ヒーローがいるのに平和な街の裏 二

「俺はこの街の地下で暮らしてるんです」

 僕と取引をした高梨和也君という名前の不良は自分をこう称した。

 今、僕と高梨君はドラえもんなんかでよく見る――良く言えば哀愁溢れる――悪く言えば過疎の田舎のような街並みを歩いている。一軒家が建ち並び、街灯が所々に確認出来る。どう見ても僕達が歩いているこの場所は車道と歩道が合わさった道路だと思うのだが、車は一つも走っていない。高梨君に聞いた所、車は事故が起こって危険なので、現在はたった一つしかこの街に存在しないそうだ。成る程、そこまで徹底しているからこの街は平和を語れるのか。

「地下……というと、さっきの門がある所ですか?」

「いやいや、あんなへんぴな場所で暮らせる訳ないでしょうよ。俺達地下の住人は、その門があった場所の、更に地下で暮らしてるんです」

 高梨君は続ける。

「少し要らない話しになるんですけど、この街に外と繋がる門は北、南、西、東にそれぞれ一つずつあるんです。門一つ一つに、さっき佐藤さんが通った場所があるんですけど、その周りを囲む様に、四人の門番専用の空間が用意されていて、俺達地下の住人はその下で暮らしているんです」

「地下の住人って……何でこの地上の街で住んでいないんですか?」

 すると高梨君は、ヘヘヘ、と右の人差し指で鼻の下を擦った。

「決まってるでしょ。俺達は、罪を犯した犯罪者――所謂悪なんですよ」

 僕の目の前にいる『悪』は、どうみたって僕が今まで見てきた犯罪者の姿ではなかったが……そうか。それもあって、今僕が歩いているこの地上の街では平和が続いているのか。

 悪を廃除して、正義だけを徘徊させる。言い方は悪いがこれ程実用的で、かつ即効性のある『平和』の実現はないだろう。

 そして、これを行ったのが――この地上の街を統治するヒーローという訳だ。会ってみたくなったな、そのヒーローとやらに。

「因みに、高梨君は何をしたんですか?」

「俺ですか? うーん……これあんま言いたくないんですけど……、……強姦です」

 沈んだ顔で、高梨君は呟いた。

「いやあ、俺も昔は若かったんですよ。意味のないことをして、人生棒に振ってしまいました。今思えば、何であんなことしちまったんだか……」

 高梨君は本気で悔いているらしい。まあ……そうだろうな。強姦などしていなければ、今頃この平和な街に住んでいけたのだから。僕にとっても、この街は理想的だ。犯罪もなく事故もない街……か。警察の仕事が無いという点に関しては残念だが。

「ですけどね、俺なんてまだたいしたことないらしいんですよ」

「……と言うと?」

「中にはですね、年端もいかない息子の腕を銃で動かなくしたってのがありましてね」

「な……銃で……ですか」

「そう。銃で、です」

「……銃で行為に及ぶ意味がわからないですね」

「全くですよ。銃なんて、昔の街でも滅多にお目にかかれない代物でしたのにね。他にも、父親を切り裂いた息子とか、娘を放り出した両親とか、昔の彼氏全員を殺した女性とか……色々な人達が、地下で住んでるんです」

「…………」

 どうやら今現在向かっている地下の世界というのは思ったよりも凄まじい世界らしい。警察の人間として、そんな犯罪者の巣窟に近づくのはやぶさかではあるのだが、仕方がないだろう。よしえさんに忠告を受けた後だ。大事にはしないように我慢しなければならない。

