ヒーローがいるのに平和な街の表 9

「まあ全裸なんて嘘なんだけどね」

「結局嘘なのかよ!」

 だと思ったよ! いくら叶でも全裸は有り得ないって!

 あー……、いやー、それにしてもよかった。知り合いの友人が変質者の前で全裸になりたがる奴だったら俺はそいつとの友好関係を破棄しなければいけないからな。ああああー、よかった。うん。

 そう本気で安堵していると、隣に座るあゆみが慈愛と悲しさで満ちているというおかしな表情で俺の方を見上げてきた。

「……どうした?」

 心配になって俺がこう聞くと、あゆみは「はぁ」と小さくため息をついて呟く。

「何でもないわよ。何でもないわ。あなたがどういう理由で安心しているのかとか、あなたが私をどう思っているのかなんて、全然何でもないんだからね」

「ん? 何でお前怒ってるんだ?」

「……何でもないってイッテルビウムでしょ」

「イッテルビウムって何!」

 いきなり小ボケを挟みやがったぞあゆみ!

 今のよくわからないシリアスムードでまさか小ボケをはさむとは!

 流石、あゆみ!

「インテルの進化形よ」

「インテルに進化形も退化形もない!」

「じゃあ進化刑」

「一瞬見落としそうだけどそれインテル大変なことになってるから!」

「そうね……進化刑……フフ、楽しそう」

「黒い笑顔止めろや!」

 ずっと無表情で淡々と喋ってるかと思ったら、俺見ながら進化刑楽しそうだとか呟きやがった!

 まさか小学生二年生女子にこんな笑顔が出来るとは!

 将来あゆみが悪女か何かになる想像をしていると(勿論ナイスボディではない)、あゆみは俺に構わず話す。

「まずは最初の文字がか行で最後の文字があ行の全六文字で大学に通ってる残念な男性を切り刻むわ」

「百パーセント間違いなく圧倒的に俺が切り刻まれるんだけど!」

「その後……社会的に潰す」

「切り刻まれた時点で社会に存在しない人間をどうやって潰すと!」

「何イッテルビウムのよ。切り刻んだと言っても遺産とかが残ってるでしょう? それを……潰す」

「イッテルビウムイッテルビウム言ってる奴に……塵も残さず消されるぞ俺!」

「何イッテルビウムのよ」

「うるせぇ!」

 何イッテルビウムんだこいつ!

 あ、いや間違えた……何言ってんだこいつ!

 うーむ、やっぱりなんか怒ってないか?今まで俺に散々言ってきたあゆみだったが、流石にここまでの言われようはなかった。だってこれ最終的に俺死んでんだぜ?まあ名前呼んだだけで吐かれた経験もあったあゆみな訳だけど、それでもこの言いようは酷い。

 今までの会話で何かこいつを怒らすようなことがあったか?

「……何で怒ってるんだ、あゆみ」

「怒ってる? 私が? 刀銃に? 自惚れないでくれるかしら?」

「やっぱり、怒ってるだろ」

「…………怒ってなんか、ないわよ」

 言うとあゆみは暗い顔で下を俯き、それっきり喋らなくなった。周りには誰も居ないので、太陽の光りが街を二重に囲む巨大な壁と壁の間の頭上から差し込み、電車が進む音だけが聞こえる。

 ……何か気のきいた一言でも言えればいいんだが、生憎友好関係――特に小学生なんかとは特に少ない 俺にはそんなことが上手く出来る筈もない。

 仕方なく、こんなことを言った。

「暗い顔するなよ。俺、結構前からあゆみと遊ぶの楽しみにしてたんだぞ」

「……どれくらい?」

 あゆみは。

 何かに懇願でもするかのような視線で、俺を見た。

「もし……もし、今刀銃の隣に居るのが私じゃなくて……か……香里お姉様だったら……刀銃はもっと楽しみにしてたんじゃないの?」

「…………」

 この場であゆみが俺にそう言うってことは、あゆみにとってお姉様とまで言わしめている叶の存在がとてつもなくデカイものだからだろう。こんな何の脈絡もない話しの展開で叶の名前が出て来るんだ。よくわからないが、とにかくあゆみはこの疑問に答えて欲しいに違いない。現に、あゆみはチワワのようなつぶらな視線で俺を見上げている。うん、チワワ。異論は認める。

「あー……」と唸りながら、とりあえずあゆみが言う状況を考えてみた。

 もし今横に居るのが叶だったら。

 もし今横に居るのがあゆみじゃなかったら。

 ……そんなに大差はないと思うんだが。

 だってあゆみ……俺だぞ?

 大学で誰にも喋りかけられなくてずっと一人だった、友達の少ない俺だぞ?

 今までの話し相手といったら、ヒーローと叶しかいなかった。いやこれマジで。喋り相手は、二人しかいない。まあもっと詳しくと言われたら大学の先生とかアパートの三階の大人はいるけど、それだってするとしたら世間話しだけだ。

 だからさ、あゆみ。

 俺は、お前と喋れて嬉しいんだよ。

 過去を振り返っても人しか殺してない俺の人生。かといって、今を直視しても友人の少ない人生。

 それを、さ。

 あゆみは変えてくれたんだ。あゆみのおかげでセバスチャンさんとも喋れるようになったし、叶なんかと一緒に行ったら――恥ずかしさで耐え切れなくなる――遊園地にも行けるようになった。

だから俺は、お前がピンチになったら絶対に助ける。この街に住んでてピンチになるなんてことは有り得ないだろうけど、少なくとも俺が自殺しようとした時、泣いて近づいてくれたお前を――

 ――あれ?

 あゆみ……が……俺が死んだ記憶の中にいる……?

 俺が徳永切裂として死んだ記憶の中に……あゆみがいる?

 ちょっと待てよ、ちょっと待て。以前俺が思い出した時には、笑いながら消えていく叶の姿と、周りで囲む街の人の泣き叫ぶ声と、俺の血飛沫しかなかった。

 今俺の記憶の中にあるのは……笑いながら消えていく叶と、街の人と、俺の血飛沫と…………あゆみとヒーローとセバスチャンさんとあゆみの母親とあゆみの父親?

 ……あれ?


 あれ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る