ヒーローがいるのに平和な街の表 2

「台風だ! 台風が来るぞ!」

「早く避難するんだ! 家諸共飛ばされちゃあ意味がない!」

 街の人間がそんな風に騒ぎ始めた日の午後。

「焦らないで! 落ち着いてこっちに来るんだよ!」

 ヒーローは人々を率先して引率していた。

 ヒーローは飛べない。台風や竜巻を吹き飛ばすなんて以っての外だ。出来る訳がない。

 だからヒーローは、人々をまず最初に見つけようとする。天災などには気をかけず、ただただひたすらに。

 力はない。

 権力もない。

 だけどヒーローはヒーローとして、正義の心を持っている。

 ヒーローの運動神経は素人に毛が生えた程度のものだ。アスリート選手はもちろん、その辺にいる高校生にも負けるかもしれない。

 それでもヒーローは、街を駆けるのだ。

 そんなヒーローもいていいと思う。


 さて俺もそろそろ逃げようかなと思ったら、雷鳴に混じり、小さくか細い声が聞こえたような気がした。

 右を見ると、そこには古ぼけた建物があった。

 左を見ると……よいうよりかもう全体的に風塵は迫っていた。古びた神社だ。いつ崩壊してもおかしくはない。

「……チッ」

 一目散に右へと向かい、声の元を捜すことにした。ヒーローの目の前でカッコ悪いことは出来ないからな。仕方がない。

「おい! 誰かいるか!」

 カビが生えた古い木製のドアを開けて、俺は声の主を呼びかける。

 周りを見渡すと、そこには大量の歴史物があった。

 兜に刀、その他諸々の骨董品。

 全てこの神社に昔から存在するものだ。全部売ればそれなりの値段は下らないだろう。このまま神社が崩壊してこれらの物産の価値が下がる可能性もないこともなかったので、出来るだけ持っていってヒーローか誰かに保存して貰おうかどうしようか本気で迷っていたら、女の子の小さな声が聞こえた。

「…………怖いよぉ」

 さっき聞いたもの同じ声だ。

「大丈夫か!」

 声のした方に向かって走ると押し入れがあった。襖を開けると、幼稚園児くらいの女の子がいた。

「お母さん……お父さん……怖いよぉ……」

 子供らしい赤いスカートにツインテールの髪。俺に気付いてないらしいその子は暗がりの中でもわかる程顔を赤くして泣いていた。十分二十分ではなく、どうやら何時間かずっと隠れていたらしい。

「お兄ちゃんの腕につかまれ! 早くここから逃げよう!」

 突然の大声と大学生の来訪者に驚いたのか、体を一瞬びくつかせる女の子だったが、すぐに涙を拭いて右腕にしがみついてきた。さっきまでと一変。キリっとした表情で女の子は言う。

「は……早く私を連れてきなさい」

「…………」

 意外とプライドが高い方なのかもしれないなぁと思いながら、笑ってその子の体を引っ張った。

 両腕で支えたかったが、出来なかった。

 神社から急いで立ち去り、天災の中、俺は女の子を抱えながら走る。変人に聞こえる描写だが、まあ許して欲しい。神社の中にあるお宝? そんなもん、後でいいだろ。

 可能な限り全力で走っていると、背に全体重を乗せようと頑張っているであろう女の子から、常時罵声が飛んできた。

「ちょっとあなた! ちゃんと私を持ちなさい! 落ちたらどうする気なの! ただでさえ私の魅惑のボデーを下賎な者に触らせてやるだけで褒美なのに! ボディーじゃないわよ! ボデーってところがみそなの!」

「ああもうツッコミ所が多過ぎて対処出来ねぇ! 黙ってしっかり掴まってろ!」

「わ……私に命令するなんて……お父様にもお母様にも命令されたことなんてないのに!」

「あーあー過保護なんですねー! はいはいわかりましたー!」

「テキトーに応対してるでしょあなた!」

「こんな大雨の中喋れるか! 聞こえづらいんだよ何言ってるか!」

「じゃ……じゃあこれ聞こえる……? …………………………悦んでんじゃないわよこの変態」

「聞こえてるよボケがぁ! どんな挑戦だそれ!」

「わ、私はただあなたを気分よくさせようとしただけなんだからねっ!」

「お前の中で俺はどういうキャラ付けなんだよ? てかツンデレかそれ? 気分悪すぎるわそのデレ!」

「勘違いしないでよねっ!」

「勘違いする要素が無ぇっ!」

「うるさいわよバーカ!」

「バーカ!」

 初対面の少女と同レベルの会話をしている大学生が、その少女を背に乗せて、台風が襲いかかる平和な街を走る。

 そうこうしている内に俺は、なぜか自分でも覚え切れていない過去を思い出していた。いや、別に昔こんなアホみたいな会話をしていた訳ではないんだが、まあそれはそうとして。

 こんな……こんなことが昔あった気がするのだ。

 台風が怖くて押し入れに隠れ、誰かが押し入れに来てくれて。泣いていた俺を助け出してくれた人がいたような……そんな気がする。

 その人は誰だ?

 俺は、その人をどうしたんだ?

 わからない。

 思い出せない。

 思い出そうとしても、答えが出ない。答えが無いのかもしれない。

「ば、バカって言う奴がバカなのよ!」

「バカって言う奴がバカって言う奴がバカなんだよ!」

「繰り返すなんて卑怯過ぎるわ! なにこの人? 天才? 天災の中の天才だわ!」

「はっはっは参ったか! 俺の勝ちだバーカ!」

「この……アホ!」

「何! その手があったか!」

「ホーホッホ! ほら、ひざまずきなさいよこのアホ!」

 そんな心境を後ろに、俺は内心ひそかに会話を楽しんでいた。煮え切らない過去なんてどうでもいいくらいに思える程楽しい会話だ。小さい女の子との会話を楽しむ大学生って犯罪じゃね? みたいな話しは聞かないことにする。

 二人して罵声を浴びせあっていると、大声で避難を呼び掛けているヒーローの姿が目に入った。

「ヒーロー!」

「刀銃君! そんな所にいないで早く避難……ってなんだいその子は! とうとう誘拐してしまったのかい刀銃君!」

「断じて違う!」

 なんてことを言いやがる!

 一応、あんたを見習って俺は救助活動に勤しんだんだぞ!

 ……しかし……でも……うーん……思い返してみると、確かに大学生が背に小さな女の子を乗せながら走るってのは危ない図だったかもしれないなぁ。脅威だよ。そんなの見たら。俺だったら間違いなく通報するね。うん。

「離れの神社で泣いてたんだよ。この子、どうすればいい?」

「私は泣いてなんていないわよ! 泣いていたとしたらそれはあなたの幻聴ね! あー危ない人だわこの人ー! 権力持ってる人来てこの人捕まえてー!」

「自分の醜態をさらされたくないからって平然と俺を罵倒するな! 黙ってろっての!」

 そこまで言い合った所で、「わかったわかった! とにかく避難してくれ刀銃君と女の子! 小学校が避難の場所に指定されてるから、そこで夜を明かすといいよ!」という助言というか叫び声というか、とにもかくにもそんな言葉がヒーローの口から発せられたので、二人してその小学校とやらに向かうことにした。

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