 暗い顔で黙っていると、高梨君が「で、でもですね」と話しをふってきた。

「皆、いい人達です。俺も含め、元は犯罪を犯した奴らばっかですけど、皆和気あいあいとしてます。これも、全ては一人の女性のおかげなんですよ」

「一人の女性?」

「はい。その人が、俺に佐藤さんが来るってことと、佐藤さんにこう言えば地下までついてきてくれるってことを教えてくれたんです。ホント、女神ですよ……あの人は」

 言うと高梨君は今まで見た中で一番明るい顔になった。高梨君はその女性にとても救われたらしい。

 しかし……女神か……。

 その人は、僕も救ってくれるのだろうか。

 色々な意味で。

「その女性、綺麗ですか?」

 気がつくと僕はこんなことを口走っていた。我ながら脈絡も何もない最悪な問いかけをしたと思う。

 高梨君は、一瞬ハッ、としたような表情をした後、笑ってみせた。

「……へぇ。佐藤さんも話しがわかりますね」

 高梨君の返答がこんな感じだったので、僕もそのテンションに合わせることにする。

「当たり前ですよ。僕、今年で十八なんです。そろそろ結婚を考えた方がいいかな、なんて思ってますので」

「佐藤さん十八歳なんですか!」

 僕の言葉を聞くと、途端に高梨君は驚いた。しんみりしたり、笑ったり、驚いたり――表情が色々変わる人だな、高梨君。

「は……はい……そうですけど……」

「そうなんですか……いや、てっきりこんな街に一人で来るし、なんか冷静なんで年上かと……」

「高梨君は何歳なんですか?」

「二十七です」

「二十七歳!」

「しかも既婚者です」

「既婚者!」

 二十七歳な上に既婚者!

 この不良丸出しなファッションで!

「はい。そうか……佐藤さん年下なのか……」

「高梨君……いや、高梨さんなんて年上で既婚者なんて……」

 素直に驚いた。やっぱり、外見で人と成りを判断してはいけない。

「高梨君でいいですよ。俺も、佐藤さんって呼ばせてもらいますし」

「へ? そ、それでいいんですか?」

「はい。だって何か……」

 高梨君は僕を見ながら、感慨深くこう言った。

「佐藤さん、ただ者じゃないって感じがビンビン来ますもん」

「そ……そうですか……」

 良くはわからなかったが、高梨君は僕を高く評価しているようだ。悪い気はしなかったので、好意に甘えさせてもらうことにした。

「はい。あ、ここです。ここが地下への入口です」

 すると高梨君は突然立ち止まり、ある場所を指で指し示した。喋り合っている内に着いてしまったようだ。

「これですか?」

「これです」

「…………」

 高梨君の指は、車道の隅に何故かポツンと置いてある、仮設トイレを指していた。

「ここに入って、『ウォーターメロン』と叫ぶと、地下へと一直線に向かうエレベーターになります。その間は使用中になるんで、鍵は閉めなくても結構です。オートでロックやオープン状態を切り替える仕組みになってますんで」

「……本当ですか?」

「どうやら疑ってるみたいですね。わかりました。じゃあまず僕から地下へ行きます。開いてます、って表示になったらドアを開けてみてください」

 言うがすぐに、高梨君は迷わず仮設トイレに入り、ドアを閉める。「ウォーターメロン!!」という聞いててとても恥ずかしくなる合言葉を言ったと思ったら、ドアノブの上の表示が使用中に替わり、仮設トイレの中から『ヒューーー……』と、何か大きな者が下に落ちていく音が聞こえた。

一分経った後、仮設トイレの中からいきなり、ガシャン、と大きな音が響いたと思ったら、表示が開いてますに替わった。

「高梨君?」

 心配して言いながら僕は恐る恐るドアを開けた。

 中には、トイレとティッシュと水を流すスイッチしか見当たらなかった。どうやら、高梨君の言っていたことは本気らしい。

 ここで退くのもおかしな話しなので、僕はドアを閉め、恥を忍んで叫んだ。

「ウゥヲォータァーメロンッ!」

 瞬間、ガコンと足が浮遊感に包まれると、下方向に足場が動き始めた。『ヒューーー……』という音が聞こえる。それ程早くは無かったので安心して身を委ねた。

 そして、一分。

 仮設トイレのドアがひとりでに開いた。


「へっへっへ、やっぱあの話しは最高だぜ」

「なんていってもあのラストだよなー。伏線が集まった感が、半端じゃない」

「馬鹿野郎! あの話しで一番いいのは会話の掛け合いだろうが! 伏線やらラストやらは二の次だ、二の次!」

「何だと! それこそ二の次だろうが!」

「ああん? やんのかコラぁ!」

「やってやるよコラぁ!」

「まあまあ……二人共、とりあえず飲もう飲もう」


 目の前には、よくある酒場の風景が広がっていた。ぼんやりとした明かりが空間を照らし、ガヤガヤとした大声が留まることを知らない。瓶やジョッキからお酒の匂いがする中、点々としてある円形の木製のテーブルに男性女性が三人やら四人やらで木製のもたれることが出来る椅子に座って囲んでいた。全員、昼間から出来上がっている。地下だから時間の感覚が無いのか……と思ったが、一人の男性が「あ! あのドラマの再放送始まっちまう!」と左腕の時計を見ながら言っていたので、全員わかって酔っ払っているのだろう。

