第2話:仙道霧子②

 数刻後、現場は警察隊によって封鎖され、無線連絡の声が飛び交い、騒然としていた。


「やったか」


 人垣を掻き分け、皺だらけのスーツをだらしなく着込んだ貧相な風体の中年男性が、霧子に近づき、話しかける。


「ああ、鷲尾ちゃん、お疲れ。そこに転がってるよ」


 霧子が、足元に横たわる化け物の骸を煙草の先で指した。


「北東区は路上禁煙だぞ」


 鷲尾と呼ばれた男は、そう言って霧子の煙草を取り上げる。


「まだ火、点けてないじゃん。それにコレ、煙草じゃないよ? ヤ・ク・ソ・ウ! ニコチン&タール、ゼロなんですけど!」


 霧子が、飴玉を取られた子供のようにブーブーと抗議する。

 鷲尾は、そんな霧子を無視して骸を覗き込んだ。


「どれどれ、うわっ、ひでぇなこりゃあ、お前、何発撃ったんだよ?」


 骸の惨状に、一瞬言葉を失う。

 霧子は、いかにも面倒臭そうな表情で呟いた。


「……全部。何人喰ったか教えなかったからな? とりあえずあるだけくれてやった」

「お前なぁ、遺骸だって貴重なサンプルなんだぞ? 無駄弾使うなよ」


 鷲尾が悪戯をとがめる教師のような口調で、釘を指しに来る。

 霧子の表情は、ますます面倒臭そうに不貞腐れてていった。


「うるさいなぁ。いいじゃないか、銃も弾も、それにお札まで、全部自前で用意してるんだからさー、助かってるだろ? 経費」


 霧子は、わざと鷲尾に聞こえるように舌打ちをする。


「あーあ、コレだからフリーランスは嫌いなんだよ。お前らはアレだ、銃が撃てればハッピーなんだろ? まったく、汚れ役は全部当局に押し付けて、美味しい所だけ持って行きやがる」


 鷲尾はあからさまに不機嫌な顔を、霧子に見せ付ける。


「あ、ひどい……善意の協力者なのに、それひどい、傷つくわ」 


 さめざめと泣いてみせる霧子。

 鷲尾は、ため息混じりに言った。


「心にも無いことを言うな。そして似合わない真似はよせ、気持ち悪い」

「分かってくれて嬉しいよ、鷲尾ちゃん」


 霧子は、にっと笑う。


「ところで鷲尾ちゃん。浄山はまだ何も言ってこないのかい?」


 霧子の表情が、元通りに引き締まる。


「要請はしている。近くにも道士が派遣されると思うが、な」


 鷲尾も、そう言って、真剣な表情に戻った。


「近くにも? 思うが? まったく、大妖の気配が濃いってのに、やる気あんの? 連中は」


 霧子が心底嫌な顔をする。


「仕方ないだろ。そもそもお前がそう言ってるだけで、本当に大妖がいるのかすら分からんのだから」


 そう言って、鷲尾がなだめる。


「だから、それを調べに来いって言ってるんだよ、私は。奴はいるよ、絶対に」


 霧子はなおも食い下がった。


「仙道……お前、なんだってそう大妖にこだわるんだ? 例え見つけたって、そんなもん俺らの力じゃどうしようもないんだぞ」

「やってみなけりゃ分からないだろ? 弱気になるなよ」


 霧子の表情に、静かな殺気がよぎる。


「大妖狩りは浄山の仕事だ。お前の方が、良く知ってる事だと思うがね」


 言い含めるように、鷲尾は呟いた。


「それでもやりたいんだよ。私にはそうする理由と、権利がある」


 霧子は鷲尾の眼を真っ直ぐに見つめ、言った。


「ま、どうしてもって言うなら、俺は止めないがね……仙道、お前、確実に死ぬぞ」


 鷲尾が、ひときわ真剣な顔で釘を刺す。

 それを聞いて、霧子は呆れた表情を浮かべた。


「何言ってんの、鷲尾ちゃん。そん時はアンタも一緒にやるんだよ? チームなんだから」


 そう言って、鷲尾の胸を人差し指でトンと突く。


「まじかよ……」


 鷲尾は半分冗談めかしながらも、確実に青ざめた。


「さてと、少し疲れた。悪いけど、帰ってメシ喰って屁こいて、寝るわ……あとはよろしく」


 その表情を見取り会話の潮時を悟ったのか、霧子は短いため息をつくとすっと踵を返し、鷲尾に向かって背中越しに手をひらひらと振った。


「へいへい、お疲れさん。報告書はちゃんと書けよ」


 鷲尾もため息を突き、それを見送る。


「化け物を撃って殺しました。以上、報告終わり。そのように書いといて」


 そう言って虎テープを跨ぎ、鷲尾の視界から消えていく霧子。


「通らねぇよ、ばーか」


 鷲尾はその背中に、愛情のこもった小さな罵声を浴びせた。

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