第28話:大妖②
大量に吹き上がった灰燼は、そうそう消えるものではない。
御前がどこに落下したのか、あるいは落下後に移動したのか、気配を探るが、掴めない。
そして、それは、意外なところから来た。
「直上だと!?」
病棟が完全に倒壊した今、霧子達の頭上を取る足場は存在しない。
だがしかし、それは、霧子達の頭上から降り注いだ。
数え切れないほどの毒針の雨。
護符が反応しなかったら、確実にやられていただろう。
「お姉さん、あれ!」
霞が叫んで、上空を指差す。
やがて煙が晴れ、御前と呼ばれた大妖の、その驚愕の姿が顕わとなる。
闇夜に照り映える満月の光を遮って、二人に深く覆いかぶさる強大な影。
それは、霧子がこれまで始末してきたどの聖魔より巨大で、堅牢だった。
「これが、大妖かよ……」
霧子が思わず息を呑む。
それは、蜘蛛の様でもあり、蠍の様でもあった。
節足動物を思わせる体躯の上に、人間大の上半身を備えているように見える。
奇怪な姿もさることながら、驚くべきは、その大きさだ。
脚の長さだけでも、10メートルは優に超える。
脚も腹も、黒光りする甲羅に覆われ、銃弾など通しそうにもない。
そして、その武器である針は人間を一瞬で溶解する程の毒素を含んでいる。
果たして、武器は針だけか、いや、そうではあるまい。
「K、飛べ! 奴の全体像を掴むんだ!」
「分かりました!」
霞が大きく屈伸し、上空にジャンプする。
御前の脚の一本が、霞を追う。
「うわ! たったった……!」
霞は空中できりもみ回転して、それを躱す。
躱した、筈だった。
「ぎゃう!」
御前の脚は、霞の動きを正確にトレースし、その腹部のど真ん中に爪を打ち込んだ。
「K!」
地上に落下する霞を、かろうじて受け止める霧子。
「いやー、大妖、厳しいです……化魄じゃなければ、今のでお陀仏でしたよ……」
「護符が砕けたか……大丈夫か、K……」
霞が思いのほか軽傷だったことに、心底安堵する霧子。
「どうした、修錬丹師のわっぱどもよ……大陸で千年鍛えし我が爪を前に、為す術もなく怖気づいたか?」
二人の頭上から、勝ち誇る御前の声が響く。
霧子は、奥歯を噛み締め、御前の顕になった腹部に向け、小機関銃を掃射した。
霧子の使う銃は、詠唱銃スペル・ガンと呼ばれ、聖魔討伐に使う銃としては、最もオーソドックスな形式を取る。
使用するのは、ごくありふれた通常弾。
その通常弾が、バレルの内側に鏡彫りされた螺旋状の呪刻印をライフルマークとしてトレースする事で、弾に複雑な呪文が掛かり、聖魔を滅ぼす事の出来る呪弾に変化する。
本人の呪的コンディションと関係なく魔力を行使でき、呪刻印がより複雑で高度になるに従い、呪弾としての威力が桁外れに上がるのが特徴だ。
そして、現状で最も複雑かつ高度な呪刻印が、霧子のMAC11に施された、浄山の螺旋12条刻印である。
「ち、通さないか!」
呪弾をすべて弾かれ、霧子が舌打ちをする。
「どうした、自慢の銃ではなかったのかえ?」
御前が高らかに笑う。
「ああ、参ったよ……これ程とはな!」
霧子の足元を、御前の脚爪が襲う。
ただでさえ瓦礫で不安定となった足場を、霧子は器用にステップを踏みながら、辛うじてそれを躱していく。
しかし御前の方は、足場など関係ない。
恐ろしいスピードで巨大な体躯を操り、二人に向けて確実な攻撃を繰り出し続けた。
「厄介な脚だ……!」
霧子が吐き捨てる。
「お姉さん、私が懐に飛び込んで、装甲に隙間を作ります……そこに呪弾を撃ち込んでください!」