 後ろの仮設トイレのドアがひとりでにガシャンと閉まったかと思うと、中から物凄い勢いで上がっていく音が聞こえた。さようなら、トイレ。

「あ、佐藤さん。こっちですこっち」

 辺りを見渡していると、手を振っている高梨君の姿が酒場のメニューが張ってある壁の側で目に入った。僕は高梨君の元へと近づく。

「どうです? びっくりしたでしょ?」

「ええ……あんなトイレは始めてです」

「そうですよねぇ。エレベータートイレなんか言ってね、もしかしたら売れるかも……っていやいや違いますよ佐藤さん。何言ってるんですか。俺が言ってるのはこの酒場ですよ」

 ノリツッコミも出来るのか……と高梨君に感心しつつも、僕は改めて周りを見渡した。この姿を見て、彼ら彼女らが犯罪者と思う人は居ないだろう。それだけ全員、明るく晴れ晴れとした表情でお酒を飲んでいる。

「なんか、混ざりたくなってきますね」

「そうでしょう? 俺も、飲みたくなってきました」

 ウキウキと舞い上がる高梨君を見て僕はいい気分になりながらも、指名手配書に写っていた徳永切裂の顔を思い出して、目的を再確認した。そうだ。僕はこんな所でのんびりしている暇はない。

「高梨君」

「はい?」

「情報を、貰いたいんだけど」

「……あ、はい。わかりました。覚えてましたよ。ええ、覚えてましたとも」

 必死に慌てて取り繕う高梨君を見て穏やかな気持ちになりつつも、僕は返事を待った。

 高梨君は、指である場所を指す。

「あそこです。あそこに、俺達の女神が居ます」

 高梨君の指は、焼酎やワインが並ぶ、二人が座っている椅子があるカウンターを指していた。

「ありがとう。協力、感謝します」

「そんな警察みたいな言い方やめて下さいよ。どうもです。俺は酒を飲みますんで、帰る時は話しかけてください。トイレに案内しますから」

 言うと、高梨君は空席がある机へと向かった。高梨君は僕が警察の人間だと気付いていなかったらしい。まあ、今となってはどうでまいい話しだ。

 お酒の強烈な匂いと、椅子と机の間をすいませんすいませんと言いながら抜け、何とかカウンターに到着した。

 そこには、着物姿の和風な女性が佇んでいた。見た目は三十代前半くらい。髪を一固まりに束ね、かんざしを刺している。僕が空いている真ん中の椅子に座ると、女性は僕の姿を確認し、右腕をカウンターに置いて顎を右手の上に置いて僕の顔に近づくと、こう言った。

「へぇ、あんたが外から来た輩かい。結構可愛い顔してんじゃないの。話しは外の警察から聞いてるよ。確か……刀を持った指名手配犯だったっけ。大丈夫。私の夫が、姿を確認してるからさ」

「夫……ですか……?」

「ああ。そうだね。私の夫は凄いよ。多分、この街で敵う奴は誰も居ないだろうね。なんせ、」

 フフフ、と年齢を重ねた故に出来る妖艶な笑みを浮かべながら、女性は言った。


「私の夫は、ヒーローだからさ」


「……そうなんですか?」

「ああそうだね。なんだい、リアクションが乏しいね。もっと驚いたらどうなんだい」

「いやいや、僕はまだその噂のヒーローとやらに会っていないんで」

「ああ。そういうことなら仕方ないか」

 そうかいそれはつまらないねぇとでも言いたげに肩をすくめるこの女性が、かの有名なヒーローの奥さん……か。成る程、確かにこの空間で、一際静かな威圧を感じる。極道の妻みたいだ。

