第19話:混乱④

 御前たちが闇の饗宴を始めた頃、霧子たち三人は、王子警察署からの帰路にあった。

 計画実行は、明後日に決まった。

 それまでに、準備を整えなければならない。

 相手は大病院、その収容人数は一千を超える。

 おそらくは、その大半が、敵となっているであろう。


 いくら菊が見抜き、警官隊が味方に付くといっても、彼らでは対処できない敵も、数多い。

 今のままでは、明らかに戦力不足だ。

 だが、それを埋めて尚、覆す勝算が、霧子にはあった。


「そう言えば、妖檄舎で戦う人は、お姉さんだけなんですよね?」


 帰り道、少女がふと、霧子に問いかける。


「ああ、吹絵と知り合った頃は、二人でやってたんだがな……妖檄舎が今の形になってから、あいつ、現役引退しちまいやがって……寂しいながら、今は一人アタッカーだ」


 霧子が答える。

 少女は、少し不安気な表情になった。


「今回の相手、敵はおそらく一千を超えますよ? 私とお姉さんだけでは、完璧な対処は難しいんじゃないですか?」

「そうでもないさ、ウチには二郎と小鉄がいる」


 霧子は、驚くほど楽観的に、言い切った。


「殿方お二人ですか? でも、お二人とも戦闘には参加しないんですよね?」


 少女がキョトンとして、問い直す。


「まあな、小鉄はともかく、二郎が聖魔相手に戦うところなんか、想像できるか?」


 霧子はそう言って、ケラケラと笑った。


「失礼ながら、全くできません」


 素直に頷く、少女。


「だよな……でもな? あいつら二人は、戦闘参加以上の戦果を、この霧子姉さんに、齎してくれるんだ」


 霧子は、含みのある笑顔を、少女に向けた。


「と、申しますと?」


 あくまでピンと来ない様子の、少女。

 霧子は、言葉を続けた。


「あいつらの専門は、霊具の製造と改良だ。お前、一昨日、二郎に霊鋼を、小鉄に螺旋刻印を渡しただろう? その瞬間から、あいつらの仕事は始まってるのさ」


「はあ……」

「妖檄舎に帰ろう、そろそろ答えが、出ている頃だ」


 霧子が、一際明るい笑顔を見せる。

 その笑顔は、幾度とない危機を乗り越えた者だけが持つことが出来る、自信に満ち溢れていた。


「でも霧ちゃん、お家まで結構あるよ? タクシー拾おうよー」


 菊が、間抜けな声を上げる。


「却下、金は大事だ、節約一番、体力二番、三時のおやつはプロテイン! 黙って歩け!」


 霧子が謎の呪文を唱和し、菊の意見を却下する。


「菊さん、おんぶしましょうか?」


 少女が、心配げに問いかける。


「……ありがと、でもいい……足、着いちゃうから」


 菊は、笑ってそう言うと、少女の頭を撫でた。


「よお、霧子、Kちゃん……」


 妖檄舎に帰った霧子たちを出迎えたのは、海堂二郎と小鉄六郎の二人だ。

 普段のメタボ体型が嘘のように、げっそりとやせ細った二郎。


「じ、ジローちゃん! どうしたんですか、そんなにやつれて!」


 少女が慌てて、二郎にすがりつく。


「全く……日頃の鍛錬を怠るから、毎度有事に瀕死となるのだ、少しは精進せんか」


 小鉄が、冷たく言い放った。


「精進はしてるよ……でも、どんなに鍛えたって、全身全霊を使うんだ。結局はこうなんるんだから、どうしようとも同じだよ……もう何度も、経験済み……」


 二郎は、弱々しい声で、反論した。


「まあいい、今回も、何とか結果は出せたな」


 小鉄が、独りごちして、頷く。


「結論は、まだ早いんじゃない? 肝心の霧子とのマッチングが、まだなんだから……」


 二郎は、細々とした声で、言った。


「できたか!」


 霧子の表情に、興奮が宿る。


「霧子、見てくれ……急造で申し訳ないけど、これが頂いた素材と期間、それに状況から導き出した、最良の答えだよ……」


 二郎は、そう言って、二挺のマシンピストルを、霧子に差し出した。


「ほう、MAC10か、しかも二挺!」

「MAC11だよ。貰った霊鋼の量からして、最初はアサルトライフルをと思ったんだけど、狭所空間での制圧力と使い勝手を最優先させて、これになった……図面の入手先は聞かないでくれ」


