ヒーローがいるのに平和な街の表 3

「一応礼は言っとくけど、私は助けてなんて言ってないからね。だからありがとうなんて言わないわ」

「日本語を学びなおせ!」

「失礼ね! 今習ってる所なのよ!」

 台風の中助けた女の子は西山あゆみという小学二年生だった。台風が去った一週間後の日曜日。ヒーローから俺の住所を聞いて、御礼と挨拶を兼ねて来たらしい。この街の個人情報保護法とかはどうなっているんだろう。

 そんな西山あゆみの後ろには、無駄に長いリムジンと黒服を着た執事が一人いた。

「いいこと? 私、西山あゆみは西山財閥の大事な大事な一人娘なの。だから、私がここまで足を運ぶなんて滅多にないんだから。感謝しなさい」

 と言いながら、西山あゆみは幼稚園児にくらいにしか見えない小さな小さな体を踏ん反り返す。世界は私を中心に回っているのよ、と言わんばかりの勢いだ。

「ああそうですか。それじゃ、わざわざどうも」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんで家の中に帰ろうとするわけ! 私よ? 西山財閥の娘、西山あゆみが訪問してきたのよ? テレビにも出た有名人なの! なのになんでそんな淡々としていれるの!」

 こいつ……本気で言ってるのか?

 動かない左腕が疼いた。

 撃たれた左肩が疼いた。

「……うるせぇ」

「へ?」

 言うと俺は西山あゆみのツインテールの中心、つまり頭のてっぺんを掴む。

「い……痛い痛い痛いっ!」

 西山財閥の一人娘とやらが痛がる姿を見て焦ったのか、執事が動く。知るかそんなの。勝手にしてろ。

「黙って聞け。いいか。お前はどうやら人気者らしい。学校や周りの人間の対応もそんな感じなんだろう。だからお前は調子に乗る。それが両親の力のお陰だと気付かずに」

「そ……そんなことないわ! 私、お父さんとお母さんのこと尊敬してるもの!」

 俺は更に力強く頭を握った。しかめっつらをする。西山あゆみも俺も。

 ふざけんなよ。

 両親に甘えたいのは俺も一緒だったんだ。

「だったら尚更だ。その親を利用して調子に乗るな」

「な……そんな……そんなこと……」

「礼に来てくれたのは嬉しいんだ。わざわざ俺の住所を調べてくれたのも嬉しい。それならな。それならちゃんと、俺を見て言ってくれないか?」

 俺は右手を離した。

 西山あゆみは一瞬泣きっ面になるが、無言で佇む俺を見るとすぐに目を手で拭き、何も言わずにリムジンへと向かった。

「……ま、しょうがない」

 礼に来てくれただけでも嬉しいんだ。それ以上の文句なんて言っても意味がない。

「待って!」

 すると、家に戻ろうとリムジンに背中を向けたら、後ろから声がかかった。

 振り向くと、リムジンが音と共に去り、西山あゆみだけがそこに残った。もちろん黒服の執事もいない。

 小走りでまた俺の近くに来た西山あゆみは、俺を見上げてこう言った。

「く……車が私を置いて行っちゃったの……だ、だから、私と遊んでくれない?」

「はぁ?」

 先に言っておくが俺にロリコンの気はない。

 当然子供が訳のわからないことを言っても粉骨砕身して話しに付き合ってやろうなどという健気さもない。

 なので、言っている意味がわからなかった。

「だ……だから! 私、あなたと一緒にどこか行きたいのよ!」

 いつの間にか西山あゆみは赤面していた。沸騰寸前のやかんの様。触れたら火傷し、そのまま放っておいたら沸騰してしまって、お湯が零れてしまう。

 意味がわからないままだったが、今日もどうせ大学が休みだ。一日中暇だったので、暇潰しをしたいというのも確かにないこともない。

「ん……じゃあそこら辺ぶらつくか?」

 そう言うと西山あゆみは、赤くなっていた顔をより一層赤くし、そのまま俺の目を見ながら言った。

「あ……ありがとう……」

「…………」

 ……うん。

 これがこいつなりの礼なのかもしれない。

 根はいい奴なんだろうな。

 そう思いながら俺は西山あゆみと共に歩き始めた。


 そして歩き続けること十分。

「あ、そうだ。俺、お前のことなんて呼べばいいんだ?」

 電柱が見える街並みの道路の真ん中。車があまり通らないので二人して陣取って歩いていた時、ふと思い付いて俺は言った。その言葉に西山あゆみはきょとんとするも、確かにどうしましょうか、と言い人差し指を顎に指し、考える表情をつくる。

「そうね。いきなり呼び捨てってのも馴れ馴れし過ぎて気持ちが悪いっていうより気分が悪くて吐き気を催しそうだし……そしてそのゲロをあなたにかけてしまいたくなりそうだし……」

「仮にもお嬢さんならもう少し上品な言い方出来ませんかね?」

「うーん……そうだ。私の名前は西山あゆみだから、略してにしまあみってのはどうかしら?」

「別人じゃねそれ! 略すにしてももう少しいい方法があるだろ!」

 にしまあみって!

 二文字しか略せてないし!

