ヒーローがいるのに平和な街の表の裏 Ⅳ

 俺が目を開けると、そこにはあゆみの泣き顔があった。瞬間、「刀銃!」と大声を出し、あゆみは俺に抱き着いてくる。

 ……何だ、これは?

 どういう状況で、俺はこんな状態にいるんだ?

 いや待て。まずは落ち着こう。耳元で「刀銃! 刀銃!」と泣き叫ぶあゆみが正直欝陶しかったが、それでもなんとか我慢して状況を整理するとしよう。

 まず、ここはどっかの豪邸の一室。大きなシャンデリアが俺の頭上から光りを照らす。なんだここ。どこだここ。俺の記憶の中にこんな場所は存在しない。だけどもまあとりあえずこの豪邸の謎は置いておこう。いやいや、全くわからないという理由で置いておくとかそういう訳じゃない。そういう訳じゃなく、俺の今ある知識を総動員すればなんとかわかる話しだから置いておこうという訳だ。因みに俺の考えを言おう。

 ここは十中八九あゆみの家だ。

 街一番の豪邸。そこに住むのは西山財閥の人達しか有り得ない。その有り得ない中に、あゆみは一人娘として存在している。こうしてここで俺を介抱出来たのも、あゆみのおかげの他ならない。

「良かった……良かったよぉ……刀銃……死んじゃうかと思った……まあ私死んでるから条件同じになるんだけどね!」

「香里ちゃん……君、清々しいくらいキッパリ言うね。まあ僕としても刀銃君に死んで貰う予定はなかったから、これで良かったよ。うん」

「あら? 意外と冷静な反応ですわね? さっきまでうろたえていたヒーローさんが、どうしてこんなに平然としていらっしゃるのかしら?」

「よしえさんよ、そこは放っといておくれよ。夫も複雑なのさ。ヒーローが、一回助けた相手にうろたえる姿なんて見せたくないもんだろう?」

「成る程、そういう訳でございますか。流石はヒーロー様。徹底しておらっしゃる」

「刀銃! 刀銃! 死んでない? 死んでない? 死なない? 私を置いて死なないでよ、刀銃!」

「……死んでねぇって」

 すると周りから声が聞こえた。どうやら今俺はベッドの上に居るらしい。見渡すと、その声の主達が俺が居るベッドを中心に囲んでいた。

 左から、涙を流した後なのか頬をほんのり朱く染めた叶――マントやヘルメットを上手く着こなせていないヒーロー――あゆみの母親であり、西山財閥の中心産業である、『門番』を育成する西山よしえさん――和服を着た極道の妻っぽいヒーロー夫人――相も変わらず綺麗な姿勢で立つ執事の鏡のセバスチャンさん。

 そして、俺の体に抱き着いている、泣きっぱなしのあゆみ。

 これで、この場に居るのは全員だった。

 そうだよ。そうだ、そうだった。

「皆……心配かけてゴメンな」

 俺は死ななかった。

 いや、違う。そうじゃない。

 俺は死のうとしたが、治されたんだ。

「なんで俺を生かせたんだ?」

 全員を見ながらそう言うと、あゆみを除いた全員がやれやれとでも言いたげな顔で肩をすくめた。

 そして、全員の視線が俺の腹辺りの部分に集中し、言葉を待つ。

「私を置いて死ぬなんて許さないんだからね……。嫌なの、貴方が死ぬなんて……ヒグッ……私ともっと遊びなさい……私をもっと楽しませなさい……ヒック……私にもっと……あなたと喋らせなさい」

「…………」

 あゆみは依然泣いていたが、服の袖で涙を拭いながら、俺の顔を見ずに言った。顔が赤い。これが涙のせいなのか、はたまた違う理由のせいなのか。今の俺にはわかったもんじゃないが。

