第11話:修錬丹師①
数刻後、霧子とKは、北東区王子警察署の一室にいた。
「信じられないな、こんな子供が……」
小柄な少女を見て、鷲尾は怪訝な視線を向ける。
「子供でも、結構やるよ、コイツ。私が保証する」
霧子が、言う。
「まあ、浄山の決定に異を唱える権限は、ウチにはないんだがね……お嬢ちゃん、名前は?」
「Kです!」
少女が答える。
「ケイちゃん、か。その、何だ、修錬丹師って事は……君も吸うのか?」
鷲尾は、聞きにくい事に触れ、語尾を濁らす。
「魂の充填剤のことですか? ご安心ください、アタシのはコレです!」
少女は笑って答えた。
「飴玉?」
「成分さえ摂取できれば、触媒は何でも良いんです。ちなみに、これはハッカ味ですが、憧れのフレーバーもあるんですよ? それはソーダ味!」
少女がニコニコした笑顔を鷲尾に向けて答える。
「仙道……お前、確か、薬草は煙草しかないって、言わなかったか?」
鷲尾が、怪訝な視線を霧子に向ける。
「良いじゃないか、別に。私は二十歳過ぎてるんだし、そういう意味では本物の煙草はやらんのだから」
霧子の眼が泳ぐ。
「こいつ・・・・・・」
「あ、でも、瞬時に大量の魂を燃焼させた時には、やっぱり煙草形式が、即効性があって一番良いんですよ? アタシは、魂を損耗する戦い方は、あまりしないので、飴玉で十分なだけで・・・・・・」
すかさず、少女がフォローの手を差し伸べた。
「要するに、戦い方さえ選べば、飴玉で十分なんだね?」
鷲尾が問い返す。
「はい」
少女は答えた。
「仙道、お前、少し自重しろよ」
霧子をにらむ、鷲尾。
「私が手を抜いたら、人類が滅びるぞ?」
霧子が、うそぶく。
「ち、抜かせ」
鷲尾は、ため息をついた。
「そんな事よりさ、鷲尾ちゃん、私たちは、別に煙草談義に花を咲かせるために来たんじゃあ、ないんだけど?」
改めて真面目な表情で、霧子が言う。
「ああ、そうだった、すまん・・・・・・現状打破だな」
鷲尾も、真面目な顔に戻った。
『じゃあ、K、話を聞こうか』
霧子と鷲尾の視線が、少女に向けられる。
少女は、あっけらかんと笑って、答えた。
「はい。結論から言わせて頂きますと、いますよ? 大妖、この街に」
「えらくあっさり言うな」
「当然です、私は、その為にここに来たんですから」
少女が、ふん! と胸を張る。
「じゃあ、どこにいるかも分かるのか?」
霧子が訊く。
「いえ、この街に来たばかりで、まだそこまでは・・・・・・でも、見当はついています」
「頼りになるような、ならないような・・・・・・」
霧子が困惑した表情になる。
そんな霧子の表情を横目に、少女は話し出す。
「で、提案なんですが……今回の封印都市政令、今すぐ解除しません?」
少女は、言葉を継いで行く。
「そもそも、何でこのタイミングで都市の封印が発令されたのか、理解に苦しみます。対象が不確定な現状で囲い込みを行っても、分母が大きすぎて的を絞ることが出来ません。このまま長期的な封印政策が続けば、食糧難や行動制限なんかのストレスで都市が機能しなくなって、区民が暴徒化すると思うんですよ。そうなれば、それこそ聖魔の思う壺ですよ?」
「しかし、封印都市政令は、すでに施行されちまっている。聖魔を完全に滅ぼすまで、解除コードは受け付けない」
霧子が、言う。
「そのジャッジは、お姉さんたちがするんですよね? だったら、良いじゃないですか、もう5体も倒しているんだし、全滅ってことで」
少女は、さも当然のように提案する。
「そんな、いい加減な事はできんよ」
鷲尾が答えた。
「だめですかー。今回のこの状況自体に、大きな悪意を感じるんですけどねー」
腕組みして、首をひねる少女。
「まあ、上がチキンだってのは認める。政令だけ出して、自分らは区外に逃げちまったからな。お前の言う通り、もう少し区民を避難させたかったとは、思うよ」
霧子が答える。
すると少女は、すぐに、あっと閃いて、話を続けた。
