第10話:妖檄舎の人々⑥

「それでは、改めて残留が決定いたしました、皆様と共に戦う修錬丹師、Kです、よろしくお願いします」


 ころころと、良く表情の変わる少女だ。

 妖檄舎の誰もが、そう思った。

 そんな大人たちの感想もどこ吹く風、Kは牛車の扉の鍵を開ける。


「それでは、お土産ターイム! 仙境からのご進物を、どうぞお受け取りください!」

「ご開帳ー♪」


 少女が開けた扉の中を、覗き込む一同。

 そこには、溢れんばかりの物資が詰まっていた。


「どれどれ、うわ、山盛りだな……」

「山の畑と田んぼで取れた、野菜とお米、そして魂の充填剤:薬草の苗です!」

「新しい煙草か!」


 霧子の顔が期待にほころぶ。


「この巻物は?」


 小鉄が、傍らの巻物の束に手を伸ばした。


「それはですねぇ、新式の呪刻印の原図です!」


「これは、螺旋12条?」

 巻物を開き、感嘆する。

「はい、お姉さんが拳銃使いと言うことでしたので、厳選した螺旋刻印をお持ちしました」

「呪刻印があるってことは?」

 二郎の食指が動いた。

「はい! もちろん霊鋼もお持ちしました! 正真正銘、鬼の鍛治師が鍛造した、純度99.99%の極上品ですよ?」

「すげえ……鼻血でそうだ……」


 紅潮して、両手で鼻を覆う二郎。


「そして今回のご進物の主役が……牛の花子です!」


 Kが一際荒い鼻息と共にそう言い放つと、妖檄舎一同が硬直する。


『は?』


 牛と少女を、交互に見詰める一同。

 吹絵が問いかける。


「いや、牛がメインって、何故?」

「何故って、当たり前じゃないですか、最高級黒毛和牛のA5ランク、しかも処女牛!」


 少女が得意満面に言った。


「わー、やっぱり黒毛和牛だー♪」


 菊が、呑気に喜ぶ。


「言ってる意味が分からんのだが……」


 霧子が訝しげに問いかけた。


 何でこの素晴らしさが分からないのかな? とでも言いた気に、少女が言葉を継ぐ。


「だから、煮てよし、焼いてよし、刺身でもいただける、仙境でもめったに食べられない、最高のご馳走です!」

「だってさ、この牛……生きてる、じゃん?」


 ジローが、恐る恐る、聞いた。


「ああ、そのことですか、ご安心ください、アタシが潰しますから!」

「潰すって、殺すって事?」

 吹絵が改めて問いかける。

「はい、だって、殺さなきゃ食べられませんでしょ? それとも都会では、牛の踊り食いがあるんですか?」

「いや、ないけどさ……」


 ジローの顔から、血の気が引いた。


「じゃあ、潰しますね? 大丈夫、アタシ、上手ですから、痛みなんか感じさせず、一瞬でスパッと落としますよ!」


 少女は、あっけらかんと笑うと、牛車から刃渡り1メートルはあろうかと言う巨大な包丁を取り出した。


『やめろ!』


 妖檄舎一同の叫び声があがる。


「え? なんでです?」


 キョトンとする、少女。


「なんというか、それは何も、今ここでする必要はないだろう!」


 霧子が、少女を制止した。


「じゃあ、どこでやるんですか? 台所ですか?」

「どこでもやるな、やっちゃいかん!」


 小鉄が珍しく、声を荒げる。


「ええー……じゃあ、皆さんは、普段のお肉とか、どうされているんですか?」


 少女は不思議な人にでもあったかのように、小鉄に問い返した。


「それは、殺さなくても、金を払えば手に入るようになっているんだよ?」


 二郎が優しく言い含める。


「じゃあ、花子はどうします? どうしたら良いんでしょう?」


 少女は困惑して、妖檄舎の一同の顔を見渡す。


「うーん、黒毛和牛は食べたいけど、殺すのは可哀想かなー……あ、じゃあ、こうしよう、この子をお肉屋さんに売るの! そのお金で、黒毛和牛のサーロインを買う! 菊ちゃん、天才♪」


 菊が、独特のおっとりとした口調で提案する。


「それはだめよ、畜産牛って衛生管理がものすごく厳しいのよ? この子、登録番号持ってなさそうだし」


 吹絵が妙に生臭い話をし始める。


「番号、あるのか?」


 霧子が問いかける。


「ありませんよ、そんなもん」


 Kは、きっぱりと即答した。


「決まりだな」

「潰しますか!」


『違う!』


 少女の勢いを殺ぐように、またしても妖檄舎一同がハモる。


「帰ってもらえ! 一人で来たんだから、一人で帰れるだろう!」


 霧子が少女を怒鳴りつけた。


「そんな、美味しいのに……」


 牛を横目に、未練たらたらに呟くK。


『残念がるな!』


 妖檄舎全員が、全力で叫んだ。


「ちー、分かりましたよー……花子、帰れるか?」

 

 少女が牛に語りかける。

 花子が啼き声で答えた。


「お前の人生が輝く場所は、ここじゃないんだって。里に帰って、子作りに励めよ?」


 頭をなでながら、牛と会話する少女。

 やれやれ、と、ため息をつく。


「それでは皆さん、花子は仙境に帰します。牛車の中身、出すの手伝っていただけます?」


『最初からそうしろよ……』


 一同が、ため息をつく。

 

 妖檄舎設立以来、メンバーの息がこれほど合った事は、なかったかもしれない。

 一同は小一時間かかって、牛車の中身をすべて運び出した。

 Kが花子の尻を叩くと、花子は短く啼いてから、牛車を引いて、ゆっくりと歩き始める。

 その姿は、見る間に半透明になり、玄関の木戸をくぐる頃には、完全に見えなくなった。


「やれやれ、世話の焼ける……」


 少女がため息をつく。


「それは、お前だ」


 霧子が、そんな少女の頭を、ゴツンと殴った。

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