第20話:混乱⑤

「いーなー、お姉さん、新しい霊具……」


 霧子が新兵器を受領する一部始終を体験した少女が、羨ましそうに指を咥えて、呟く。


「何を言っている、お前こそ、浄山謹製の極上の霊具を持っているんだろうが」


 霧子がたしなめる様に言うと、少女は上目遣いに彼女を見つめ、言い訳を始めた。


「そりゃま、そうですけど……何というか、使い慣れてるが故に長所も短所も知り尽くしているものですから、自然と戦いのスタイルも出来上がっちゃってまして……お姉さんみたいな新しいスタイルというか、遊び心がないのがつまらないんです」


 それを聞いた霧子は、やれやれとため息を吐いた。


「お前……この戦いをなんだと思ってる?」


 改めて、少女に問いかける。

 少女は、緊張した面持ちで答えた。


「それは、人類の存亡を懸けた、正義の戦いですよ! 崇高な任務です!」


 そこまで言って、少女は言葉を濁しながら、本音を吐いた。


「でも、戦うのはアタシ達ばかりで、人間が特に何かしてくれる訳ではありません。むしろ、恨まれる事さえある位で……せめて何か楽しみがないと、なかなかやってられないんですよ……」


 そんな少女の姿を見かねて、霧子は言った。


「そうか、いろいろと勘違いしているんだな、お前は」

「え?」


 キョトンとする少女を尻目に、霧子は言葉を繋ぐ。


「まず大前提が違う。人類滅亡の為に、神が遣わせた聖なる魔物、それが奴等だ。それに抗う人間は、決して正義なんかじゃない」

「神に逆らう人間は、悪だって言うんですか?」


 少女の問いかけに、霧子は首を振った。


「それも違う……これは、単純な生存競争なんだよ。勝てば栄える、負ければ滅ぶ。ただそれだけの、力と力のぶつかり合いなんだ」

「だからアタシ達は、聖魔を凌駕する力を得るため、まつろわぬ神々を従えた……」


 少女が、独り言のように呟く。

 霧子は、言葉を続けた。


「信仰を失った神は、人知れず滅ぶだけだ。今のこの世の中に、聖魔を放った神の正体が、何なのかは知らないが、それを面白くなく思う太古の神もまた、この世に存在したという事だな。私達は、そういう神々と契約を結び、それが望むあらゆる対価を支払う事で、超常的な破壊の力を得た、という訳だ」

「それが修錬丹師だってことくらいは、知ってますよ」


 少女が、不満げな声を漏らす。


「知っているという事と、分かっているという事は、違うものだ」


 霧子は、少女の目を見て、はっきりと言った。


「私が分かってないって言うんですか?」


 反論する少女。


「ああ、戦いに遣り甲斐なんてモノを求めている時点で、大分な」


 霧子は、少女の言葉を一蹴して、言った。


「じゃあ、修錬丹師って、修錬丹師が、修錬丹師でいる事の歓びって、何なのでしょうか!」


 少女が食い下がる。


 霧子は、やれやれ、と言うと、少女に言い聞かせ始める。


「歓び……か。私達、修錬丹師は、聖魔と互角以上に戦うことが出来る、そうだな?」

「はい」

「それは特技であり、そう成ったのは覚悟の賜物だ。それは決して、見返りを求めて行った結果ではない……違うか?」

「違いません……」

「私達は、出来るか? と訊かれ、出来る! と言って手を挙げ、戦いの舞台に上がった人間なんだ……だからこそ、それは何があってもやり通さなければならない。遣り甲斐や、見返りなんかは関係ない、ただひたすら、自らが自らの意志で背負った責務を果たすこと……それが行動原理であり、全てなんだ。私達の真の歓びは、その中にこそ在る」


 霧子の言葉に、強い意志の力がこもる。

 それは、少女の心に、一筋の矢となって、深く突き刺さった。


「お姉さん……お姉さんは、やっぱり強いです……でも、アタシは、その、何というか……違うんですよ」


 少女が、揺らぐ心の助けを求める様に、その身の上を語り始める。


「お前は、望んで修錬丹師になったんじゃないって事か?」


 霧子が訊くと、少女は無言で頷いた。

 そして少女は、言葉を続ける。


「アタシは、ある事件がきっかけで、浄山に身柄を保護されました。アタシが生きていくには、修錬丹師になるしか道がなかったので、自分の意志とは関係なく修業を積み、聖魔と戦う事になったんです……」


 そう言って目を伏せ、霧子の言葉を待つ少女。

 しかし、霧子が掛けたのは、少女が思いもしなかった一言だった。


「そうだったか……ま、深くは聞くまい?」

「え! 聞いてくれないんですか!?」


 狼狽する少女に、霧子は真剣な眼差しで、問いかける。


「ああ、それは今、必要な事じゃないからな。私が聞きたいのは、別の一言だ……お前はこの戦い、勝つ気はあるか? 客観的な勝算じゃない、主観的な意志の問題として、だ」


 少女の瞳を真直ぐに捉え、問いかける霧子。

 少女は、答えた。


「それはもう、絶対に負けたくはありません!」


 霧子は、首を振って、改めて少女に問い直す。


「足らないな……負けるなんて言葉は使うな……もう一度だ」


 少女の瞳をとらえた、霧子の眼光が、一際輝く。

 その輝きに、少女は心を奪われた。

 そして知った、自分が今、やるべき事、その意味を。


「勝ちます……絶対に、勝って見せますよ!」


 少女が、声を枯らして言い放つ。


「ん、合格だ」


 それを聞いて、霧子は、にんまりと笑った。

「お前、本当は、聖魔……それも大妖と戦った事、ないだろう?」


 霧子は、少女の精神の動揺を見透かして、問いかける。


「はい、実は、これがアタシの大妖退治、その単独での初陣でして……」


 口籠る少女。それでも、自分が背負った使命と、それを果たすべき責任は、誰にも譲ることは出来ない。そんな意志が、少女を突き動かし、言葉を発せさせる。


「でも! チカラは認められたんですよ? お前ならやれるって! 伊達に派遣されて来た訳ではないんです! 本当です、信じて下さい!」


 霧子は、憤って泣きそうになっている少女の額に手を当て、言った。


「今までのお前の態度、その全てが、強がりと、それを隠そうとしてやっていた事だってのは、感じていたよ。すまん、私も覚悟が足らなかった……気を遣わせて、悪かったな」


 霧子が、優しく笑う。


「え……?」


 少女は、霧子の優しい一言に、言葉を失う。

 そして、霧子は、言った。


「大妖を倒し、北東区を開放する。それがお前にとっての、初めての素晴らしい景色……遣り甲斐になるんじゃないかと、私は思う。その景色を、私と一緒に見るんだ……やれるか?」

「はい……はい! 絶対に、絶対にやって見せます!」


 少女は、歓喜して、泣きながらそれに答えた。 

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