第4話:仙道霧子④

 さて、ひょんな事から謎の少女を拾ってしまった霧子だが、歩き始めて5分としないうちに、霧子は早くも後悔し始めていた。


 霧子は身長175cm、対して少女の身長は140cmにも満たない。

 その少女が、はしゃぎながら霧子の肘にぶら下がって歩く。

 傍から見ると、親子にしか見えなかった。


 だがしかし、百歩譲って、それはそれで良い。

 どうせ見ている人間なんて、誰もいないのだから。

 しかし霧子が困惑したのは、少女のテンションだ。


「ねね、お姉さん、ドコ行くんですか? ドコ?」

「ファミレスだよ……こんな時間だからな、あんまし期待するな」


 まるで遊園地に行くかのようにはしゃぐ少女を、霧子がなだめる。


「ねえ、お姉さん、ハンバーグはありますかね? ね?」

「ああ、あるよ……」

「エビフライは、どうですかね?」

「あるよ……」

「チッキンソテーは? チッキンソテーとかも、あるんですかね?」

「あるよ……まとめて皿に乗ってるよ」

「じゃあ、ポテトは? ポテトはついてますか? あと、ニンジン! ニンジンの、甘いの!」


 テンションが上がり続ける少女を見ていると、少し楽しい。

 しかしこのまま騒ぎ続けられると、少々鬱陶しくもある。


「ああー、もううっさいなー。 深夜なんだから大声で喚くな、近所迷惑だろうが」


 肘にぶら下がり続ける少女の腕をばっと払って、霧子が釘を刺した。


「お姉さん……怖いです……」


 しゅんとなる少女に、霧子は何だか罪悪感を覚えてしまう。


「いいから黙れ、着くまで黙ってろ。でないと見捨てるぞ」


 そう言って、霧子は少女の頭をポンと叩き、一人で歩き始めた。


「ふっふっふ、そんなことを言って、お姉さんはアタシを見捨てないはず。だって、見捨てるくらいなら、最初から捕まえませんもんねぇ」


 少女を置いて歩き出す霧子の背中に、見透かしたような声が響く。

 それが何とも、霧子の癇に障った。


「気が変わるってこともあるぞ、今まさにそんな気分だ」


 怒りを押し殺したような声で呟く霧子。

 少女は、あっけらかんと笑って言った。


「いやー見捨てませんよ、お姉さんは! こんな深夜に、子供を一人で放り出せるような人とは思えません。お姉さんは良い人です!」


 そう言って、再び肘にぶら下がる。

 その様は、天真爛漫で無邪気そのものだ。


「もういい、黙って歩け、私も黙るから」


 霧子は素っ気無く言った。


「あい!」


 少女が、笑って応える。

 そうこう言っているうちに、二人はファミリーレストランの入り口をくぐった。


 少女は嫌がったが、喫煙席に通ると、四人がけのテーブルに対面で座る。

 少女は、大はしゃぎでメニューを隅から隅まで眺めると、来る途中で言っていたハンバーグやらエビフライなどを、片っ端から注文し始めた。

 霧子は、その姿を想像していたのか、冷静にそれを見つめ、自分はチョコレートパフェを頼んだ。

 プリンの敵を取りたかったし、頭の痛いこの事態に応じ、脳に糖分を供給したかったからだ。

 少女にドリンクバーは取り放題だと伝えると、彼女はカウンターにぶっ飛んで行き、およそ全種類の甘い飲み物を、お盆に一杯のグラスに乗せて持ってきた。

 やがて食事が運ばれ、少女が食べ始めたのを契機に、霧子は口を開く。

 ここまで来てしまえば、そう簡単には逃げないだろうと言う判断だ。


「でだ、喰いながらでいいから聞け、私は、お前に聞きたい事と、言いたい事が、山ほどある」

「ほおおお……これがハンバーグ、エビフライ……本物の洋食!」


 料理を頬張り、なんだか訳の分からない方向にトリップする少女。

 霧子は、ばん! と、テーブルを叩いた。


「聞け!」

「・・・・・・ふぁい」


 口に食べ物を入れたまま、少女はしゅんとなって頷いた。


「まずは、言いたい事の方から行くぞ、この馬鹿者が!」

「今の北東区で、深夜に子供がうろつく事が、どれだけ危ないと思ってるんだ!」

「さっきの男みたいな間抜けなら良い、だがな、一歩間違えばお前……」


 そこまで言いかけて、霧子は口をつぐんだ。

 周囲を見渡し、聞き耳を立てる人間がいないか、確認する。

 すると、少女が意外なことを口走る。


「化け物として、処分される……ですか?」


 それはまさに、霧子が言いたかった事だ。


「な、お前……」

「知っていますよ、それくらい。なんたってここは今、封印都市なんですからね」


 少女が、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。

 霧子が怪訝な顔になる。


「お前、何者だ?」

「ふっふっふ、さて、何者でしょう?」


 少女は、はぐらかし、また食べることに集中し始めた。


「この野郎・・・・・・まあいい、それを含めて、今から聞いてやる」


 霧子はむっとした表情のまま、チョコレートパフェを一匙、口に運んだ。


「まずお前、名前は?」


 少し気持ちを落ち着けてから、霧子は質問を再開した。