 死のう、と思った。

 償いの為に。自分の為に。自分が犯した罪の為に。

 何よりも、俺がこの手で殺してきた人達の為に。

 だけど、どうやらそれはまだ早いようだ。ここにはあゆみが居て、ヒーローが居て、街の人達皆が居る。俺と一緒に笑って喋ってくれる人達が居る。昔ならよかった。笑って喋り合う人なんか誰一人居なかった昔なら、俺は自分の意志で死んでもよかった。

 だが、ここには俺と笑顔で接してくれる人達が沢山居る。

「……だったら死んじゃ駄目だな」

 俺がそうボソリと呟いたのが聞こえたのか、あゆみは鼻水や涙でベタベタにした顔を慌ててふき、腫れぼったい表情で俺を見直して、こう呟いた。

「死なないでよ、刀銃」

「……すまなかった」

「謝らないでよ、刀銃」

「……すまなかった」

「…………刀銃」

「……何だ?」

「私、貴方のことが好きなの」

 いきなり発せられたあゆみの言葉にピクリとしたセバスチャンさんの姿を横目に見たが、気にせず会話を続けることにした。何言ってるんだよ、あゆみ。俺がお前のことを嫌いな訳がないじゃないか。

「おう。俺も好きだぞ、あゆみのこと」

「そういう好きじゃなくて!」

「ん? じゃあどういうタイプの好きなんだ?」

 俺がこう聞くと直ぐさま顔を熟し切ったトマトの様に赤くさせたあゆみ。もじもじと指を絡ませあい、「えっと、その」とブツブツ小言を発し続ける。どうでもいいことなんだけど、いつまであゆみはこの状態のままで居るつもりなんだろうな。いいかげん俺のふとももが痺れてきてるんだけども。

 そんなことを考えていると、やがてあゆみは覚悟を決めたように俺の目を真っ直ぐ見た。


「ライクじゃなくて、ラブの方の好きよ!」


「…………へ?」

 この言葉に。

 セバスチャンさんだけでなく、叶やヒーローや西山よしえさんやらが驚いて体を反応させた。

 ……へぇ。

 あゆみのやつ、そんな風に俺を見ててくれたのか。

 これは所謂告白とかいう奴だろう。今まで友好関係が少なかった俺のことだ。当然、今までこんなことをされた経験などなかった。

 しかも、してきた相手は『大学生』。歳の差は……五くらいか。考えたくないな、それは。俺がロリコンとか言われるのが目に見えている。

 ……だけどさ。

 俺が三十歳の時には、あゆみは二十五歳くらいだ。普通に釣り合ってるよな? 今の状態がロリコンだとかなんとか言われるなら、それまで待てばいい。……うん。全然苦痛じゃねぇや。寧ろラッキー? だってよ、今から付き合い始めて老後まで一緒にいたら、五十年くらいずっとあゆみの側にいれるんだぞ?

 最高じゃねえか、それって。

 まあ何が言いたいかというと要するに、簡単なことだ。

 あゆみからの告白。

 それに対する俺の答え。

 そんなものに、俺が一秒でも悩むとでも?

 ずっとずっと、あゆみのことが好きだった俺が?

 ……そんな訳ないだろ。

 だから俺は言おうとした。「俺もあゆみのことが好きだ」と。そして付き合い始め、罪の意識を感じながらも子供を産み、やがては穏やかな生活に全ての身を注ぐ。俺が死ぬ時は、俺が病気で死ぬか、老衰するか……もしくは、俺に対する復讐の中死ぬかのどれかだと思いながら、余生を過ごす。

そんな生活を、一瞬の間に夢見ていた。

 だけれども。

 今この状況が、それを許さない。

「……あれ?」

 俺はこの状況の矛盾に気付いてしまった。周りにはあゆみ、叶、ヒーロー、ヒーロー夫人、セバスチャンさん、よしえさんが居る。

 そして、ここはあゆみの家だ。

 なのに……何故だ?