「じゃあ、にまあゆ」

「地味に言いにくい! 人間の名前でもないよそれ!」

「無駄にうるさいわねあなた。略シリーズは駄目なの……。それじゃあ普通に西山ってどうかしら?」

「小学生相手に苗字をそのままってのもキツイものがあるぞ」

 しかも西山って。

 なんか堅苦しいじゃないか。

「はあ……本当にどうしようもないわね。なに? 自分からは何も言わずに人から提案されたことをただただツッコんで否定するしかないの? まあ酷い。私はあなたのことをバッドマンと呼ばせて貰うわ」

「バットマンじゃなくてバッドマン! 直訳したら駄目な男じゃねえか!」

 辛辣過ぎる!

 こいつ、俺が滅多にしない説教で全然懲りてねえ!

「あーもううるさいわね。いいわ。普通にあゆみ様にしましょう。ほら復唱。せーの」

「あゆみさ……ってお前これ服従誓ってんじゃねえか俺! 怖い! 手口が怖すぎるよこのガキ!」

「なんだ。バッドマンにもちゃんとした考える力が備わってたのね」

「そのあだ名もう決定事項なの!」

「なぜ? どうして? これを常に考えることが大切なんです」

「またしてもドラゴン桜っ!」

 芥山先生じゃん!

 ドラマの再放送でも見てるのかこいつは!

「あーじゃあ俺お前のことあゆみって呼び捨てするぞ! いいのかそれで!」

 そんな提案をしたら、西山あゆみはいきなり腹を抱え始めた。

「う……オェエ……」

「マジで吐き気もよおしてんじゃねーか!」

 そんなに!

 そんなに俺から名前で呼ばれるの嫌なの!?

「もう……あゆみでいいわ……めんどくさいし……」

「そ……そうか……」

 諦めたようにふらついたあゆみは、その後五分間あれを出し続けた。今度、改めて話しあおうな。結構深刻な問題だから。

 因みに俺の刀銃という名前をあゆみに言うと、ハンッと鼻で笑われ、それから刀銃と俺を呼び捨てで呼ぶ様になった。

 バッドマン並に酷い名前ってことかよ。

 否定は出来ないけども。

 そうこうしている間に人通りが目につく大通りにさしかかった。周りには以前言ったカフェや、服屋等のおしゃれな店が立ち並んでいる。

 そんな中。

 俺はピンチに陥っていた。

 大体そうなんだよ。いくら善良な一市民である俺も端から見たらただの成人男性だ。あれ? 普通じゃん? じゃあなんでこんな事態に?

 まあ結局何が言いたいのかと言うと……

「…………刀銃君?」

 目の前には市民の悲鳴を聞いて飛び出してきたらしいヒーローが、悲しい顔で俺とあゆみを見ていた。

「幼女誘拐って本当かい?」

「断じて違う!」

 そう。

 こんな休日の真昼間に大の男が幼稚園にしか見えない小学生と二人で喋りながら歩いていたら、当然そう思われる。

 見渡すといつの間にか、大量の人が俺達二人を囲んでいた。

 はっはっはー。

 もう逃げられないって訳かー。

「うう……そうなんですよヒーローさん……」

 するとあゆみはいきなり泣き真似を始めた。

 両手で顔を覆っているが、よくみるとニヤニヤ笑っているのがわかる。

 俺は泣き真似だとわかった。

 だが、しかし。

「刀銃君……本当なんだね……」

「この犯罪者!」

「ロリコン!」

「ロリータコンプレックス!」

 俺への非難の声は、あゆみの泣き真似と比例してどんどん大きくなっていった。

 い……今すぐやめやがれその泣き真似っ!

「うわーん! 大きいお兄さんが睨んでくるわー!」

 俺の心からの懇願と反対に、あゆみは泣き真似をより一層大きくして続けた。

「今すぐその子から離れろ! このロンリーコンビネーション!」

「恥ずかしくないのあなた! このローリーコンパニオン!」

「このロンドンコンピューター!」

「ロングコンサート!」

「ロマンチックコンテンツ!」

 なんで皆さん言うことが違うの!

 後半なんて略してもロリコンにすらならないし!

「皆! 静かにしてくれるかい!」

 そこで、大衆の中からサングラスの上からでもわかるくらい悲しい顔をして、ヒーローが喋った。

「この男は刀銃君と言うんだ! 確かに犯罪を犯したかもしれない! この平和な街でこれ程由々しき事態はないよね! でもちょっと待って! 刀銃君も一瞬の気の迷いでやってしまったかもしれない! それを……たった一回の間違いを、僕達は何の事例もなく裁いていいのかな! この男の処遇は僕に任してくれ! 後は僕が受け持つからさ!」

 ヒーローの演説で、周りの人々は先刻までの勢いが嘘の様に去っていった。流石ヒーローねぇ――どっかのロリコンとは違うわぁ――等と呟きながら。

 台風の中助けた女の子に裏切られ。

 命の恩人に演説をさせてまで助けられ。

 女の子が嘲笑の笑みで見つめ――命の恩人が終始悲しそうな目をして――そんな中呆然と、ただただ力が抜けて泣き崩れていく大学生がそこには居た。

 悲しいことに、俺だった。

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