第7話 「奇石収集」

 近くでシグダマリが、何かに吃驚びっくりしてギャギャという鳴き声を上げて飛び立つのを感じながら、自分の『嗅覚』に頼りつつ、足音を忍ばせて進んでいった。

シグダマリは、俺の気配に感づいて飛び立ったのだろうか?』とふと考えないでもなかったが、まさか見習いたちが冒すような失敗を自分がするとも思えず、そのまま1歩1歩と歩を進めていく。

 自分の『嗅覚』には自信があり、あと100ファーストリング(100メートル)も進めば目的のぶつにありつけるのだという確信に近いものを感じていた。素早く動けば速く到達できて収集もできるのだろうが、2~3日前に泊まったゴルトベルクの街の宿屋で聞いたちゅうこくが、足を鈍らせていた。宿屋のおやじはなじみの好色な禿おやじだが、ぼそとこうつぶやいたのだ。『例の奴らてんしがりが最近出没しているとさ。もしあそこに行くんなら、気をつけな。』

 宿屋のおやじは情報屋や口入屋くちいれや(職のあっせん)などをやっていることがある。

ルルドはゴルトベルクの街に1週間留まって日々変わっていく情報を収集していた。

天使狩りが行われているのであれば、狩った天使の翼や羽根その他が闇市場で取引されているというたぐいの情報くらいは掴めるはずだった。

 複数の方面からの情報が一致すれば、信頼性もぐっと上がるはずなのだが、今回は情報が少なすぎた。

宿屋のおやじからの情報しか入手できなかったのだ。

 相手てんしがりが何人くらいの人数で狩りをしているのか、

 相手てんしがりがどんな獲物を求めているのか、

 現状の街近くに天使(自分も含めて)がいるか、

 帰還してこないアドストナーズ・ギルドのベテランの部位つばさが闇市場に流れていないか、

など、ほしい情報は山ほどある。

ごくごくまれに、

 自分自身に関するルルドがまちにいる情報

が流れてきた時はぞっとする。しかし、それさえも貴重な情報である。

 相手てんしがりの裏をかくために使える情報は欲しい。

今回、アドストナーズ・ギルドのベテランが帰還してこないので、急遽ルルドが奇石収集の遠征に駆り出された。彼らの家族も心配しているだろうから、消息に関する情報も収集する必要もある。

 100ファーストリングは、たとえ森の中であっても素早く動けば10分とかからず到達できる距離だが、ルルドは目的の物の匂いがする地点をぐるっと一周して、今ようやく、真っ直ぐに近づこうとしている。ほとんどすり足状態で移動していくのは、馬鹿らしいとすら感じるのだが、なじみのおやじがわざわざ真顔でぼそとつぶやいた言葉ちゅうこくを、邪険にする気にはなれなかった。

 1歩、また1歩と進むにつれて、背中の背嚢はいのうコートの裏側に、じめっとした汗をかきながら、つばさえも飲み込む音を聞かれまいと神経を使った。フードの奥から眼をぎょろと見開いて左右に目を配りながら、一周、つまりは周辺索敵に時間を掛けた分だけ、安心感もある。

 『・・・いる。』自分から30ファーストリングの距離の巨木の根っこ。ちょうど、こちらから狙いにくく、あちらからは狙いやすい所に、そいつは居た。自分と同じように背嚢コートを着込んで、木の根元に入るため専用のような色合いに染めており、フードで顔を隠している。

この距離からでは、人間なのか何なのか識別はできない。身じろぎ一つしないが、ただ眼だけはぎょろりとさせて辺りを窺がっている。内心で舌打ちした。一周に時間を掛けて、この体たらくか。索敵に漏れがあったのかと自分のふがいなさを嘆いた。

 蛇に睨まれたのが、どちらであるかはともかく、一旦歩みを止めて、こちらも倒木の陰に身をひそめることにした。日はまだ落ちてなく、西の空を赤く染めており、あとしばらくは、森の中に光を届けてくれる。倒木の陰に隠れて、後ろを取られていないかを確認する。退路を断たれていないこと、つけられていないことを確認した後、『木の根っこ』とあだ名をつけたやつを再び観察することにした。

 何かを見ているのか、先ほどとは違い横を向いていた。ルルドはその視線の先に何があるのかを確認するために、顔を動かすことなく、フードの右側に眼だけを動かして視線を移動させて、こちらの動きが見えないように気を使った。フードの右端に這いずってくる何かを捉えて、すぐに理解した。仲間がいるのだ。しかも這いずってくるということは、何かを警戒しているか、何かをまだ待ち受けているかという意味だ。そう、獲物は、自分おれなのだと理解した。

 『木の根っこ』と『蛇』と即興であだ名をつけられたとは、思いもよらないだろうが、そいつらの合流を確認して、ルルドは早く日が沈んでくれと祈るような気持ちになっていた。2対1、いやおそらくは複数対1になるだろうことは、容易に想像できた。現状、罠にはまりかけたのは、自分のほうなのだ。奴らが、これから何人に膨れ上がるのか、あだ名が足りるかななどと意味のないことも考えながら、以前の似たような経験のときは、何人に追いかけられたかなどと思い出しつつ、自分が狩られる瞬間を想像して肺腑はいふがきゅっと締め付けられるような気がした。

 夜が更けてからの逃避行がいいのか、このまだ日が沈んでいない夕暮れ時の足元が見える状態での逃避行がいいのかを、頭の中で計算し始めていた。

奴ら(もうあだ名で呼んでもしょうがない。さらに複数人いるだろうから)は、この森に精通しているだろう。案外子供のころから遊び場にしていたのではないか?その場合、逃げ切れる確率はどれぐらいなのか?自分おれの俊敏性で奴らを捲けるだろうか?さまざまな計算をして無事に逃げ切れる楽観的な推測をしようと試みる。

 次の瞬間、ルルドは全速力で駆け出していた。『計算?そんなもんどうでもいい。』

生き物の勘、生存本能を頼りに何も考えず駆け出していた。

後ろで奇声や叫び声が聞こえたが、お構いなしに振り返らずに一心不乱に駆け続けた。そう今回ルルドは『奇石きせき収集』に失敗したのだ。罠に掛かりかけて、逃げ出したのだ。『宿屋の禿おやじに何かおごろう。最近ものにした20歳若い嫁さん用に宝玉を市場価格より安く分けてもいい。おやじのちゅうこくに感謝だ。とりあえず囲まれなかっただけましだったのだ。命あっての物種。明日の朝には、ふかふかのベッドでぐっすり眠れることを祈りながら。』とルルドは倒木を飛び越え、一目散に逃げだした。

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