 明らかに、一人足りない。足りない人が居る。足りない登場人物が居る。

 その矛盾が、俺を――俺の記憶を苦しめる。

 これは一種の夢だ。夢だが、夢は夢なりにある程度理に適っていないといけない。なのに、この場には、矛盾が生じている。

 矛盾。そう、矛盾。

 それは簡単で単純な話なのだが、その一つのせいでこの幸せな状況が全て台なしになる。

「あゆみの母親は居るのに……」

 家に帰っていなかったあゆみの母親であるよしえさんが仕事のキリがようやくついたから帰ってきたのに。

 ――何故、あゆみの父親は居ないんだ?


「それに気がついたら、おしまいだ」


 その矛盾は、音を起てずにいきなり俺の目の前に現れた。背丈は俺と同じくらい。しかし全くサイズが合っていないせいでダボタボのジャージを着ているせいで、だらしなく見える。顔のほりが深く、髭もかなり生やしていた為かなり年上に見えた。

 それだけならまだよかった。

 だが、それだけじゃなかった。

 その矛盾は……右手に刀を持っていた。蛍光灯の光りを反射する研がれた刃を備える、一振りの日本刀。ダラリと垂れ下がった左腕も相重なり、それらを、男を不審な存在に至らしめていた。

「何を……」

 何を言っているんだ、と言おうとした。だけれども、言えなかった。

「私に気付いた時点で、君の記憶は崩壊するんだ。こんな私の過去の真似事など、消し去ってあげよう」

 男の右手と、刀が一瞬無くなったと思った。そう見えたんだ。実際に無くなったように見えたその二つの存在は、俺の見ている光景を鮮血に染めた。

「……え」

 全員が、全員斬られた。

 ヒーローは太い腹を横に一閃され、ずるずると上と下に体が分かれる。ヒーロー夫人は首の横を斬られた。血筋が一つ延び、何も言わずにぱたりと倒れる。叶は粉状に。よしえさんは少ししか斬られなかったようだが、残った衝撃で壁に叩きつけられていた。

 あゆみは。

 鼻から上が無かった。

「う……うわぁぁああああ!」

 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。この男は、駄目だ。関わっちゃいけない。全身の感覚という感覚が男の存在を拒否しようとする。

 何なんだ、この男は?

 人間が……普通の人間が、血をしたらせた刀を持ちながらこんなに無表情でいられるものなのか?

「ほらな。やはり、君は私とは違う。私と君とは決定的に違うものがある」

 男は一瞬で俺の元へと移動し、俺の喉元に刀の先端を突き付けると、何も言えない俺に向かってこう言い放った。

「私の名前は徳永切裂。どうやら君の名前も徳永切裂らしい。この記憶も私のそれと被っているからあながち間違いでもないのだろう。だが、君は殺人鬼ではない。しかしどうやら君の方も何か私と同じような特別な事情があるらしい。君の本当の名前を教えてくれないか? その代わり、私の名前を忘れないでくれ」

 俺は、俺の知り合いを全員瞬殺した徳永切裂に恐怖を抱いていた。

 しかし……今はどうだ? 刀のヒンヤリとした鋭い感触が喉元にあるのに、しかしそれでも俺はこの妙に冷静な態度に心酔していた。

 徳永切裂は……そういう人物なんだ。人を殺すというそのタブーを、何の気無しに軽くやってのけてしまう。そのせいで――殺す時に何も感じないせいで、徳永切裂が殺人鬼だとは感じれなくなってしまう。

