第7話 治安隊
時は変わって夜。現在ソラと沙夜は、死体へ繋げた鎖を辿っていた。尤も、今日仕掛けるつもりはさらさらないが。
「治安隊ねぇ……」
ソラは、見かける治安隊を避けながら、着々と目的地へ近づく。染章の言葉通り、治安隊はもしかしたらおおよその位置を特定しているのかもしれない。そんなことを考えつつ。
「結構遠いな……」
「そうね」
家を出て、既に一時間。歩いているとはいえ、中々遠い場所にあるようだ。このままだと、後どれだけかかるのか想像もつかない。しかし、都合の良いことに、何故かはソラたちには分からないが、保安隊の数も減った。
「……よし、走るか」
「分かったわ」
結果、走ることに決めた。勿論、見つかる可能性もあるため、顔には仮面をつけておく。仮面をつけたことにより、ソラと沙夜は一気に不審者にクラスチェンジしたが。
そして、沙夜が走り出そうと足に力を込めると。
「んで……よいしょっと」
「へ……?」
一瞬の浮遊感。その後、密着。
「そ、ソラ……!」
沙夜の現在の状態は、
「俺が抱えた方が速いし」
「それはそうだけど……」
「じゃあいいだろ、行くぞ」
反論も許さず、ソラは加速。沙夜の目に映る景色が、ぐんぐんと後ろに流れていく。最早そのスピードは、人間の出していい領域を軽く凌駕している。そして、そのスピードにも関わらず、足音は全くと言っていいほど存在しなかった。まるで、忍者のようである。
ただ、欠点を上げるとするならば、スピードに見合った風が荒々しく二人を叩き、沙夜は目を開けていられない、ということか。
しかし、ソラがそんなことを気にするはずもなく。繁華街のような明るい場所ではなく、薄暗い隘路を駆ける。このスピードを出せるのも、人がいないお陰だ。
「……お」
そして、走り続けること十分。随分と寂れた場所にまで来たソラたちは、一つの建物をその視界に収めた。
古い、洋館。
他の建物より大きいこともあり、その姿はかなり目立っている。光も灯らず、闇に紛れて見辛いが、ソラが持つ鎖は確かにそこから伸びていた。
「ここらでいいか……」
ソラはある程度近づくと立ち止まり、沙夜を下ろす。少し頬を赤く染めた沙夜だったが、暗かったおかげか、幸いにもソラにはそれを悟られなかった。ソラと沙夜は気取られぬよう完全に気配を遮断すると、落ち着いて洋館を見つめる。
「あれが……」
恐ろしいほど、静かだった。他の建物は間違いなく人は住んでいないだろうが、ここには犯人がいるはずだ。だというのに、とても人間が生活しいるようには見えない。ソラは留守の可能性を考えるが、どちらにせよ確認する術はない。
そして、最も警戒していた治安隊だが、ソラが見た感じだとその気配は感じられない。潜んでいる可能性もあるが、そうなると何らかの
結果的に、犯人、治安隊のどちらとも、調べるのは非常に困難。リスクを犯せば、勿論調べられるが。ただしその場合、戦闘は必須だろう。しかも、相手は間違いなく強い。犯人は言わずもがなだが、この近辺に来る治安隊もだ。
それは、そもそも犯人がここにいるという目星をつけられていなければ、ここに来ることはあり得ないからだ。
以上のことを踏まえた上で、どう動くか。ソラが熟考していると……。
「……?」
僅かな、違和感。意識しなくなれば、見逃してしまいそうになるほどの。ただ、その違和感をソラは確かに感じ取った。
そして、本能が鳴らす警鐘に従い、その身体を動かす。
「沙夜……!」
沙夜に迫る刀の側面を蹴り、防ぐ。その間に沙夜を抱きかかえると、後方へ大きく跳んだ。咄嗟のことで音を殺せず、着地の音が閑静な郊外へいやに響く。
「女の人……?」
ソラの腕の中の沙夜が、訝しげに呟いた。すると、タイミング良く、雲に隠れていた月が姿を現し、月光が降り注ぐ。闇が払われ、ソラの目の前に現れたのは、一人の女。白と黒が
その手には、月光を反射する鋭い刀。
ただ、ソラは一目見て分かった。
「こいつ……かなり強いぞ」
その人物の、強大さに。油断をすれば、恐らくソラでも狩られる。
「あなたたちが、犯人ってやつですかぁ?」
気色の悪い笑みを浮かべ、妙に間延びした声を出す女。刀は、女の手の動きに合わせて、ふらふらと不規則に揺れていた。
「……治安隊か」
態度からは想像もつかないが、女はどうも治安隊らしい。身に纏う衣服が、それを証明していた。
「そうだよ〜、久しぶりに外へ出られたんだぁ〜」
軽やかな口調とは裏腹に、殺気を抑えようともしていない。逃がすつもりなど、毛頭ないのだろう。
「そりゃ良かったな。ちなみに俺たちはその犯人とやらじゃないぜ」
意味がないと分かっていながらも、ソラは答える。
「そうなんだ〜、でもここにいるやつを殺せって言われてるから、殺しちゃうね!」
見惚れるような笑みで、女は言う。
ーー狂っている。
ソラの彼女に対する評価は、それだった。
しかし、こんな場所で戦闘を行えば、まず間違いなく犯人に気付かれる。それで三つ巴になることは、ソラとしては避けたかった。何故女が一人なのかは分からないが、ソラたちとしては都合が良い。
「…………」
ソラがちらりと沙夜に視線を向けると、沙夜は心得ているという風にコクリと頷く。まだ女が動く気配はない。逃げるなら、今のうちだ。
