ヒーローがいるのに平和な街の表 4
「ハァ……ハァ……」
目の前に居る彼女はさっきからずっと息を苦しそうにしている。
「ン、ンンック……ハァ……アッ」
顔をどんどん赤くしていき、時間が経つにつれ息を荒げる。
周りが見ているのにも関わらず。
恥ずかしいなんて感情を知らないかのよう。
「ウウゥ、ンアッ……クゥ……アッ……ハァ……ハァ……」
次第に衣服が乱れていくが、彼女は気にしない。そのままの状態で動き続ける。
顔を苦しそうに歪めながら。
「ハァ……ハァ……アアアアアッ!」
三十分が経った。
それでも彼女は止まらない。
もっと激しく。もっと辛く。もっときつく。もっと荒げ。もっと動き。もっと紅潮させ。もっと高ぶらせる。
もっと。
もっと。
その思いは途切れない。
「ハァ……ハァ」
そしてようやく彼女は止まった。
息を整える為に深呼吸を繰り返し、じっとこちらを見つめる。
「あれ? 刀銃? あんた、そんな小さい子を連れて何故スポーツジムに来てんの?」
ランニングマシーンから降りた彼女は、乱れている服をちゃんと着直し、置いてあったスポーツドリンクを飲みながら俺とあゆみを見た。
「二人でカフェとかデパートとか図書館とか行ったんだけど、もう行く所が無くなっちまったんだよ。行く宛てもないし、どうせお前が居るだろうかなぁと思って来ただけだ」
「ふーん。そうなんだー」
俺に全く興味がない様だ。相変わらず。日曜日だと言うのに体を動かすところは変わらない。
俺が小さい女の子を連れてきてもガン無視か。ガンガン無視か。逆に凄いなそれ。
「紹介する。西山あゆみだ」
「西山あゆみよ」
俺からの紹介を受け、あゆみはペコリと頭を下げた。なんか、こうしてみると本当にお嬢様だよなぁ。
「西山……西山……西山! えっとあなたもしかして、西山財閥の一人娘!」
「え……えぇ。そうだけど」
すると彼女は一層目を輝かせてあゆみに近付いた。うーむ。いくら万策尽きたからといってこいつの元に連れてきたのは、やっぱり間違いだったかもしれない。
嬉々爛々とさせて、彼女は一言こう叫んだ。
「誘拐してお金を強要してもいい!」
これが俺の大学での友人。
運動オタクでスポーツと金目の物(者)にしか興味がない。
大学で浮いてた俺に唯一話しかけてきた女。
だけど本人も大学で浮いている。
スレンダーな体格でポニーテールに髪をまとめる。
運動時でもポニーテール。
それが異様に似合っている。
妖艶。
運動関連のサークルを全て掛け持ちしている狂人。
練習には出ずに試合だけは出ようとする欝陶しい女。
言われたことは何でもこなす。
一円があればそれが授業中でも奇声をあげて飛び付く。
存在が濃い。
キャラクターが濃い。
濃すぎて誰も近寄らない。
濃すぎて誰も近寄れない。
ある意味俺と正反対。
そんな友人。
叶香里だ。
まあここでじっと叶の運動シーンを鑑賞していても仕方がない……というより、それこそもう犯罪の領域だと判断した俺は、あゆみと会った過程と、今日どこへ行って何をしていたのかあゆみと共に説明した。
「成る程ね。つまり刀銃は幼女を誘拐した犯人として逃げまくっていると」
「ひとっかけらも合ってねぇ! お前と一緒にするな!」
ことのあらましを懇切丁寧に教えたら、何故だか俺は犯罪者になっていた。
「失礼ね。私がもしも誘拐をしたら、その子供には快適な環境を用意するわよ。途中で死なれたりでもしたら困るし。それに成功したら金が手に入るのよ? 山ほどの金よ? 後先考えなくてもいいくらいの金よ? お金。お金。お金お金金金金……」
平和な街というのは嘘かもしれない。
だって、こんなにうっとりしながら金金呟く奴がいるもんさ。
凄い笑ってる。
それが怖い。
「という訳でこの子、私が預かってもいい?」