 反面、尊敬を越えて、カリスマ性まで、感じた。

 俺の中に居る矛盾――徳永切裂という殺人鬼に向けて、俺は今さっき思い出した自分の名前を、生気が感じられない死んだような徳永切裂の目を見て伝えた。

 イツノマニカ、マワリニハザンサツサレタコウケイガキレイサッパリキエテナクナッテイタ。

「俺の名前は田中雄二。並び替えて……刀銃」

 ハハハ、と徳永切裂は小さく笑う。

「久し振りだな、我が左腕に傷を残した私の天敵よ」

 そう。

 俺の名前は、刀銃。ヒーローが居るのに平和な街でほのぼのと暮らす極普通の大学生。

 俺の名前は、徳永切裂。人という人を斬りまくり、一度死のうとしたが死に切れなかった殺人鬼。

 そして、俺の名前は田中雄二。徳永切裂という殺人鬼を、一度、相打ちという結果で追い詰めた警察官。

 俺の中に、三人居る。

 俺の中には、三人分の記憶がある。

「整理するとしよう」

 徳永切裂は、血も肉も無くなっている日本刀を、左の腰の脇にさしてある鞘に収めて、ベッドから降りた。そしてそのまま、胡座をかいて俺を目で招く。

「有り難いことにここは単なる記憶の中だ。どれだけ話したとしても時間はさほど動かない」

「……どうも」

 無表情のまま言う徳永切裂に言われるがまま俺はベッドから降り、徳永切裂の前に正座した。当然だろう。この人の前で馴れ馴れしく胡座なんかかいた日には俺がどうなるかわからない。ていうか何でこんな大の大人が胡座をかいているのに様になるんだろうな。オッサンっぽくなく、普通に見とれるくらいカッコイイ。

「さて。まずは私の成り立ちについて話そう」

 徳永切裂は俺を見ながら、なおも無表情でこう切り出した。

「私の名前は徳永切裂。生まれた当時は私も殺人を犯すような者ではなかった。しかし、台風で実家が飛ばされ、家が途端に古くなった時、まず最初に父親が変わった。何もしない怠惰な人物に変わった。次に母親が変わった。平気で息子に暴言と暴力をふるう人間になった。そして、ことは起こった。何処からか刀を盗んだ母親が私に切り掛かってきた。私は逃げ、母親は気を失った。私は当然のごとく母親から刀を奪い、当時重かった刀身を振りかぶり、父親を切り刻んだ。それが最初の殺人だ。理由は単純だったな。怠惰な父親を憎む母親に褒められたいが為にやった。次に母親に褒められる為に母親を殺した。次に生に疲れたお婆さんに褒められる為にお婆さんを殺した。次に首輪を首に繋げられて苦しんでいる犬に褒められる為に犬を殺した。次に母親に叱られ悲しんでいる子供に褒められる為に子供を殺した。次に子供が殺されて悲しんでいる母親を」

「もういいです。すいません、次に行って下さい」

 今までの話しを聞いた俺が持った感想は三種類。恐怖と、共感と、奮怒。やはり俺には何かがあるらしい。そうでもないとこの相反する三つのぐちゃぐちゃな感情の理由が同時に発生する説明がつかない。

 俺が複雑な表情で言ったのを見ると、徳永切裂は「では、私が捕まった話に移ろう」と言って話を続けた。

「私が何十人も殺していると、警察官が私を追い詰めてきた。私の周りを囲み、捕まえようと撃ってきた。その中に……君が居たんだ。覚えているかな? 私と唯一渡り合った最初の人間の姿形が君だったのだが」

「…………」

 そう言われても、俺には何のことだかさっぱりわからなかった。今思い出せるのは、街での暗い過去と明るい今――そして街での実験と明るい未来。

 今の俺の中には、俺を田中雄二と断定出来る記憶はなかった。

「……わかりません、ね。貴方程の人を追い詰めた記憶はないですし、寧ろ俺は貴方になって追い詰められた記憶があります。これってどういうことなんでしょう」

「ああ、それは簡単に説明がつく」

 俺が真剣に訳がわからなくなっていたこの疑問を。

 徳永切裂は簡単に説明がつくと言い切った。

「それは、暗闇の空間の奴らの仕業だ」

「暗闇の空間? 何ですかそれ」

「私を実験体にした科学者団体の俗称だ。死刑目前だった私を造られた平和な街に封じ込め、その上で私が人を殺す理由を調べようとした奴らだよ。恐らく私の想像だが、奴らは私の記憶をコピーペーストし、更に脚色を所々加えて君に入れたのだろう。それならば君が私の記憶を持っていることにも説明がつくし、君自身が私の天敵だということも君は悟れなくなるからな」