霞がそう言って、短刀を八艘に構える。
「そのような隙、与えると思うてか!」
御前の10本の脚の前方、第二の口ともいえる、大きな牙を備えた口腔から、雨あられの様に毒針が発射される。
護符を破かれた霞は、突っ込む機会を失い、地面を飛び跳ねながら後ずさった。
「く! お姉さん、小鉄さんの護符、予備はありませんか!」
「警官隊の諸君に、あらかた回しちまったからな……5枚だけだ!」
「一枚下さい! 斬って見せます!」
「分かった、援護する!」
すれ違いざま、霧子は護符を一枚、霞に渡す。
霞はそれを口に咥え、自らの霊力をそこに乗せる。
やがて、霞の周囲に雷の球が発生し、弾ける様に、御前の腹部に突進した。
「お姉さん、準備を!」
「ああ、スピードスター……五行周天! 魔銃咆哮!」
霧子が叫ぶと、両手の小機関銃に脈が走り、まるで生物のような、異形の銃へと変化していく。
霧子はマガジンを捨てると、特殊弾頭が装填された魔銃専用の特殊弾倉に換装した。
「頼むぜ……霊銃弾」
霧子が祈るように呟く。
霞は、御前の脚部に、文字通り死に物狂いでしがみ付きながら、刃を立て続けた。
「これで、どぉぉぉぉだぁぁぁぁぁ!」
「フン、下らん……」
御前が、鼻で笑う。
短刀は、御前の脚の付け根の装甲、数ミリを穿った所で、ぴたりと止まった。
おそらくは装甲の10分の1も削れてはいまい。
本来なら、絶望的な状況……御前が鼻で笑うのも頷ける。
だがしかし、霞は不敵に笑った。
「……通りましたね? 一ミリ!」
霞が、短刀の柄に力を籠める。
「おおおおおおおお!」
叫び声とともに、超高速振動を始める霞の短刀は、御前の装甲を、徐々に侵食して行く。
「な、こやつ……」
御前に、焦りの表情が浮かんだ。
御前の脚部を捉えたまま、振動を続ける、霞の刀。
やがてそれは、装甲に微かな亀裂を生んだ。
「お姉さん、今!」
霞が叫ぶ。
「おおよ!」
霧子がトリガーを絞る。
弾丸は超高速の螺旋を描き、霞が作った亀裂に吸い込まれて行く。
一発ではない、二挺合わせての、フルオートによる全力掃射だ。
「アァァァァァァメリカァァァァァ!!!!」
霧子の怒号が闇を劈く。
そして銃弾は……御前の装甲を、辛うじて打ち砕いた。
しかし、それは装甲を砕いたのみ。
縦横無尽に動き回る御前の動きを、止めるには至らない。
「ぐ、やりよる……」
御前は、10本の脚を巧みに操り、二人を攻撃範囲から除去していく。
少しでも気を抜けば、脚爪と毒針が待っている。
それをかいくぐり、霧子と霞は、一度開けた突破口を広げることに集中していた。
「きついな……K!」
「きついですね……お姉さん!」
『でも、ここでやらなくては!』
二人は、眼光を鋭くする。
そして、動いた。
霞が脚爪を掻い潜り、御前の背後に回る。
そして、亀裂の入った装甲に、再び刃を立てた。
「お姉さん……!」
霞が叫ぶ。
「ああ、やってやる!」
霧子は、魔銃と化した銃口を、御前の脚部、その付け根に据え、トリガーを絞った。
「ぐあ!」
御前の脚、その1本が破砕され、地面に落ちる。
「崩れたな?」
「崩れましたね!」
二人は、瞳を交わし合う。
「あとは……」
霧子が呟いた。
「叩くのみ!」
霞が言葉を継いで、気合を込める。
そして……二人は聞いた。
大妖の悲鳴を。
霧子と霞は、そこに一縷の望みを見出した。
反撃の狼煙が、今、上がる。
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