第12話:修錬丹師②

 警察署を後にした霧子は、不機嫌だった。

 少女を後にして、ズンズン歩いていく。


「お姉さん、ねえ、お姉さんって!」


 少女が、霧子の背後から彼女を呼ぶ。

 霧子は答えず、歩みも緩めない。


「何でそんなに不機嫌なんですか? お姉さん!」


 少女が、霧子の背中に問いを投げかける。


「……うるさい」


 霧子は、それを振り払った。


「何で怒ってるのか、言ってくれないと分かりませんよ!」


 少女が、霧子の背中に、更に言葉を投げかける。


「うるさい! 黙れ!」


 霧子は、少女の言葉を遮った。


「お姉さん……」


 少女がつぶやく。

 そんな少女を振り返り、霧子は言う。


「いいか? K、私はお前が匿名希望でも、そもそも人でなかったとしても、まったく気にするつもりはない。だが、お前は現実ってものがまるで分かっていない、そこに怒っているんだ。人を喰うシステムだと? それが今も動いてるだと? 良く平然と、上から目線で、他人事のように講釈できるな? 私には理解できない……すぎるんだよ、お前は!」


 情け容赦ない言葉を浴びせる、霧子。

 少女は、一瞬、言葉を飲み込む。

 そして、言った。


「私が、人の命を軽んじているって言うんですね?」

「そうだ」


 霧子が答える。


「確かに、私は浄山の導士です。でも、人の命を軽んじた事は、一度もないですよ? 私は人間……人間だったんですから……」


 そこまで言って、少女は胸の痞えを覚えたように、沈黙する。

 少女の瞳をまっすぐに見つめたまま、霧子はその静寂を訊く。

 少女は呼吸を整えなおし、話し始めた。


「お姉さん、私はですね、命には助けられるものと、助けられないものとがあると思うんです」


 少女は、更に言葉を継ぐ。


「例えば、天から降る雨粒を桶では全部掬いきれないように、個人の足掻きでは助けられる命の数はたかが知れています。だからこそ、桶に受ける雨粒は、より良いもの、助ける価値の大きいものを選ぶべきだと、そう思うんです」

「その価値は、どうやって決める? お前の独断で優劣をつけるのか? それがどれだけ傲慢なことか、考えたことはあるのか?」


 霧子が、厳とした口調で問いかける。


「選ばなければ、全滅する事だってあります。お姉さんこそ、今までの闘いで、すべての人を救ってこれたんですか?」


 少女の答えと、そこに被せて来た新たな問いに、霧子は一瞬、口ごもる。


「それは……だが私は、最初から命を選ぶような事はしない! 救える限りの人間をすべて救ってきたという自負がある! 例えその場で救えない命があったとしても、私が聖魔を倒せば、それ以上被害は拡がらないはずだ!」

「強いんですね、お姉さんは。でも、今回ばかりはそうは行きませんよ? 今度の相手は大妖なんですから」

「まただ……鷲尾と言いお前と言い、なんでそう、大妖に怯える?」 

「そう言えるのは、お姉さんが大妖を知らないからです。お姉さんは大妖を知らない上、自分の強さに自信を持っている、だから危ないんです」

「私が、大妖に負ける、殺られるっていうのか?」

「はい、今の状態だと、お姉さん、貴方は100%殺されます」

「100%……か」

 

  少女の真剣な表情に、霧子の表情がこわばる。

 そんな霧子に、少女はまっすぐな眼差しを送り、言った。


「お姉さん、アタシがこの街に来た理由、それは、大妖を倒す事ではありません。アタシが救える命、そのただ一粒を、救うためなんですよ?」

「……その一粒ってのは、私なんだろうな、やっぱり」


 そう言って、霧子はため息をつく。


「はい」


 少女が、神妙な面持ちで答える。

 霧子は額に手を当て、天を仰いで苦笑した。


「まったく、鬼より怖い霧子姉さんも、焼きが回ったな。こんな子供に守られようってんだから」

「子供でも、修錬丹師ですよ」


 少女が胸を張る。


 再び打ち解けあいそうになった二人。

 だがしかし、そこに、ある気配を感じ取り、二人は笑顔を心の中にしまいこんだ。

 周囲を見渡すと、そこには買い物帰りであろうかという親子連れ、下校中の中高生、サラリーマンと思しき男女、子供から大人まで、あらゆる年代の人々が、佇んでいる。


 今まで路上で口論していた二人だが、野次馬という感じではない。

 二人を取り囲む人々すべてが、異様な眼光を放ち、二人との間合いをじりじりと詰めて行く。


 そこにあるのは、殺気。


 しかしそれは、普通の生き物が敵に向ける殺意ではない。

 なんというか、漠然とした、意思を持たない殺意。

 自らの触れる範囲にある者を、ただ自動的に排除するという、本能的な殺意を持っている。

 間合いを詰められるにつれ、霧子と少女は、その不気味な殺気を、鋭敏に察知していた。


「おいK、なんだ? こいつらは」

「屍……大妖の尖兵みたいなモノです」


 少女が答える。


「聖魔か?」

「いえ、何と言うか、大妖が縄張りに放った、番犬みたいな存在で。敵対勢力が何処に、どれくらいの規模で来ているか、探知するための、死人を使ったセンサーですよ」

「じゃあ、こいつら全員……」


 霧子の表情がこわばる。


「はい、この地区に潜む、大妖によって殺された人間です」


 少女は、言った。


「こいつら、やはり人間だったのか・・・・・・」


 霧子が、胸糞の悪さを覚え、呟いた。


「大妖は狡猾にして老獪です。使える者は何でも使って、己の牙城を築こうとします」

 淡々と、言葉を続ける、少女。

「こいつらへの対処法は?」


 霧子が、訊く。


「普通に戦ってはだめです。こいつらはセンサーですから、戦えば、私達の存在が、大妖に知られてしまいます」


 少女が、答える。


「じゃあ、このままやり過ごすってのか? 見るからに物騒な奴等だぞ!」


 霧子は、事態の重篤さを慮って、戦闘体制に移ろうとする。


「はい、それも駄目です、こいつらは生きている人も襲います。だから、ここでやっつけないと」

「じゃあ、どうする!」


 霧子が、叫んだ。


「一撃で、ここにいる屍、すべてを倒します。あ、お姉さんの存在は、聖魔の幼体を倒した時点で、すでに大妖に知られていますから、気にしないで大丈夫ですよ」


 少女が、笑って、言った。


「じゃあ、ここは私がやるか。お前の存在は、秘匿したほうがいいんだろう?」

 霧子が左脇の銃帯に手をかける。

 少女は、それを制止した。


「いえ、大丈夫ですよ? アタシ、こういうの得意ですから、アタシがやっちゃいます!」


 鼻息を荒くして、少女が答える。


「おいおいおい……」

「お姉さんも見たいでしょ? アタシがどれだけやるか。そうじゃないと、守らせてもらえないような気もしますし、違いますか?」

「違わん」


 霧子の答えに、少女は心の底から、ニコーッと笑った。

「じゃあ、行きますよー……は!」


 掛け声と共に、少女の身体は、天高く舞った。

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