 そんな色々な物理現象を無視した話を平然と言う徳永切裂だったが、全く表情を変えずにかつ低い重量感のある声で言いのけるのでつい信じてしまいそうになる。実際の所はどうなのかわからないが、とにかくこの話を信じない訳にはいかなかった。

 つまり、今徳永切裂が惨殺したこの記憶に居るのは、徳永切裂が体験した人たちに一部修正を加えたもの。

 徳永切裂に告白したよしえさんは、あゆみの姿に。

 しかしそれでは成り立たないので、よしえさんを記憶に加える。

 更に俺には叶という知り合いが存在するので、都合上成仏した筈の叶も記憶に加える。

 そうして、俺の中に入れられた徳永切裂の別の記憶は完成した。

 だが、もし徳永切裂の記憶を入れられた田中雄二が俺ならば、俺は一体全体どちらの記憶を優先して生きればいいんだ?

 しかもまだ俺には、刀銃としての記憶もあるんだぞ?

 徳永切裂と田中雄二と刀銃。

 殺人鬼と警察官と一般人。

 殺す力と護る力と無力。

 さて、ここで一つの問い掛けだ。

「私が奴らの問いに対して出した答えは『褒められたかったから』だったのだが、生憎暗闇の空間は私の答えに納得しなかった。しかしそんなことは私には何の関係もない。当時大学生なのに身長が小学生くらいしかなかったよしえと、ヒーローにふんしていたセバスチャンの前で私は死のうとした。が、死ねなかった。よしえが暗闇の空間に頼んで私を生かしたらしい。そして私は生き続けることを決めた。よしえと結婚し、子供が産まれた。名前はあゆみ。よしえに似過ぎて困った記憶がある」

 徳永切裂が黙っている俺を無視して過去の記憶に浸りながら喋り続けていたが、今の俺の耳には何も入ってこない。

「その後私はよしえとセバスチャンとあゆみと共に暗闇の空間から逃れて造られた平和な街を抜け出した。追っ手が来たが、なんとか殺さずに遇ったのだが、ここで一つの手違いが起きた。警察が再び私を指名手配し、私達を泊めてくれた夫婦と夫婦の息子の恋人が私の正体に気付いてしまったんだ。しかも夫婦の息子がどうやら警察官だったらしく、その両親も恋人も正義感が強くてね。通報しないで私を直接捕まえようとしてしまった。私が気付いた時には三人は動かなくなっていたよ。手には刀。馬鹿だと思った。あゆみをおんぶしたよしえやセバスチャンがそれを見たが、もう過ぎたことと言ってくれた。そしてその場をそのままにして立ち去った。間違ったことだったと思う。私達三人は間違ったことをしたんだと思う。しかし私達にも時間が無かった。いつか償わなければいけないとは思ったが、その方法が見つからなかった。そうして無我夢中で辿り着いた場所が、本当のヒーローが居るのに平和な街だったという訳だ。周りには草原が広がっていた。国はこの街を参考にして平和な街を造ったのだろうと悟った。ここで問題だったのが、入街審査を受けなければならなかったということだったのだが、セバスチャンのおかげでよしえは門番に関する重要人物としてなんとか潜り込むことができた。私も便乗し、それからまた私達は平和に過ごすことが出来た。だが私は本物のヒーローに、暗闇の空間という科学者団体がこの街にもいることを知らされた。私は決意し、わざと外法の手段で街に入ることによって、街の中と外に私がこの街に居るということを広ませた。私はそれから隠れ、暗闇の空間を捜し続けていたところ、大きくなったあゆみの隣にいる、私の天敵の姿を見つけた。と、思ったが矢先、今この状態にいるという訳だ。私の記憶の中に叶香里という人物は居ない。君に入れた私の記憶も一部脚色されたということだろう」

 知るか知るかと叫びたい気持ちが山々だったのだが、目の前に居るのは徳永切裂だったので止めておいた。というかよく喋るなぁこの人。寡黙な人という訳ではないのかもしれないが、正直どうでもいい。

 では、改めて自分に問い掛けよう。

 殺す力と護る力と無力、どれが欲しい?