 二郎に、アンダーグラウンドな笑みが浮かぶ。


「螺旋12条刻印を彫るにはバレルが短いのでな、サイレンサーで延長した。これは外すんじゃないぞ」


 二郎の言葉不足を補うように、小鉄が言う。


「信じられない……アタシが持ってきたのって、無垢の霊鋼ですよ? それをたった2日で、ここまで成型するなんて……」


 少女が、心底驚いた口調で言いながら、新造された二挺の小機関銃を、まじまじと見つめる。


「ジロー君特製の、霊感3Dプリンターがあるからね、素材さえ溶かせれば、部品成型は思うが侭さ。ま、焼き入れは必要だけど……そこはそれ、ね?」


 二郎が、悪戯な笑みを浮かべ、言った。


「二郎が鍛造したバレルに呪刻印を彫るのは、まさに我が筆の成すところ、造作もない」


 小鉄が、冷静に言う。


「僕ら二人が手を組めば、刀剣から銃火器まで、作れない霊具はないよ」


 二郎が、細々ながらも、胸を張って答えた。


「さすがだな、ちょっと撃っていいか?」


 霧子が、誘惑にかられ、うずうずとした様子で銃に手を伸ばす。


「ああ、試してくれ。そのために作ったんだから」


 二郎は、さも当然、という口調で、言った。

 両手に、二挺の小機関銃を持つ霧子。

 その出来を、品定めする様に、細部まで眺め尽くす。


「へえ、左用はちゃんとレフティになってるのか、芸が細かいな」


 霧子の表情がほころぶ。


「K、ちょっと来い」


 ふいに、霧子が少女を呼んだ。


「あ、はい」


 慌てて答える、少女。


「この缶持って、そこに立て」


 霧子が、帰り道に買った缶ジュースの空き缶を、少女に投げて寄こす。


「まさか! アタシを的にするんですか?」


 少女は、顔面蒼白になって問いかける。


「お前じゃない、的はその缶だ」


 霧子は、少し笑って、言った。


「それなら、その辺に置けばいいじゃないですか……」


 少女がブーブーと抗議する。


「高さが合わないんだよ。頭の上に乗っけとけ」

「そんな、ウィリアムテルじゃあるまいし……」

「知ってるじゃないか、遊び心は大切だろ?」

「遊びでやらないで下さいよー!」


 少女の抗議を無視して、霧子は、二挺の銃を構えた。


「……行くぞ!」

「ひう!」


 思わず、ビクンと震える少女。

 霧子がトリガーを絞る。

 銃弾は少女の微かな震えまでも計算したかのように、缶のど真ん中を貫いた。


「うん、軽い……良い使い勝手だ」


 霧子が、にまっと笑う。


「次、フルオート!」


 レバーをチェンジして、宙に舞う空き缶を狙う。

 その弾は、面白いように、小さな標的に集まっていく。


「これのどこがMACなんだよ……右用は左螺旋、左用は右螺旋になってやがる。照準の中心に向けて、弾が集まっていく感じだな……」


 地面に落ちかけた、穴だらけの空き缶を弾いて、もう一度宙を飛ばす。

 そこに向けて、二挺合わせて、フルオートで弾丸を撃ち込むと、標的は粉々に砕け散った。


「……どうだ、霧子?」


 二郎と小鉄、二人が真剣な眼差しで霧子を見つめる。

 霧子は、言った。


「最高だ、使わせてもらう!」

「フルオートは魂の消耗が激しいからな、使い所は間違わんように頼む」


 小鉄が、心配そうに言う。


「誰に言ってるんだ? 大丈夫だよ、小鉄」


 霧子は、釈迦に説法というように、笑って答えた。

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