハアハハハははははあはッ!」

「……そうか」

 あゆみを殺すと言った叶の表情は相変わらず快楽を表していた。

 これが真実なのか。

 はたまた演技なのか。

 田中雄二と徳永切裂が入り交じっている刀銃としての俺はよくわからない。

 だけど……だからこそ、俺はお前を止めようと思う。そうすることがあゆみの為にもなるし、何より叶の願いを叶える結果に繋がるから。

「さあて。刀と銃……刀銃」

 言いながら右手の刀を上空に向けて、俺は徳永切裂の記憶を頼りに刀を振ろうと思った。

 だが、ここで突然何か大きなものが崩れる音が俺の鼓膜を響かせた。

「うおっ! 何だこの音!」

「徳永も始めたみたいだね」

 上空を見ている今の状況じゃわからなかったので、一瞬だけ頭を元の状態にして土管の方を向く。するとそこには、刀を振った後の徳永切裂と、横に倒れた状態でほうけている佐藤と――原型を留めていない家があった。

「徳永切裂の奴……家なんか壊して何を企んでるんだ……?」

 あれは、徳永切裂の仕業だ。そう、俺の中の徳永切裂の記憶が告げている。

 今の今、叶に向けて小さく放とうとした抜刀術を、徳永切裂は家に向けて大きく放ったんだ。

 ――カマイタチ。

 それは、徳永切裂が振る瞬間の刃から発生する風から生まれる自然現象だ。研ぎ澄まされた刃の斬っ先から放たれる研ぎ澄まされた風は、いかなる物をも切り裂く一閃の孤を描く。

 徳永切裂。

 自分にとっての『徳』の刃を永遠として切り裂く。

 名前をそのまま具現化したカマイタチを、徳永切裂は何の躊躇いもなく使っていた。

 ん?

 ……矛盾している。

 何で徳永切裂は、今は殺人犯でも何でもないのに、誰かが居るかもしれない家を破壊出来るんだ?

「……って、待てよおい」

 何で、銃声が響いているのに、平和な街の住民は誰も確認しに来ないんだ?

「盛大に無視してる所悪いけど、またまたんじゃね刀銃ー」

 俺が疑問の重りの枷を何とかしようとしていたところを、叶の言葉がそれを止めた。気付くと叶は遥か高くへとあゆみと共に舞い上がっていた。街を囲む壁の高さ並の上空。見えるのは少量の点の塊となってよく見えない叶の足だけ。

「何やってんだよ、俺は!」

 我ながら馬鹿だと思ったが、後悔後先立たず。後悔後にも先にも佇むといってもいい。あそこまでの高さに居てくれては、もうどうしようもない。

 あゆみを傷付けずにカマイタチを起こそうにも、不可能に。

 銃で叶を狙おうにも、不安要素が俄然として残る。

「畜生がっ……!」

 馬鹿だ。俺は馬鹿だ。何としてでも二人を助けなければならないのに、こんなどうしようもない所でヘマをした。上空の叶は電車の駅に送ってくれたセバスチャンさんの運転するリムジンくらいの速さで、左に移動する。

 いやがおうにも俺は走り始めた。走れ。走れ、俺。トイレが近くにある出口とは違う出口から公園を出て、二階建ての一軒家の屋根の上にギリギリ叶の姿が見える線上で俺はその後を追った。

 しかし、どんとんどんどんどんどん着実に着々と叶は遠ざかっていく。ヒーローを追い掛けていた以前は田中雄二を模した自分の体のこともわかっていなかったが、今の俺には田中雄二に近い身体能力がある。

 だが、それでも全く追い付かない。追い付く気配すらない。

「あゆみ……叶……クソっ……速く動けよ俺の足っ!」

 叫んでも速さは変わらない。俺はそのまま走り続けようとした。間に合わなくなるなんて有り得ない。有り得ないなら、有り得ないなりに努力するしかない。

 けれど、届かない。

 いくら走っても遠ざかる。

 ――そんな絶望の淵に。


「依頼主、ヒーロー。運び方法、リムジン。運ぶ対象は、刀銃。運び先は、叶香里」


 知らない男の人の声と――セバスチャンさんが運転していたリムジンが動く音が聞こえた。リムジンが走り続ける俺の左横を、並行して走る。

「へい兄ちゃん。乗ってくかい?」

 窓から身を乗り出して声をかけてきたのは、遊園地の中、あゆみが拾った財布を受け取っていたチャライ不良風の人だった。

「……これは俺の問題ですんで、お気遣いなく」

「んなこと言ったってよ、あんなスピード出す幽霊っ娘になんか追い付く訳ねーぜ? それなのにお前は走るのかってんだ」

「叶とあゆみが、待ってるのは、俺ですから」

「本末転倒だぜ、それって。運び屋として、そんな甘えはいただけねーな」

 リムジンを運転しながらそう言う男性。俺はピタリと立ち止まり、男性の顔を見た。

「……ヒーローは何て言ってましたか?」

「ヒーローはこう言ってたぜ。「刀銃君をよろしく頼むよ。あの勢いじゃきっと、自分で全部背負っちゃうからさ、高梨君がサポートしてくれ」ってよ。まさしくその通りだな、ハハッ」

「…………」

 全部お見通しって訳かよ、ヒーロー……やっぱり俺はまだまだだな。もしヒーローがこの人を迎えに来させなかったら、俺は叶を見失なっていた。上空の先の先に、叶の姿が微かに見える。

 今なら、まだ追い掛けられる。

 だけどもそれは、俺の力だけじゃ果たされない。ここまででもそうだ。ヒーローやセバスチャンさんの助けを借りなければ、辿り着かなかった。

「よろしく、お願いします」

 腹を括って後部座席に乗り込む俺を見た男性は、「ハハッ」と軽く爽やかに笑って前を見た。


「さーて、準備は整ったな! 俺の名前は高梨和也! 俺もあの子には借りがあるからな! 運び屋の名にかけて例え地の果て山の果て、全力で運ばせてもらう!」

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