「……意味のない問い掛けだこりゃ」

「ん? 何か言ったかな」

「いえ、俺個人の話です」

 言って気がついた。そうだ、これは俺自身の話だ。徳永切裂でもなく田中雄二でもない。

 今の俺、平和な街で暮らす刀銃の話だ。

 それを考えたら、欲しい力は必然と決まってくる。

 殺す力? 要らねぇよそんなの。護る力? まだ甘いな。護るだけじゃ俺の理想には届かない。

 俺の理想は、ヒーローだ。

 だったら、欲しい力は何だ? そんなの、当たり前だのクラッカー並にくだらないことだ。


 俺が欲しいのは、人を助ける力。


「……どうやら君も何かが吹っ切れたようだな」

「そう見えますか?」

「ああ。ようやく君も実験体ではなく、一人の人間に戻れたらしい」

「……はぁ」

 正直微妙だった。今でも俺は三人分の記憶があるし、出所がわからない――両親が最後の悪だったという矛盾要素が残っている。

 だが、それでも俺は、人を助ける力を欲することにしよう。それを俺の存在理由とすることにしよう。

「なんか、すいませんでした。こんな訳のわからない俺の為に時間を割いて下さって」

「いや、気にすることはない。暗闇の空間の居場所は後一歩で突き止められる。その一歩を踏み出す為には街の住民を危険にさらしてしまう可能性があるのだが……。まあ、い……ヒーローとヒーロー夫人に何とかしてもらうとしよう」

 言っていることの半分以上がわからなかったが、ゆっくりと立ち上がった徳永切裂にとっては重要なことなのだろう。刀を構えると、俺が立ち上がったのを横目に天へと高く掲げた。勿論、動く右腕だけで。

「ではまたいつかの機会に会うとしよう、我が天敵」

「あ、すいません。ちょっと待って下さい。最後にもう一つだけ」

「何かね」

「あなたとヒーローはどういう関係なんですか?」

 俺のこの問い掛けに、初めて徳永切裂は表情を凍りつかせた。無表情とは違う、本当に冷徹な表情。

「一蓮托生だよ。ヒーローとヒーロー夫人の方も、自分達を不死身の体にした暗闇の空間を追っている。彼らは私が動きやすいように働いてくれている。時間を稼いでくれもしている。――どうやら私に復讐しようとしている男もいるらしいからな。セバスチャンに頼んで大学に強制的に通わせたり、あまり役に立ちそうもない特訓をさせたり……な」

「……そうですか」

 話を聞く限り復讐者という点にも気がいったが、俺が最も気になったのはヒーローと一蓮托生という嘘偽りがなさそうな事実。ヒーローの方にも何か事情があるらしい。まあそうでもないと俺の部屋にあったあの刀と銃の説明が尽きそうにもないし。とりあえずはまた後日聞くことにしよう。ヒーローが苦しんでいるのなら、俺はそれを手助けしたいしさ。

「さて。ではまた会おう、我が天敵」

「出来れば会いたくありませんがね」

「ハハハ。その減らず口も昔を思い出す。さらばだ、田中雄二」

「刀銃ですよ、指名手配犯徳永切裂」

「……ハハハ」

 今まで徹底して無表情だった徳永切裂が口だけで笑って、刀を頭上から縦に一閃した。目の前を刃が通過したと思うと、目の前が真っ白になってきた。

 こうして。

 かの因縁の相手とのセカンドコンタクトは終了した。

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