「それでは、アタシが持ってる、浄山の特権を使う、と言うのはどうでしょう? 街道に数箇所穴を開けて、そこから区民を避難させるんです。最終的には、逃げる人を全部逃がして、この区内の人口を限りなくゼロに近づけるんですよ。聖魔が逃げる可能性もありますが、それよりも助けられる人間の数の方が圧倒的に多くなります。完璧ではありませんが、現状で最も良い選択肢ではないでしょうか?」
「区民を逃がすことに反対はしない、だが今のタイミングでそれをすれば、肝心の聖魔、それも大妖を逃がすことにはならないか?」
霧子が、冷めた口調で、言った。
「いえいえ、そうはなりませんよ。相手は大妖です、修錬丹師の5人や10人乗り込んできた所で、何ら動じるものではありません。むしろ閉鎖空間を良い事に、アタシ達を返り討ちにして、魔窟を築こうとしますって」
「それは、私じゃ歯が立たないってことか?」
霧子の口調が不機嫌になる。
「はい、アタシを含めても、怪しいと思います。ただし普通のやり方では、ですが」
「普通ではないやり方とは、どうすれば良い?」
霧子が訊く。
「それは、まだ言えません♪」
少女は何ら悪びれる風もなく、言葉を継ぐ。
「アタシはですね、この区画にいる大妖は、労せずして、人間を捕食するシステムを、既に作っている、と言いたいんです。変妖せずとも、人に何の疑問も抱かせずに、確実に人を喰って行くシステムが既にあって、それが今もなお、平常運転で機能し続けている、と」
そこまで言って、Kが悪戯気な表情になった。
「ここで問題です。人が生きて入って来て、死んで出て行っても不思議でない施設……そこはどこでしょう?」
霧子と鷲尾、二人に問いかける。
「病院……か」
霧子が、苦々しい表情で、呟いた。
「ピンポーン、正解! それも大病院ですね。おそらくはそこのスタッフ全員、何らかの形で聖魔と関わってますよ?」
少女が、答える。
「病院のスタッフ全員が、聖魔だというのか?」
疑問を呈する、鷲尾。
少女は答えた。
「いえ、そうではありません。例えば、聖魔に家族の命を握られている者、聖魔に加担することで何らかの利益を得ている者、お姉さんが倒してきたような未発達の聖魔と、それを育てて研究しようとする者、ありとあらゆる形で聖魔と関わっている人間が、相互利益のために、組織的に動いて、人間に犠牲を強いている・・・・・・そういう事です」
「聖魔と人間の共謀、か」
霧子の口調に、怒りがこもる。
「残念な事に、聖魔……それも大妖は、高度な知的生命体ですからね。そういうケースは、むしろ多いとさえ言えます」
少女は、答えた。
「人間が聖魔の手先になるとはな……」
鷲尾が、絶望のため息を漏らす。
少女は、その絶望をかき消すほど、明るい口調で、言う。
「人間なんて所詮、利己的な生き物ですからね。過度な期待は禁物ですよ。それでも許せないなら、人間の手で壊すしかないです。その為に、まずは揺さぶりをかける、どうですか?」
「異論は、ない」
鷲尾が、答える。
「で、どうする?」
霧子が、訊いた。
「何と言っても、まずは、敵が巣食っている病院の特定ですね。ベッド数100を越える、カリスマ院長がいる病院、救急設備や従業員の福祉も充実していて、寮や保育施設も整っている所……
なんてどうでしょう? あるいは終末医療のモラトリアムとか……」
少女が、行楽の行き先を決めるかのような調子で、例を挙げていく。
「とにかく、多くの人が死んでもおかしくなく、かつそれ程人が死んでいない施設です、そこが正解でしょう」
「お前、良く平然と」
霧子が、少女に怪訝な視線を送る。
「?」
少女は、それを不思議そうに見つめていた。
「とにかく、分かった。まずは区民の避難を最優先させよう。一応、当局でも逃げる市民の身体検査を行って、聖魔が区外に漏れないようにする。検問の設置箇所は、当局に任せてもらおう。妖檄舎、特に正宗先生にも協力してもらう、いいな? 仙道」
二人の間に張り詰める不穏な空気をかき乱すように、鷲尾が発言する。
「ああ、OKだ」
霧子は、素直に了承した。
「お嬢ちゃんも、いいかな?」
「ハイ! 問題ありません、よろしくおねがいします!」
問いかけると、少女も屈託のない笑顔で、答えた。
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