第36話:霞④
現場検証を鷲尾達に任せ、四人の美女は、警察の護送車で妖檄舎へ戻る。
「あー、疲れた……プリン喰いたい……」
霧子が口の端から魂の半分を出しながら、吹絵と菊の肩を借りて、おぼつかない足取りで玄関をくぐる。
それを出迎えたのは、二郎と小鉄の男二人だ。
「お帰り、みんな! プリン作ってあるよ、あと、風呂も!」
男二人してのエプロン姿に、女性陣は目を丸くする。
「プリンって、お前が作ったのか?」
「味はシェルボンに遠く及ばないだろうけど、霧子の為に腕を振るったんだ」
どこで手に入れたか知れない、超特大サイズのエプロンを身に纏った二郎が、ニコニコと笑う。
「貴様が隠し味を入れようとする度、止めるのがどれ程大変だったか……」
小鉄がしかめ面で、こめかみを押さえる。
「お前等、私が命賭けで戦ってるときに、暢気に菓子なんか作ってやがったのか……」
呟いて、霧子がじっとりとした視線を突き刺す。
「何もしないよりマシだろ? とにかくさ、一風呂浴びてきなよ!」
あくまで戦わない男衆は、申し訳なさなど微塵も出さない。
「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ……行くぞ、霞」
「あい! じゃあジローちゃん、また後で!」
妖檄舎の役割分担については、霧子は良く分かっていた。
男衆の気配りには、毎度感謝さえしている。
会話を早々に切り上げると、二人は浴室に向かった。
「あ、アタシも入るー!」
菊が手を上げて、霞の後に続く。
「じゃあ、私もご一緒しようかしら……」
吹絵までもが、浴室に入って行った。
「狭いよ、二人は後にしろよ!」
霧子が叫ぶ。
「妖檄舎のお風呂は、狭くありません」
「女同士、仲良く入ろ~!」
菊が三人の肩を抱き寄せる。
「いってらっしゃ~い!」
その後ろ姿を、笑顔で見送る二郎。
「……霧子、Kちゃんの事を「霞」って呼んだね」
ふと、小鉄に視線を送る。
「霞と言えば、霧子の妹の名だったな」
小鉄も頷き、二郎を見やる。
「良く分からないけど、いい事あったみたいだね」
「そうだな」
浴室から響く黄色い声を聴きながら、男二人、妙に微笑ましい空気を味わっていた。
「じゃあ、本当に霧子の妹なんだ……」
女性陣が入浴を終え、妖檄舎一同が居間に集まる。
霧子が事の顛末を説明すると、一同は改めて驚きの声を上げた。
「すみません、皆さん、大切な事なのに黙っていて……」
霞がしゅんとなって、上目遣いに一同を見やる。
「そんな……いいのよ、話すタイミングが掴めなかったんでしょう?」
吹絵が優しく声をかける。
「誰にでも言い辛い事はあるよ、気にしない気にしない!」
菊がわざと能天気に振舞い、霞を慰める。
「だが、それが本当だとすれば……」
小鉄が眉を顰める。
「ああ、タイミングによっては、私はこいつを殺していた……二郎、このプリン甘すぎだぞ」
プリンのスプーンを咥えたまま、霧子の表情に真剣な影が宿る。
「ごめん、女の人には甘過ぎるくらいが丁度良いいんだって、小鉄が言うから……」
「霧子に妹がいて、それが変妖したという事は知っている。だが、それが今、何処で何をしているかまでは……」
小鉄が咳払いしながら、呟く。
「分からなかった。だから最初は、こいつがそうなんだろうと思ったんだ。奴は、私を殺すと言い残して消えたんだからな」
「でも、違ったんでしょう?」
吹絵が問う。
「ああ、一緒に行動してみて、こいつからは殺気の「さ」の字も感じなかった。そればかりか妙に私を頼って来やがる……だから分かったんだ、こいつは違う、何か裏があるってな」
霧子が微笑む。
「アタシの奪われた半身は、今もこの世に潜み、その時に備えて力を蓄えています……」
霞の表情が暗く沈む。
「じゃあ、霞ちゃんは……」
二郎が問う。
「私はお姉を助けて、一緒に「それ」を討つべく遣わされた……妖怪を殺す為にだけ生きる、人形です」
「……そんなことない」
霧子が呟く。
「そんなことない、お前は人形なんかじゃない……人間だ、私のたった一人の妹だ!」
霧子が声を荒げ、拳でテーブルを叩く。
「霧ちゃん……」
その様子を、菊が心配そうに見守る。
「私が認めたんだ、私が決めたんだ、だから……誰にも覆させやしない!」
そう言って、霧子は泣きながら霞を抱きしめた。
「お、お姉……痛い、痛いですって!」
霧子の思わぬ行動に、霞は戸惑ってしまう。