「名前ですか? 名前はですね、えっと……ケイ、です」


 相変わらず食べることに集中しながら、少女が答える。


「ケイか、洒落た名前だな、どう書くんだ?」

「えっと、こう、数字の「1」を書いてですね、隣に平仮名の「く」って」

「アルファベットじゃねぇか! お前は何処のロボット刑事だ、ああ?」


 霧子が半身を乗り出し、少女に睨みを利かせる。

 少女は意にも介さず、メロンソーダを飲み干してから、言った。


「お姉さん、結構マニアですね」

「それを分かる、お前の方が意外だよ」


 呆れ返る霧子、何だか遊ばれてるような気分になってくる。


「へへへ……、あ、エビフライ追加していいですか?」


 少女は照れくさそうに笑うと、言った。


「ああ、いいよ」


 霧子は答える。律儀というか、これが霧子の生真面目な一面だ。

 オーダーの呼び鈴を、勢いよく押す少女。

 霧子は注文を聞きに来たウェイトレスが去るのを待って、改めて質問を再開した。


「質問を再開する……お前、どこから来た?」

「西の、山の方……」

「北東区まで、どうやって来た?」

「牛に乗って……」

「分かった、お前、私を馬鹿にしているな?」

「本当ですよー! 本当に昨日、山から牛に乗って、この街に来たんです!」


 自分の主張を否定された少女が、発言の真実性を、必死になって訴える。

 そんな少女の主張を、霧子は静かに否定した。


「悪いがな、それはあり得ない。お前が言った通り、今のこの街、帝都東京北東区は封印都市だ。いかなる存在も、外部から進入する事も、外部に脱出する事も出来ない、不可能なんだよ」

「でも、アタシは!」


 少女が必死に食い下がる。


「分かった」


 霧子は、冷静に言葉を続けた。


「通りで潜り抜けられる訳だ。大体分かったよ、お前の正体。お前、浄山の童子だな?」

「あ、はい。まあ、そんなような者です。でも、それを分かる、お姉さんは?」

「私か? 私はな、帝都北東区の封印解除を担う修煉丹師、妖檄舎のメインアタッカー、拳銃使いの仙道霧子。お前を呼んだ、張本人だ」


 チョコレートパフェの最後の一匙を口に咥えたまま、霧子は白い歯を見せ、にっと笑った。


「どうやら決着したな。私は、お前の正式な保護者ってことになる」

「ふわわぁ……良かったぁ……」


 少女は、心底落ち着いたように、全身を脱力させる。

 こう見えて、本当は相当なプレッシャーを感じて、行動してきたのだろう。

 霧子は、そんな少女の姿を微笑ましく見つめると、改めて浮かんだ疑問を、問いかけた。


「でな? 気になるのは、牛だ。お前、牛に乗って来たって言ったよな? その牛は今、どこにいる?」

「あー、いや、それがですねえ……」


  少女の眼が泳ぎ始める。


「それが?」

「逃げられました! 私がトイレを探しているうちに、どっかに行っちゃいましたとさ!」

「マジかよ……」


 霧子は頭痛を覚え、額に手を当てた。


「そーなんですよー、僧正様からの親書も、持たされた金子も、全部牛車の中で……」

「それで路頭に迷っていた、と」

「はい……恥ずかしながら」


 しゅんとなって頷く少女。

 霧子は、ため息をついた。


「しかし妙だな。こんな都会に、牛が牛車付きでホテホテ歩いてたら、さすがに目立つだろう? 軽くパニックになると思うんだが」

「それが、術がかかってまして、普通の人には見えないようになってるんです」

「それ、不味いんじゃないか? 人から見えないんじゃ、車と激突してるかも知れん」

「位相をずらしてますからね、それは大丈夫だと思います。それに多分、目的地には向かっていると思いますし……」

「妖檄舎、か」

「はい」

「わかった、ちょっと電話してくる。お前は喰ってろ、逃げるなよ?」


 そう言って、席を立つ、霧子。


「はい、逃げません」

「それから、残すなよ? まったく馬鹿みたいに頼みやがって」

「おふぉいあふぇん!(残しません!)」


 口に食べ物を入れたまま、少女は答えた。

 数分して、霧子がテーブルに戻ってくる。

「おい、K! ビンゴだ、来てるってよ、牛! タクシー拾ってさっさと戻るぞ!」

「本当ですか! やった!」

「だからお前、それ全部喰え、今すぐ残らず! 残したら殺すぞ」

 伝票をひったくり、霧子は少女に釘を刺した。


「は、はい! ・・・・・・んが、んぐ!」


 少女は慌てて、残りの料理を全部口に詰め込むと、席を立った。


 ちなみに、今宵の食事の勘定は、二万円超。

 少女は、ざっと10人前は平らげた事になる。


 プリンと言い、食事代と言い、今夜の霧子は踏んだり蹴ったりだ。


 それでも、まあ良い。

 Kと名乗る少女が来た事で、都市に渦巻く事情が、進展するかも知れない。


 それが見込めるだけで、十分だ。


 二人はタクシーに乗り込むと、帝都:東京、北東区の「妖檄舎」と呼ばれる場所に急いだ。

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