ヒーローがいるのに平和な街の表 12

「ヒーローは今、地下に居るぜ。てか街の全員なんだがな」

 高梨さんというらしいチャラい男の人は、叶を横目に車を走らせ追い掛けながら、現在の街の状況を俺に教えてくれた。

 高梨さんいわく――今日の朝早く、街全体に緊急避難警報が発令された。それを知った地上に住む街の人達は、急いで地下へと移動した。

 緊急避難警報。

 それは、この街が一時平和じゃなくなる報せだ。

 時間はそんなにかからなかったらしい。地下へ繋がる入口は、いかなる場所にもあるんだとか。エレベーターには必ず入口は付けられているし、どうやら仮設トイレなんかにも造られているんだとか。トイレて。どんなシュールな図だよ。それだけならまだしも、「地下へ行く為にはウォーターメロンってぇ叫ばなきゃなんねーんだけどよ、いかすだろ? これよぉ?」と高梨さんが言った時には絶句した。

 それに何よりも、セバスチャンさんの瞬間移動の装置がある。これで避難が滞る筈が無かったという訳だ。

 ヒーローは全員を避難させたと思って安心しきり、そして俺を安心させる為わざとテレビの話をしたら、俺が何故だか避難していなかったことを知った。しかもそれだけならまだしも、あゆみが叶に誘拐されたというバッドニュース付きでだ。当然焦ったヒーローだったが、セバスチャンさんに概ね伝えると、セバスチャンさんは俺の助けになるようなものを送ってきた。

 それが、刀と銃だったんだ。

 しかしそれでも俺は止まらず、遂には緊急避難警報の元である徳永切裂が居る叶へと再興してしまった。いよいよ焦りに焦ったヒーローだったが、街の人間が不安な中、ヒーローがその場を離れる訳にはいかない。ごうを煮やしたヒーローは、高梨さんに――緊急手段として擁してある運び屋に頼み、俺を迎えに行かせた。リムジンが西山家だけにあったのは、全て高梨さんの為らしい。

 つまりは、最終手段。

 ヒーローがいるのに平和な街が、ヒーローがいるのに平和な街じゃなくなった時だけ使う、最後の車。

「まあ厳密に言うと外の街から食糧やらなんやらを輸入する時にも使ってんだがよ、それもあの執事さんの瞬間移動装置さえ使えば一度にどれだけでも運べるから、俺は三ヶ月に一度外へ出るくらいにしか『こいつ』を使ってねーんだ」

 そういいながらも、高梨さんの視線は、叶が居る青空へとしか向かっていなかった。徳永切裂がどうやら暴走しているらしい。建物が崩れ落ちる大きな音がリムジンの中にいても聞こえていた。てか凄すぎだろ徳永切裂。ビルまで切り刻むとかカマイタチ程度のレベルじゃ済まないぞ、あんなの。田中雄二と対峙した時なんかよりも格段に強くなっている。

 色々あって、ふっ切れたんだな、徳永切裂は。

 まあそのおかげで上空を飛ぶ叶の姿が確認出来る訳だけども。

 しかしなぁ……あんなの相手に、佐藤は復讐しようとしてる訳か。

 叶に似た――亜希子ちゃんの為に。いや、亜希子ちゃんに似てる叶か。よくわかんねーが、とにかくやり切って欲しい。

 俺も、あの二人を救うとかいう目的がある。

「頑張れよ、佐藤。俺も、頑張るからよ……」

「んん? 何か言ったか?」

「いや、何でもないです」

「そうかよそうかよ。独り言はあんまりするもんじゃないぜ。言葉ってのは他人と意思伝達するためにつくられた代物だ。その言葉を自分に向けて言ってちゃ世話ねーからよ」

「……わかりました」

 しかし……この高梨さんは一体何歳なんだろうか。振る舞いが何となく年上っぽかったから思わず敬語を使っているが、正直外見は俺と同じくらいの年齢と称してもなんら疑いの目は向けられそうになかった。

 まあ、後で聞くことにしよう。その機会は必ず訪れる筈だし、少なくともその時まで俺は生きている予定だからさ。

「おう? 何だその目は? まるで俺が何歳か聞きたそうな目だな、おい」

 すると高梨さんは、ミラーを介しながら僕を見てこういった。

 何だこの人。

 写輪眼でも持ってんのか。

「……まあ、はい。聞きたいですけど」

「おうよおうおう教えてやるよ」

 先刻の俺の半ばカッコつけた心情表現が全くの無駄骨になって軽く自尊心が傷つけられた俺を無視して、高梨さんはこう言った。

「二十七だ」

「二十七っ!」

「しかも結婚してる」

「しかも結婚してんですか!」

「日夜ヤりまくりだぜ」

「年がら年中ヤりまくりなんですかっ!」

「そうそう。まあ欲求が抑えられねーって言うのかわかんねーけどついついな……って年がら年中はしてねーっつーの!」

 ノリツッコミだ……ノリツッコミを初めて見た! スゲー! これが本当のノリツッコミって奴か! 俺もたまにやるけどこの人のノリツッコミはやるべくしてやったっていうような安心感がある!

 凄いぞ、高梨さん!

「ま、俺のポリシーの中に『俺がこの人は凄まじい人だと思った人には年下でも敬語を使う』ってのがあるんだけどよ、見たとこ感じたとこ、お前はどうやら他人と力を合わせて頑張ってくタイプだから敬語は使わねーでおくよ」

 言いながら気取る高梨さんは本当にかっこよく、どっかのアイドルグループの中にいても大丈夫そうな感じだった。

 デビルかっけぇ!

「……しっかしまぁホント街を壊しまくりやがって……徳永切裂なんてとっとと何とかして下さいよ、佐藤さん。……っと。やっこさん、どうやら到着らしいぜ、刀銃」

 そんなことを思いながらそんな会話に興じていられる時間は、もう終わった。

 叶が、ある場所に降り立った。俺も見ていて不審に思っていたが、どうやら叶は一度旋回して一度行ったルートを戻ってきたらしい。だからこんなに早く追い付くことが出来たんだ。

 中央には都市部があり、その周りを囲むようにレトロな風景が漂う街の中。

 都市部とレトロのほぼ真ん中と言っていい場所にある建物の上に、叶は止まっていた。叶の顔は、俺と高梨さんが乗っているリムジンに向かっている――ように見えたが、気のせいじゃないんだろうな。

 そこを選んで止まったのも、何か理由があるからなんだろ? そうでもないと、キレるぞ、俺。そんな場所を何故選んだんだ、叶? 俺に対する嫌み以外の何物でもねーよ。


 何で、久貝田大学なんだ?

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