「それで……えっと、お名前を教えてくれますか?」

「名前? そんなもんは私を固定名詞として縛る厄介な代物だろ? 要らないんだよそんなの。私の名前を知っていいのは夫だけさ」

 言うと女性は僕から離れ、カウンターの奥にあったらしいキセルを口に加えた。マッチも手に取り、キセルの先を焚いた。フゥー、と口から煙りを出すと、「まあ、」と言い話しを続ける。

「私を便宜上識別したいんなら、ヒーロー夫人とでも呼んでくれればいい。少なくとも、ここにいる皆は私をそう呼んでるからさ。おっと、あんたら、寝ちゃ駄目だよ」

 あんたらというのは僕の隣に座っていた男性二人らしい。酔いがまわり切っているのか、腕を枕代わりにして頭をカウンターに沈めていた。「う……うう……」と言いながらようやく起き上がった二人を見たヒーロー夫人はため息をついて、カウンターから出る。二人の男性に肩を同時に貸しながら、「ちょっと待っててくれ」と僕に言い、その場から離れる。

 そして五分。ヒーロー夫人が「待たせたね」と言いながらカウンターへと戻った。もう一度、キセルをふかせる。

「それで、佐藤栄作……だっけ。あんたは何が知りたいんだい?」

「徳永切裂の居場所です。それだけが、僕の知りたい情報です」

「……ふぅん」

 煙りを口から出すと、ヒーロー夫人は言う。

「あんた、その歳でなかなかいい目、するじゃないの。いいよ。教えてあげる……って言いたい所なんだけど、残念だね。そんなに簡単には教えてあげることは出来ないよ」

「何でですか?」

「あんたが徳永切裂って言った奴は……異常だからさ」

 異常。

 この街を統治するヒーローの妻は、徳永切裂のことをそう称した。

「知ってるかい? どうやってその男がこの街に侵入したのか。その男はね、一降りの刀を突き刺しては抜いて浮き上がって、巨大な外壁を昇ってきたらしいんだ。……刀と右手と両足だけで」

 そう言うヒーロー夫人の手は、僕の見間違いかもしれないが、微かに震えていた。

「夫は……そいつの姿を確認しただけで取り逃がしたらしい。あの夫が――街唯一の正義が――恐怖を理由に見逃したのさ。わかるかい? 要は、それだけ異常なんだよ……その徳永切裂って奴は。切裂……ねぇ。名前に恥じない奴だよ、あんたが追ってる男は」

「それでも」

 僕は、ヒーロー夫人の話しを払って言う。

「それでも……僕は捕まえます。徳永切裂を、捕まえます。捕まえなければいけないんです……あの男は……あの男だけは……」

「……気になるね。どうして、徳永切裂にそこまでこだわるんだい?」

「そんなの……僕が警察だからに決まってるでしょう」

「いいや。違うね」

 ヒーロー夫人はキセルを置き、僕の顎を右手に持ちながら顔を至近距離まで近づけて、こう言った。

「あんたのその執着心は、明らかに『警察だから』なんていう上っ面の名目からじゃない。何なんだい? 言ってご覧よ、私に。初対面だけど……初対面だからこそ、喋れることもあるよ」