「痛がるのも人間の証拠だよ……だからもう悲しい事を言うな、間違いでも良い、それが分かるまではその気でいさせろ……」
抱きついたまま、霞の頭を撫で、霧子が泣きながら微笑む。
「……はい!」
霞はその言葉を胸の奥に刻み、大切に仕舞い込んだ。
それは、彼女の10年間が報われた瞬間でもある。
霞の瞳から涙があふれ、頬を伝い零れ落ちる。
「ここは、二人きりにしてあげた方が良さそうね……」
吹絵が呟くと。他の妖檄舎の面々も、素直に頷く。
居間は解散となり、各々が各々の部屋に戻った。
「……霞、起きてるか?」
自室に戻り、ベッドに横たわった霧子が、板張りの天井を見つめながら呟く。
「はい、泣きすぎて目が腫れちゃって……眠れません」
二段ベッドの下の段から、ベッドの天井を見つめながら、霞が答える。
「初めにお前をこの部屋に泊めた時の事、覚えてるか?」
霧子が問う。
「二段ベッドの話ですか? 児童を保護するために入れたって……」
霞が、不思議そうに答えた。
「そう、それな……実は、嘘なんだ」
「え……?」
戸惑う霞。
霧子が、言葉を続ける。
「私はな? 修錬丹師になって、日本に帰ってきてからずっと、二段ベッドで寝てきたんだ……何故だか分かるか?」
悪戯な口調で、語尾をはぐらかす。
「お姉、まさかアタシを……」
「そう、いつかお前が現れて、ぽっかり空いたベッドの穴を埋めてくれるんじゃないかってな? そう思って、ずっと待っていたんだ……」
霧子はそう言って、瞼を閉じた。
「お姉……」
「まったく、未練だよな? 女々しいというか、潔くないというか……笑えるだろう?」
霧子が苦笑する。
「そんなことないです。私も、お姉が上の段で寝ていてくれると、妙に落ち着きましたから……、私こそ、10年待ってようやく取り戻した、懐かしい寝床だと思いました」
霞が言う。
「そっか……10年前までは、いつもこうして一緒に寝てたもんな……霞、私が何で上の段に拘るか、覚えているか?」
「それは……アタシがおねしょ娘だったからです」
そう言って、霞は頬を紅くする。
「そう、お前は寝相が悪いから、お前の下で寝てると雫が私の額に垂れるんだよ……」
霧子が笑う。
「お姉、烈火の様に怒りましたよね、それでアタシは、もう一回チビッちゃうという悪循環で……」
霞は真っ赤になって、布団を被る。
「母さんが治めるまで、すったもんだやってたよな……」
霧子が笑う。
「懐かしいですねぇ……でも、母さんは……」
「ああ、もういない」
「すみません……」
霞の表情が暗くなる。
「お前の所為じゃないさ、謝るな。本当に悪い奴は、別にいる」
霧子は、あっけらかんとして、言った。
「アタシの半身……もう一人のアタシ……」
思いつめる霞。
霧子は、そんな霞に向かって、明るく声をかける。
「だから、違うって言ったろ? お前はお前……奴なんかじゃない。お前こそが仙道霞、正真正銘、私の妹だって」
「はい、お姉……」
未だ吹っ切れない様子の霞を慮って、霧子は話題を変える。
「……霞、姉妹の掟って覚えてるか?」
「忘れる訳ありません! それは、お姉とアタシ、姉妹の絆そのモノじゃないですか!」
霞が過敏に反応する。
「じゃあ言ってみろ、姉妹の掟、その一!」
「その一:愛し合う姉妹は、互いに信じ合い、協力し合うべし!」
霞が唱和する。
「姉妹の掟、その二!」
「その二:愛し合う姉妹は、互いに嘘や隠し事をしてはならない!」
霞が唱和する。
それは、まさに条件反射、姉から妹へ、魂の奥底に刻まれた、真の絆を顕わす魔法の言葉だった。
「ちゃんと覚えてるじゃないか……じゃあ、姉妹の掟、その二十五!」
「え、え……二十五?」
突然の無茶振りに、戸惑う霞。
「その二十五はな……愛し合う姉妹は、一緒に仲良く眠る事、だ」
そう言って、霧子が笑う。
「そんなの、知りませんよ……」
狼狽する霞。
霧子は平静そのものだ。
「ああ、今作ったからな。全ては収まる所に納まり、ベッドは埋まった……これ以上の安眠材料が何処にある?」
「おねしょの心配もありませんしね……」
霞が笑う。
「そう言う事だ……おやすみ、霞」
「はい、おやすみなさい、霧子姉……」
二人は挨拶を交わすと、布団を被る。
そして数秒を経ない内に、二人は深い眠りに落ちていった。
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