「は?」
ソラが女に背を向け、走り出すと同時。女の口からは、苛立ちを多分に含んだ声が漏れ出た。しかし、止まるわけにはいかない。今止まると、間違いなく殺られる。
「沙夜」
ソラが呟くと、沙夜は冷静に発動させた。
ーー自らの
「
その言葉とともに、ソラは身体が軽くなったことを敏感に感じ取った。そして、目の前にあった建物の壁を走る。
「何それ!!」
背後から、ソラたちの耳に妙に嬉しそうな声が届く。流石に追って来られないだろうと、ソラが視線を向けると。
「あはっ!」
登ってきていた。ソラは沙夜の重力操作によって壁面走行が可能になっているが、女は違う。もろに重力の制限を受け、瞬く間に落下してしまうはずだ。
しかし、落ちる気配はない。不気味な笑みを貼り付け、自らの身体能力のみで駆け上がってくる。
「おいおい、バケモンかよ……!」
ソラは驚くと同時に、屋上に到達。直ぐ様隣の建物へ飛び移り、逃走を続ける。
「待ってよ〜!」
離れることのない、声。随分と移動を続けているが、女が追跡を諦める様子はない。刀を携え、依然走り続けている。
「ソラ」
「何だ!」
ソラが必死に足を動かしていると、抱えられている沙夜がその名を呼ぶ。逃げることに手一杯なソラは、雑な返事をするのみ。
「もう、振り切れないわ。戦いましょう」
確かに、館からは随分と離れた。たとえ気付かれていたとして、ここまで来るのには時間がかかるだろう。
判断は、一瞬だった。
「よし……!」
沙夜を下ろすと同時に、振り返らず背後に鎖を放つ。聞こえたのは、金属と金属がぶつかり合う、甲高い音。
「鬼ごっこは終わり〜?」
刀を振ったあとの姿勢で、女はソラと沙夜を睥睨する。ずっと走るだけだったことが、想像以上に女にストレスを与えていたらしい。
月を背後に、女は刀を真っ直ぐに空へ掲げる。すると、白銀の刃に紅色の線が幾重にも走った。血管のように脈動するそれによって、まるで刀自体が生きているかのようだ。
「じゃあ……死んで♪」
女は、嗤う。
その笑みを見ると、ソラの視界から女の姿がかき消える。が、側面から殺気を感じ、咄嗟にソラは逆側へ転がった。
しかし、休む暇などない。転がった直後、真上からの突き刺し。それを、飛び退くことでギリギリで回避する。刀は簡単に建物へ突き刺さり、切れ味は抜群のようだ。
ソラは続けざまに放たれる刀の一撃を辛うじて躱しながら、叫ぶ。
「沙夜、早く行け! こいつは俺が倒す! お前じゃ相性悪いだろうし!」
「アハハ!!」
止まることのない連撃。ソラは沙夜の反応を確認する余裕もない。
「……分かったわ。絶対死ぬんじゃないわよ!」
沙夜はそれを理解しながらも、言葉を置いていく。そして、今度は自分で建物の間を移っていき、その場を離れた。
「くっ……!」
屋上の上では、一方的な攻撃が続けられている。反撃の時間すら与えない高速の斬撃は、ソラの体力を徐々に削っていく。
刀自体は切れ味が良い以外特徴のないものだが、如何せんそれを扱う女が異常過ぎる。恐らくは何らかの
「なんか最近、俺のアドバンテージを潰してくるやつ、多すぎやしませんかねぇ!!」
三度放たれた突きをそれぞれ紙一重で躱し、ソラはようやく反撃に移る。突き出されたままの刀の側面を蹴ると、そのまま女の懐に力強い踏み込み。刀を振るうことができないその場所は、唯一の安全圏と呼ばれる場所だ。
腹目掛けて、拳を放つ。
「ぐっ!!」
流石に至近距離での回避は難しかったのか、重い音とともに女は数メートル吹き飛んだ。しかし、地面を転がることはせず、刀を突き刺すことで無理矢理勢いを殺した。
「追撃っと!」
女が顔を上げた時には、十数本の鎖が目の前に。回避は不可能な距離だ。ならば……
「邪魔だよー!」
女は刀を直ぐ様抜き、次々と迫る鎖を弾いていく。しかし、それも想定内。ソラは未だ鎖を弾いている女に近づき、容赦なく攻撃を加える。
女に迫るのは、ソラの蹴りと鎖。片方を防げば、まず間違いなくもう片方を貰ってしまう。常人なら迷ってしまうその場面で、女は。
「アハッ!」
ーー左腕を、捨てた。
右手に持つ刀で鎖を弾き、ソラの蹴りを左腕で受けたのだ。犯人が操る死体ほどの強度もない女の腕は、ボキボキと嫌な音を立てて簡単に折れる。相当の痛みがきているはずなのに、女は痛がる素振りを見せなかった。
それどころか。
「ふふっ!」
突き出される刀。痛みに惑わされることのない、的確すぎる異常な判断だった。通常の人間なら退くであろうこの場面で、女は踏み込んだのだ。
「うそだろっ……!!」
今度は、ソラが回避不可能になった。全力で後ろに跳んでいるが、刀の領域から逃れられていない。刀の切っ先はソラの心臓目掛けて放たれており、このままでは間違いなく死ぬ。
「バイバイ〜!」
「ふ、ざけんなぁぁ!!」
叫びながら、全力で身体をひねる。そして、それと同時。
「ごふっ……」
ソラの身体を、冷たい刀が貫いた。
理論武装《レジスト》 夢月 @mutuki
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