第9話:妖檄舎の人々⑤

「マジか……」


 左手で、両のこめかみを押さえる、霧子。


「あの、お嬢ちゃん、何かの間違いよね?」

 吹絵が、信じられないと言った口調で、問いかける。


「後から、ちゃんとした、大人の人が来るんでしょう~?」


 菊が、心配そうな眼差しを送る。


「僕はこのままでも良いけどな、戦う美少女って、なんか萌えるじゃん♪」


 あくまでお気楽な物言いをする二郎。


「戦う子供がいることは認める、しかし、この場合は冗談であってほしい」


 小鉄が願うように言った。


「間違いでも、冗談でもないですよ? 私が戦うんです!」


 鼻息を荒くする、少女K。

 妖檄舎の一同が、深いため息をつく。


「あれ? なんですか、その意外な反応! 心外です、極めて心外です!」


 どや顔から一転、Kはプンスカと怒り出す。

 霧子が、口を開いた。


「まあいい、分かった、分かったから、牛と一緒に帰れ。そして大人の人を連れて来い」

「何で私を拒絶するんですか! 世の中は実力社会でしょう! 大人より強い子供がいたって、おかしくないとは思いませんかー!」


 必死に食い下がるK。

 霧子は、文字通り子供に言い聞かせるような口調で、言った。


「それは仰る通りだがな、妖撃舎は大人の会社なんだ、子供とは一緒に戦えない。だから帰れ、そして大人の人に替わってもらえ」

「そんな、お勤めを授かって来たのに、勝手に帰れる訳、ないじゃないですか!」


 Kが、泣きそうな声で訴える。

 霧子は、改めてため息をついた。

 感極まって、見る見る泣き顔になっていくK。


「だとよ、どうする? 社長」


 いたたまれなくなった霧子は、問題を吹絵に振った。


「うーん、ウチとしては、結果オーライなら、別に、良いんだけど……」


 考えながら、吹絵がつぶやく。


「そっか、分かった」


 霧子はそう言って、席を立つ。


「逃げるんですか、お姉さん!」


 呼び止めるKを意にも介さず、そのまま玄関まで行くと、靴を履いて出て行った。


「何してるんだ、K! さっさと表に出ろ!」


 玄関を回って、中庭に姿を現した霧子が、居間でべそを掻くKを呼ぶ。


「あい?」


 キョトンとする少女、K。


「この匿名希望のロボット刑事が! そこまで言うなら試してやるよ、私から一本取れたら、妖撃舎に残って良い」


 その一言を聞いて、少女の顔が、ぱっと明るくなった。


「腕試しですか、良いですね! それ、すごく良いですよ!」

「言っとくけど、手を抜くつもりはないからな? 帰りたくなければ、本気でやれ」

「はい! では遠慮なく……は!」


 一瞬で、霧子の視界からKが消える。


「く、こいつ!」


 足元にかすかな気配を感じると、そこには全身を団子のように丸めた、Kの姿があった。

 間合いをおかず、全身をバネのように伸ばすと、霧子の水落に打撃を加えにかかる。

 間一髪、後ろに飛びずさって回避する霧子。


「ふふふ、思ったより疾いでしょう? もっとスピード、上げましょうか?」


 これまでに見たこともない、水を得た魚のような笑みを見せる、K。


「いいね、上げてみな……でないと!」

 

 空振りしたKの胸ぐらを掴み、彼女の勢いを利用して、投げっぱなしの一本背負いに持ち込む霧子。

 受身を取ったKが着地する前に、一気に間合いをつめ、心臓に向けて掌打を繰り出す。

 着地するのをやめ、あえて背中から落ちることで、その一撃をかわすK。

 すぐに飛び跳ね、間合いを作る。

 しかし、それよりも早く、霧子の拳が射程圏に、少女を捕らえた。

 情け容赦のない一撃。

 Kは咄嗟に身を縮め、それを回避する。


「お姉さん、拳銃使いじゃありませんでしたっけ?」


 霧子の速攻に、驚嘆の息を漏らすK。


「ああ、ガン・ファイターだよ。基本はゼロ距離、徒手格闘と変わらないんだよ!」


 さらに二撃、三撃、オーバーブロー気味のパンチを繰り出す霧子。


「おおおー!」

「ほら、間合いを作らないと、どんどん詰めるぞ!」


 かわしきれずに、霧子の一撃を掌で受けると、Kの身体が吹き飛ばされる。


「うわ、うわ、うわわ! ・・・・・・っじゃあ、上!」


 たまらず、Kが上空に飛んだ。

 人間とは思えない跳躍力で、霧子の頭上に舞う。


「これなら!」


 Kが空中で一回転すると、そのまま、落下の勢いで、蹴りを繰り出す。


「馬鹿が、ライダーキックじゃあるまいし、空中じゃ姿勢を変えられないだろう!」


 霧子が、紙一重の間合いで、それをかわそうとする。


「ところがどっこい! 自在なんですよ!」


 そう叫んで、Kが空中で落下軌道を変えた。


「うわあ! な、何だ、お前?」

「だから、仙境から来た、修煉丹師ですって! 取ったー!」


 紙一重、と言う判断が、霧子を窮地に追い込む。

 霧子は咄嗟に、左脇のリボルバーを抜いた。

 立て続けに3発、発砲する。


「うわ! ずるいですよ!」


 空中でさらに軌道を変え、それを回避するK。


「すまん! 条件反射だ!」


 霧子が叫ぶ。


「ちー……じゃあ、次の手を行きますかね!」


 地面に着地すると、全身のバネをためて、霧子の懐に飛び込もうとする。

 霧子は、言った。


「あー、分かった、もう分かったよ、十分だ」


 銃をしまい、戦闘体勢を解く。


「あい?」


 拍子抜けするK。


「分かったって言ったんだ。私に銃を抜かせるとはな……なかなかだよ、お前」


 霧子は、そう言って、所在無気に笑って見せた。


「あー、そうか! 分かってくれたんですね!」


 Kの顔が、見る見るうちに、満面の笑顔に変わっていく。


「吹絵、こいつ、入れてやろう。スポットのサブなら問題ないよ」


 霧子が、吹絵に具申する。


「霧子がそういうんじゃ、異論はないわね」


 吹絵は笑って答えた。

 Kが妖檄舎の面々の顔を、じーっと見る。

 顔を見れば分かる。

 全員が、彼女を歓迎していた。


「いやったー!!!」


 Kは、文字通り跳び上がって喜んだ。

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