「この流れですんなり渡す奴は逆に犯罪者だ!」
「いいじゃん。悪いようにはしないよ」
「子供には悪いようにしないけど両親に金は要求するだろお前どうせ!」
「当たり前じゃん!」
「本人目の前にして断言するな!」
「世の中お金だよ! 次に運動! その次はスポドリ! 次は財布! 銀行! ジム! 預金通帳給料ランニング練習試合!」
この世の駄目な部分をかき集めたとしか思えない人間叶香里は叫び続けた。仕舞いにはハーハッハーと雄叫びをあげる。
実に醜い。こんなの駄目だ。トラウマものだ。子供が見ていいものじゃない。やっぱりこいつがいるかもしれないと一度でも思った場所にあゆみを連れてくるんじゃなかった。こんな残念な映像をゴールデン番組なんかで流してみろ。即刻PTAやらなんやらが動き出して放送を中止させようとするに違いない。
あゆみに向かって、さっさとここから出るぞと言おうとしたら、あゆみが無表情のまま凍りついてるのが見えた。
……うん。流石のあゆみでもやっぱりキツかったか。すまなかったな。次はあれだ、もっと聖なる空間へと足を向けようぜ、あゆみ。そうだな、映画館なんてどうだ。
「早く外に出るぞ」
これからの予定を考えて言ったのだが、こう言われて俺を見上げるあゆみの顔は、何故だか呆然としていた。
じっと叶を見つめ、しばらくした後あゆみはこう呟く。
「世の中にはあんなに綺麗な人がいるのね……」
「……は?」
……まあ……まあ、わからないでもねーよ。あんなに嬉しそうに叫ぶ奴はそうそういないだろうし、叶は美人の部類だ。そんな奴が笑えばそれなりには見えるだろうしな。正直、俺が最初にこいつあってこの顔を見たときの興奮は言葉に言い表せないものがある。なので言葉に言い表せないものだから勿論俺はこれから決してこの過去に対する感想は言わないつもりだ。もし言い表わせる言葉をそのまま口に出してしまった場合、叶に軽蔑されると思うからさ。いやこれホント。言えねーって。
そんな叶のこんな姿だ。あゆみが綺麗というのも一寸法師の身長の十分の一くらいは頷ける。
……でもさ。
「アイウォントゥヨアマネー!」
「あいつは駄目だ! 駄目人間だ!」
叶はやっぱり駄目だって。
改めてそのことを強く再認識した俺は、あゆみの手を思いっきりひっぱり、逃げるようにして急いで外へと出た。
スポーツジムの外へ出るとリムジンが待機していた。あの執事も一緒に。
「あ……ありがとう」
もじもじと俯きながら礼を言うのは西山あゆみ。
「今日は楽しかったわ。お……お礼をしたくてきたのに、私が楽しませて貰ったというのもなんだかおかしな話しだけど」
恥ずかしいのかなんなのか顔が赤くなるが、それでも初めと違ってちゃんと俺の目を見ていた。うーむ、そう思うとなんだか感慨深いものがある。実際のところはあゆみと知り合ってまだ全然時間がたっていないけども、それでもやはりあゆみと喋ってるとジンと心に来るのさ。
「いいよそんなの。俺も楽しかったから」
「そう……ならよかったわ」
言うとあゆみは「セバスチャン」と執事に命令し、執事に一枚の紙を出させた。
てかセバスチャンって。
マンガかなんかの世界にしかいないと思ってたよ。
そんな場違いなことを考えている俺に向けて、あゆみは紙を両手で持ちながら俺に向けた。
「これ……私の家の住所と電話番号……」
プルプルとした手で俺に渡すと、それから何も言わずに一目散に走ってリムジンに乗り込む。
車の中に入り、窓を開ける。
そこから、あゆみの小さな顔を眺めることが出来た。
「またどこかに連れて行きなさい!」
最後に皮肉を残して、小さな台風は過ぎ去って行った。
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