「……言ったら、情報をくれますか?」

「ああ。教える」

「……わかりました」

 仕方がない。これも、徳永切裂の居場所を知る為だ。覚悟を決めよう。

 僕は次第に荒ぐ息を整え、言った。

「僕の両親と恋人が、徳永切裂に殺されたんです」

「……ふぅん」

 ヒーロー夫人は、口から煙りを出して、僕の顔を静かに見据えた。

「……そういうことかい。悪かったね、キツイこと聞いて」

「いえ……いいです……。じゃあ、話してください。徳永切裂の居場所を」

 僕の過去を聞いたヒーロー夫人は、もう一度キセルを口付け、煙りを口から出した。

「いいよ。教えてあげる。けど……少し待ってくれるかい?」

「……何でですか」

 僕は静かに怒った。何を言っているんだ、この人は。本当だったらこうして喋っているのも時間の無駄なのに。

 そんな僕の心境を読みとれないせいか、ヒーロー夫人はもう一度口から煙りを出した。

「過去の復讐……ねぇ。確かに、何をしてでも捜し出したくなる」

「……ならどうしてですか?」

「立ち向かう準備をしておいた方がいい――そして、正々堂々と、捕まえた方がいいからさ」

 そう言うと、ヒーロー夫人はまた顔を僕に近づけた。

 ヒーロー夫人は続ける。

「私はこんな所で酒場を経営してるけど、夫が夫なもんでね。復讐をしようとする奴らを、随分と見てきたんだよ。そんな奴らは決まって、不意打ちをしたがるんだ。怖いんだよ……その復讐の相手がさ。だから、私はそんな奴を見かけたら、迷わずこう言ってきたんだ。「正々堂々……相手が悪だからこそ正々堂々向かい討て」ってね。理不尽だとは思う。けど、今のあんたじゃ返り討ちだよ。冷静になるんだ」

「そんなこと……何でわかるんですか……?」

「物腰を見れば、たいていの力量はわかるよ。私の夫の古い知り合いにピッキングを心得た凄腕のメッセンジャーがいるからさ、そいつにけしかけさせてやるよ――徳永切裂を。そうだね、最初は刀を置いて、反応がなかったら次はあんたが書いた手紙をメッセージとして伝えよう。その間、あんたは腕を磨くんだね。そうでもしないと、徳永切裂には敵わない」

「……ハハハ…………………………………………何勝手なこと言ってんだよ!」

 僕は無我夢中のままに、ヒーロー夫人の胸倉を掴んだ。

「ふざけんなよ! お前なんかに何がわかる! 母さんも父さんも亜希子も! あいつに殺されたんだよ!」

 家の中で見た母さんと父さんの死体。一人暮らしをしていた家の中見た亜希子の死体。

 バラバラに切り刻まれて弄ばれていた、無惨で残酷な死体――!

「ふざけんな! ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな! 下らないんだよどうでもいいんだよ糞くらえなんだよ黙ってろよ興味ねーんだよお前の言い分なんざ端っから聞く気もねーしそもそもそんな言い分は俺になんの関係もないんだようるせーよ口を閉じろよ何も考えずにただただ俺の質問だけにこたえてりゃあそれでいいんだよ! さっさと教えろ! どうでもいいことぐだぐだ喋ってねーでとっとと教えろ! あいつの情報を一刻一秒争わずに即刻教えろ! さもないと、お前を――」

「ストップ」

 瞬間、ヒーロー夫人は胸倉を掴む僕の腕をとてつもない握力で握った。

「く……う……」

 自然と、僕の手が開かれる。ヒーロー夫人の胸倉から手が離れる。

「ほらね。私なんかに負けてる様じゃ、徳永切裂を捕らえることは不可能なんだよ。とは言え……すまないね。気に障ることばかり言って。確かに私は部外者だよ。とやかく言ってすまなかった。でも、あんたの今の顔は……さっき言おうとしてた言葉は……間違いなく『悪』だよ。徳永切裂と一緒さ」

 ヒーロー夫人の言葉に、真っ白になっていた僕の頭に冷静さが戻る。空気が冷え切っている。どうやら僕が先程発した言葉はそれはそれは大きなものだったらしい。高梨君も含む酒場にいる人たちは静まりかえっていた。

「……それでもいい……悪でもいい」

「だから、言ってるじゃないか。今の――悪のあんたじゃ、徳永切裂には勝てないんだ」

「……なら、どうすればいいんですか」

 ……悔しいが、確かにヒーロー夫人の言う通り、今の僕じゃ、警察総出でようやく左腕を負傷させられた徳永切裂を捕らえることはできない。

「どうすれば……どうすれば僕は……」

「……私がとやかく言うことじゃないけど、一つだけ、言わせてくれないかい」

 僕が無言で頷くと、ヒーロー夫人はこう言った。

「正義は必ず、悪に勝つのさ」

「…………」

 言ってることは無茶苦茶だったが、それでも今の僕には、心に響いた。

 徳永切裂は悪だ。まごうことなき悪だ。

 なら、僕は? 僕は悪か? 悪でいいのか?

 答えは――否、だ。

「まあ、とりあえず、息抜きしな。今日はここで一泊するといい。明日は、台風が来るからね」

 僕はいつの間にか流れていた涙を服の袖でふき取り、それからヒーロー夫人と酒場にいる全員に頭を下げて、謝罪した。

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